俺も変わってる
「あけまして、おめでとうございます」
年始から坂本の表情は憂鬱だった。メールでは元気そうだったんだけどな。
「今日は挨拶回りで名刺置いてくるだけだから、一緒に帰ろ」
そんなことを言うのにいちいち周りを窺うのが、社内の悲しさだよな。こくんと頷く坂本は心細そうで、正月の間に何かあったのかと心配になる。
部内全員で神社にお参りをした後、それぞれに謹賀新年スタンプ付の名刺を配りに歩く。って言っても、大抵向こうも同じ行動をしてるから、担当者に会うことは少ない。会社に戻ると、自分が行った先の担当者の名刺があったりする。フォレストハウスの女顔の担当は、外に出ないで会社の中にいたけど。
「おめでとうございます。最近現場をマメに回っていただいてるみたいで、引渡しの確認がしやすくなりました。ありがとうございます」
小柄で童顔だから気がつかなかったけど、物腰から察するところ、どうも歳上だ。本当に見てなかったんだな、俺。津田さんの忠告は、ずいぶんと身についたらしい。
日報を書いていたら、自前の方の携帯が振動した。社内メールでもいいのに、わざわざ携帯にメールってところが、派遣社員としての堅さなのかも知れない。地下鉄の近くのファーストフード店で待ち合わせることにして、慌てて帰り仕度をした。
「萩原君、なんだかいそいそしてるわねえ」
野口さんの視線を避けて、とっとと会社を出る。坂本が待っていると思うと、気が気じゃない。
坂本は店に入らず、外で待っていた。俺の顔を見て、ほっとしたように表情に余裕ができた坂本は、正月の間何を考えていたんだろう。オーダーに時間のかかる坂本がファーストフード店に一人で入れないと気がついたのは、その後だ。
「坂本さんって、そんなに優柔不断なのにバイクなんか乗るの?」
「自分だけのことを判断するのは、平気。相手がいたり伝えなくちゃならないことがあると・・・ちょっと苦手になっちゃって」
なっちゃって、って。それは、以前できてたってことか。俺は今の今まで坂本のことを、判断するのが苦手なヤツだと思ってたぞ。ちょっと苦手、どころじゃないじゃないか。
「お正月、何してた?」
「ちょっとバイクで走って、後は家に居たの。上手く暇つぶしができなくて」
ファーストフード店の小さいテーブル越しに、坂本は小さくまとまっていた。
「俺も実家でヒマだった。正月休みって、意外に友達と会ったりしないんだよな」
「やけに文学少女になっちゃったわ」
「俺、テレビ見てだらだら」
内容のない世間話でも、坂本の顔が晴れてくるのがわかる。そうか、誰かと話したかったのか。
「お正月番組見てたの?あったま悪そう」
そんなことを言われて、思わず顔を見返す。意外に小気味の良いセリフだったからなんだが、坂本ははっとした顔になり、下を向いて小さな声で謝った。
「私、調子に乗りましたね」
「なんで?普通に喋ってたよ?坂本さんって俺が思ってるより面白い人かもって思って」
顔が上がった。怒ってないよ、大丈夫だよって頷いて見せる。ほっとした顔が小さい子みたいで、可愛い。面倒臭いのに、何かしちゃうなんて想像もできないのに、その顔が嬉しくて頬が緩む。我ながら阿呆だ。野口さんも三枝さんも、最近坂本を特別に気にかけてる風でもないしな、寂しいんだろうなあ。
「今度、いつ遊びに行こうか」
翌日の残業中、モニタとにらめっこしてる野口さんに、話しかけた。
「最近、坂本さんと一緒に居ませんよね」
「え?ああ。あたしにできることは、もうないもん。彼女が自分で考えて、動かなくちゃいけない段階だし」
まだ、あんなに辛そうなのに?
「彼女の派遣期間、年度末までだよね。他の会社に行ったら、自分で人間関係作らないとならないから、大変だろうね」
野口さんはモニタに視線を戻し、キーボードを叩きはじめた。
「萩原君、今月の竣工予定なかった?」
「あ、あります」
「じゃ、そっちの管理表が先。イロコイの話はあと」
イロコイの話のつもりじゃなかったんだけどな。野口さんはもう、坂本に手を貸すつもりはないみたいだ。
久しぶりに合コンのお誘いがあり、いそいそと出掛けた土曜日。学生時代の友達何人かと、その中の一人の会社の女の子たち。開放的な会社なんだか、女の子たちはノリが良く華やかで、ちょっと不思議な気分になる。綺麗で陽気な女の子たちと楽しく遊んでいるのに、持ち帰りたい女がいない。見た目がタイプの子もいるし、さっきから隣ではしゃいでる彼女は隙だらけなのに、全然その気にならない。
「萩原、なんかノリ悪くない?女の子多いのに」
「いや、普通でしょ。俺だって女の子と遊ぶばっかりじゃ・・・」
「遊んでんじゃん。要領よく口の上手さで抜け駆け」
人聞き悪りぃ。合コンイコール女の子持ち帰りみたいじゃん。ま、ちょっと他のヤツより大目、かも知れないけど。
「萩原君って楽しい。メアド交換しよう」
隣の席の子にメアドもらって、多分こっちからメールすることはないなーなんて思ってたら、家に到着してすぐメールがあった。
>今度、二人で会わない?
彼女は結構可愛かったし、陽気だった。友達と同じ会社の子だから身分的には保証されてるし、向こうからの申し出なんてラッキー、なんて少し前なら思っていたはずだ。
ねえ、よく知らない男に迂闊に声かけない方がいいよ。女の子なんて、寝る相手だとしか思ってないかも知れないよ。
誰に向かって呟いたんだか。返信しないで、携帯をベッドの上に放り投げた。
「同窓会があるの。昨日メールが回ってきて、来週の金曜に」
坂本がそう言ったのは、次の週だった。
「楽しみだね」
普通にそう答えたけど、坂本は迷っている風だ。
「行かないの?」
「行きたいような気はするんだけど、怖い」
何が怖いんだか、よくわからない。
「同窓会の最中に、ヘンなこと言い出しちゃったらどうしようって。みんな、萩原さんみたいにはしてくれないもの」
「高校生の頃の友達に会えば、高校生に戻れるんじゃない?大丈夫だよ」
不安そうな坂本の顔を見て、どう言ってやればいいかわからない。
「どこで同窓会やるの?」
「渋谷なの。友達には会いたいな」
その不安は、俺には解決してやれない。でも、時間が決まっていて逃げ込める先があれば、坂本も少しは気が楽なんじゃないだろうか。
「終わる頃見計らって、迎えに行こうか?そうしたら、ちょっと辛くてもそれくらいの時間は大丈夫じゃない?」
「いいの?わかってる人が近くにいてくれるだけで、すごく安心する」
目を輝かせて言ったあと、やっぱり止めると言う。
「行きなよ。たまには楽しむ事だけ考えればいいじゃん」
「だって、やっぱり迷惑」
「全然。どうせヒマだし」