表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/33

無自覚が自覚に

 女の子同士でケーキを食べに行く、なんて集団で帰って行く。その何分か後に、坂本がひとりでロッカールームから出てくるのを見た。

「あれ?坂本さんは一緒じゃなかったの?」

 坂本の顔が曇って、失言だったことに気がつく。パニックを起こした頃に同情的だった面々は、長引く不安定さに飽きたのだ。


「俺もたまにはケーキ食べたい。男ひとりってのもなんだから、つきあってくれる?」

「同情しないでください。何でもないんですから」

 紋切り口調の返事が戻った。

「じゃなくって、またコーヒー飲みに行こうよ。今度は甘いもののあるとこ」

 坂本の口がへの字に結ばれた。


「そんな風に、かまわないで。みんなが私を敬遠したがってることなんて、自分でよく知ってるんだから」

 怒りに似ている口調に、つい言い返した。

「みんなじゃないだろ?野口さんも三枝さんも、他にも気にしてる人が――」

「迷惑だって思わないわけないじゃない!」

 強い口調の否定。また、どこかおかしい。


「いろんな人に迷惑かけて、私がバカだっただけなのに」

 あ、こんなところで泣くなよ、頼むから。きょろきょろしてたら、ラッキーなことに津田さんが通りがかった。

「萩原、会社の女の子泣かせんなよ?」

 人聞きの悪いことを言う。

「違いますって。坂本さん、落ち着いて。俺は迷惑じゃなかったから」


「あ、そういう話?じゃ、俺も言っとく。迷惑ってのは、気に入らない人にしかかけらんないの。好意のある相手なら、関わりたいもんでしょ?坂本さんに迷惑なんてかけられてない」

 俯いた坂本に一気に言って、津田さんはさっさと自分の席に戻っていった。俺はまだ、その場を離れられない。

「津田さんも言ってたでしょ?また、コーヒーつきあってよ、ね」

 顔を上げてもくれないし、頷いてもくれなかったけど。

「残業がない日に誘うから」

 そこまでは言っておかなくちゃならなかった。誘ってどうしたいんだか、自分にもわからないけど。


 前フリしといた分、仕事帰りに坂本を誘うのは楽だった。ただし、営業推進室の三枝さん(色気皆無)ごとだけど。

「萩原さんがケーキ奢ってくれるって聞いたから、便乗。ご馳走さまー」

 それから坂本が見てない時にこっそり、「お邪魔さま」と片眉をあげて笑った。野口さんが乗り移っているかのようだ。給料前なんですけど。


 ケーキ屋なんて知らないから、女の子ふたりの後ろを歩く。一駅分だらだらと歩かされて、クラシックな外観のケーキ屋に着いた。有名店だって話で、ショーケースの前は結構な混み方をしてる。二階の客席に案内されてまわりを見ると、仕事帰りのOLばっかり。

「あたしねー、チーズケーキと・・・」

「複数っ?三枝さん、酒だけじゃなくて甘いものもイケる口?」

「基本は押さえといて、後は一口ずつ味見しようよ。イマドキ男子はスイーツにも詳しい」

 三枝さんが、真剣にメニューに取り組む坂本に声をかける。

「ここね、どれ頼んでも失敗ないから大丈夫。どうせ自分のお財布じゃないしー」

「・・・三枝さん、何気に鬼畜。給料日まであと一週間切ってるって、わかっての所業?」


 三枝さんは坂本と同じ派遣会社だったらしい。今、三枝さんは正社員になっちゃってるけど、事務所で何度か顔を合わせているそうだ。馴染みがある分、坂本は心持ちリラックスしてる。俺とふたりじゃ、また下を向いていたかも知れない。これは却ってラッキーだったな。財布には少し痛いけどさ。


 喋るのは主に三枝さんと俺で、坂本は聞き役。だけど、会話にはちゃんと参加している。時折、小さく笑い声を立てる。笑った声が嬉しくて、もっとバカな話をする。

 三枝さんは意外にツッコミ上手で、色気のないねーちゃんだってだけで興味がなかったことを、少し後悔した。結局ふたりがかりで坂本を笑わせ、実は俺はあんまり好きじゃないケーキを女の子ふたりが食べた。


「こんなに笑ったの久しぶり。ご馳走になって笑わせてもらうなんて」

 店から出て地下鉄に向かう途中で深々と頭を下げられ、こっちが恐縮してしまった。

「他の女の子にはナイショね。大勢で来られると負けるから」

 びしっと敬礼した三枝さんが「これから彼と待ち合わせ!」なんて抜けて行って、坂本とふたりで地下鉄に乗る。

「銀座線じゃありませんよね?」

「何回か訊かれたよね」

「丸の内、でしたっけ。ここから乗っちゃえば良いのに」


 地下鉄の線がクロスしていて、確かにその駅からは丸の内線も銀座線も使うことができた。

「女の子と帰った方が楽しいじゃない」

 答えながら、無自覚が自覚に変わったことに気がついた。 女の子ならってわけでもない。坂本と電車に乗りたいんだ。



 軽口でしか女の子を誘ったことがない。考えてみればまだ高校生の頃、はじめてつきあった女の子とすら、映画の話題で盛り上がったときに「まだ見てないんなら、俺と一緒に行こう」なんて誘ったのだ。相手が好きだと言ってくれたのを幸いに、自分がどうとか考えずに寝た。寝ちゃえばそれなりに情も湧くし、そういう年頃だからそれなりに執着もしたさ。その後も、継続してつきあったっていうのは全部同じパターン。

 ・・・成長したのは仲良くなるテクニックだけか?


「萩原、最近合コンの話、聞かないなあ」

 津田さんにいきなり話をふられる。

「行ってないっす。飽きちゃったっていうか、女の子もパッとしないし」

「パッとしないのは、萩原の頭の中じゃない?不特定多数相手に飽きたんだろ?」

 何か面白がってる津田さんの言葉は、無視してやることにする。

「不特定多数より、安定した特定の方が楽しいぞ」

 津田さんの純愛騒動ってのがどんなもんだか知らないけど、まっすぐな津田さんはまっすぐに好きになって、まっすぐに相手のことを考えたんだろう。折れちゃうことなんて怖がりもしないで。


「いろいろ大変な相手みたいだけど、話してるうちに見えてくるんじゃない?」

「何がですか?」

「今、お前が頭に思い描いた相手」

 言い捨てて、津田さんは席を立った。向かい側で野口さんが吹き出すのが見えた。俺の頭の中身、どこかにこぼれてるわけ?

「そこまで憮然とした顔しなくたってぇ」

 野口さん、俺、そんな顔してるんですか。


「良いこと教えとくわ。坂本さんは最近毎朝、新橋駅から歩いて通勤」

「げ。通勤時間が三十分延びるじゃん」

「夜遅い時間のウォーキングは、まだ怖いからって言ってた。親元暮らしだから、朝忙しいこともないだろうしね」

 うーん、朝三十分くらいなら、無理できるかも・・・なんてPCに向かって考えて、ふと目をあげたら野口さんがチェシャ猫笑いをして見せた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ