表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/33

庇ってやりたい

 >今日は、とても楽しかったです。ありがとうございました。 坂本

 >楽しかったです。また遊びに行こうね。萩原


 なんだか他人行儀なメールのやりとりだね、仕方ないけど。坂本は最後までなんとなく寂しそうで、残念だけど俺にはどうしてやる事もできなかった。

 暗くなってから銀座まで出て、クリスマスのイルミネーションを見ながら歩いた。夕食は家で、と言うので、キムラヤのアンパンを並んで買って、無理矢理一つ食べさせてしまった。

「坂本さん、痩せ過ぎ。胸なんかぺったんこじゃん」

「こんなの食べたら、夕食が入らない」

「そんなちっちゃい胃袋じゃ、胸が育たない」

「放っておいてください。私の胸なんだから」

「いや、そこは男のロマンだから、育ててもらわないと」

「やっすいロマンだね」

 言葉のはしっこに、知らない坂本が顔を出した。


 次の月曜日に出社した坂本は、ちょっとだけ晴れやかな顔で挨拶をした。

「浅草なんて、しばらくぶりで楽しかったな」

「じゃ、またどこか行こうか」

 それだけの会話なのに、すごく親密な気がする。通路で話していると、津田さんが見ないフリして興味津々な顔で通り過ぎて行った。

 あ・・・顔面報告書が。


 一日の終わりに坂本からメールが来るようになったのは、そのすぐ後だった。読んでいる本とか今日のランチとか、ごくごくたわいない日常のこと。そんなことを話す相手すら、限られてたんだな。夜なんて、俺もテレビ見るくらいしか用事がないから、メールのやりとりは結構嬉しい。暇つぶしの雑談の延長なんだけど、その相手が俺だってだけで、なんだか好意を抱かれている気分になる。

 いや、実際好意だろ?坂本が俺に向ける顔に、警戒心を感じなくて嬉しい。現段階で坂本が俺って人間を、どう受け止めてるかはわかんないけど。


 ちょっと夕飯食べて行こうか、なんて仕事帰りに何人かで中華料理店に行く。いつもより帰りが遅くなって、電車の中で坂本のメールを受けた。

 >今、帰りの電車の中。ちょっと飲んでた。

 そう返信したら、電車を降りる頃に携帯が震えた。

 >いいな。私も、行きたい。

 えーっと、遅くなると親が心配するんじゃなかったっけ。いいのかな。

 >じゃ、次は一緒に行こうか。

 >私が行っても、喜んでくれる人はいないもの。

 確かに今、会社で坂本と言葉を交わしているのは少数だ。自分の意思でなくても、結果的に異端視されている原因は自分だし、自覚があるから余計に話しかけられない。不安定な時の(特にカウンセリングの後、らしい)感情の振れ幅は、確かに絡みにくい。会社の中での人間関係は、相手の性格云々よりも自分が不愉快にならずに業務を遂行できれば良いので、絡みにくい相手とは、できることなら関わりあいたくないからね。


 >今度、野口さんに声かけてみる。

 自分から仲間に入れて欲しいと意思表示できないんだから、誰かが引っ張ってやらなきゃ、いつまで経っても中には入れない。辛い思いをしたんだから、それ以上にならないように、庇ってやりたい。坂本がちゃんと笑うようになったら、あの伸びやかなアルトの声で、どんな話をするんだろう。俺がそれを引き出せたら、なんて思う。

 坂本にのめりこんでいく自分の感情を、止めることができない。

 >ありがとう。

 返信が来て、自分が坂本に頼りにされてる気がして、嬉しくなった。ああ、誰かを守りたいって、こんな感情なんだな。悪くないじゃないか。


 暮れも押し迫って、社内全体の帰り時間が遅くなった頃、坂本に「今度」と言ったことが、ようやく実現できた。ごくごく身近な人ばっかりで、経理部の女の子と津田さんと俺、それに隣の部署の営業が一人。それでも坂本は充分に嬉しそうで、自分から話題を出すことはなくても、終始にこにこしていた。八時を過ぎると「家に電話してくる」と席を立ち、戻ってこっそり俺に「心配しないように言った」と言う。それでも九時を回るとそわそわしはじめ、相槌が上の空になった。


 背広の裾がきゅっと引っ張られ、横を向くと坂本の上目があった。

「時間・・・」

 ああ、一人で席を立ちにくいのか。頷いて、残る面子に「そろそろ帰る」と告げた。じゃあお開きにしようって話になって、三々五々帰り支度をはじめる。翌日に仕事が控えているので、そんなに遅くまで飲んではいられない。

 地下鉄の駅までぞろぞろと歩きながら、坂本のスイッチが入っていないかどうか顔を窺う。今日は、大丈夫。


 後ろからくっついてくる津田さんに、別れ際にぼそっと言われた言葉は、気に留めなくてはならない類のことだろうか。

「構い過ぎんなよ。一方的に保護者になると、結果的に両方辛いぞ」



 営業先から会社に戻ったら、女の子何人かが帰るところだった。珍しく坂本も一緒で、ちょっとほっとした気分になる。

「どこか行くの?」

 手近な女の子に話しかけると、「お茶して帰る」なんて返事が戻ってきた。

「萩原君もご一緒したい?」

「そんな女ばっかのとこ、怖くて行けませんよ」

 坂本と目が合う。ちょっと不安そうな顔に頷いてみせると、ぱっと表情が明るくなった。可愛いじゃないか。俺が頼りにされてるみたい。


 家に帰ってレトルトカレーの夕食をとっていたら、坂本からメールがあった。誰と誰とお喋りした、楽しかった、なんて子供みたいな報告。そんなに楽しかったのか、良かったなって、坂本の嬉しそうな顔を想像して、俺も嬉しい気分になる。友達に連絡も取れなかった坂本が、俺にはちょっとだけ警戒を解いてくれる。ただそれだけのことなのに、俺が坂本を守ってやれる気になっちゃう。

 一方的に保護者になると、両方辛い?津田さんが言ってたけど、今まで誰にも頼れなかったんだから、それを解消する期間くらいは、いいじゃん。


 年内にもう一回くらい坂本を誘いたいなーなんて思いながら、年の瀬ギリギリになってしまった。今週を外すと、冬休みになっちゃうって時期。

 >日曜日、遊びに行こうよ。

 メールにはすぐに返信が来た。

 >絵本カフェに行ってみたい。

 ・・・絵本カフェ?なんだそりゃ。

 >行きたいところに行こう。

 返信しながら、坂本が自分の行きたいところを主張したことに気がつく。顔が見えはじめているんだろうか。


 俺は、坂本からどう見えてるんだろう?少なくとも、友達には見えてるんだよな。恋愛に持ち込める可能性はあるのか。そもそも俺は坂本に、恋愛感情なんて抱いているのか。何かしちゃいたいとか俺を楽しませて欲しいとか、そんなことを考えられない相手に、ここまでかかわりあいたい俺は、今までの自分も知らない俺だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ