表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/33

曰く、興味津々

 コピー機に絡まった紙を外してた坂本が、小さく「もうっ」と呟く。紙片が破れて、機械に噛んでしまったらしい。

「迂闊に触ると火傷するよ。ちょっと見せてみ?」

 営業鞄から軍手を出して、坂本と場所を代わって紙片を引っ張った。奥の方に小さな紙が入り込んじゃってて、取りにくい。

「これでリセットできると思う。どうぞ」


「ありがとうございます。今日、コンタクトしてなくて」

「眼鏡かければいいのに」

「いくつも割っちゃって・・・この位置だと、萩原さんの顔がやっと見えるくらい。もう割ることもないだろうから、眼鏡にしてもいいな」

 言葉尻を捉えるようだけど、もう割ることもないって断言できるのは、自分で割ったんじゃなくて割られたからじゃないか?聞いちゃいけないんだろうけどさ。

「俺、メタルな赤いフレームで、レンズの小さい眼鏡かけてる女の子、好き」


「え?金縁のバタフライ形で、弦にラインストーンのチェーン垂らそうかと思ってるんですけど」

 大真面目な顔で、おかしな返事が戻ってきた。しばらく考えてから、何を言われたのか気がついて、笑いがこみ上げてきた。

「教育ママ眼鏡?」

「似合いそうでしょう?」

 言った本人が先に吹き出してる。冗談、言うんだな。ちゃんと冗談が言えるんだ。自分の冗談に、声出して笑えるんだ。

 それがこんなに嬉しいなんて、自分が一番意外だ。


「もう定時過ぎてるでしょ、残業?」

「いえ、コピー済んだら帰ります」

 コピー機から吐き出された紙を、とんとんと机の上で揃え直しながら、坂本は返事した。

「じゃ、晩飯つきあわない?俺、今晩遅くなりそうだから、先に腹に何か入れないと」

 嘘だ。見積り二通作るだけ。

「私の顔見てご飯食べても・・・」

「女の子が向かいに座ってると、生きてて幸せな気になんの。応援だと思って、つきあって」

 やや強引に承諾させて、席を片付ける坂本を待った。


 残業を抜けて早目の夕食、なんて理由をつけたんだから、当然居酒屋じゃなくて喫茶店だっていうのはご愛嬌。同じもので、なんて言う坂本に、メニューを渡す。

「ゆっくり決めていいから。自分が好きなものが、わかんないんじゃないでしょ?」

 先日の中華料理の時に気がついたけど、ちゃんと「これ」っていうのは明確にあるんだよな。それを主張しないだけ。意を決したように顔を上げた坂本のオーダーを聞いて、店の人に伝える。


「ごめんなさい、時間がかかって」

「ん?のんびりテンポの女の子、好き。せっかちな子も可愛いけど」

「つまり、全部?」

「いや、容姿と年齢の制限はアリ。坂本さんはどっちもセーフ」

 ほら、笑え。坂本が派遣期間を終えたとき、辛い顔ばっかりしてたななんて、思いたくない。坂本の声は澄んだアルトで、相槌を打つときは小首を傾げる。


「坂本さんって休みの日は何してるの?」

「前はね、サークルに入って、ロードバイクのツーリングなんかに参加してたんだけど」

「ロードバイク?自転車?」

 あまりの意外さに口が開いた。

「もう、サークルも抜けちゃったし、バイクもメンテしてない。ぼーっとしてます」

「坂本さんって意外にアクティブな人?」

「身体を動かすのは、嫌いじゃなかったわ。思い出さなくちゃ」


 もしかしたら今目の前にいる坂本って、全然違う人間なんじゃないか?俺が知っているのは「怯えたり不安定になっていたり」の坂本だけだ。自転車でツーリングするイメージなんて、全然ない。なんだかわかんないけど、今の会社の中で「本来の坂本」を知っている人間はいないわけだ。仕事上は知らなくても、不自由ない。

 不自由ないのに俺ってば、これが湧き上がってくるなんて・・・曰く、興味津々。


 先に夕飯を済ませてしまった手前、見積りを二通作ったからと帰ることができなくなって、遅れ気味だった事務処理を片付けることにする。お先に、と部内の人間が帰って行き、開発営業部の島は、俺一人になっていた。ふうっと溜息を吐く。

 次はどんな口実で話しかけようか。

 派遣期間が終わるまでに、メアドくらい・・・ん?連絡したいのか?たとえば連絡して、外で会って、カラオケかなんか一緒に行って。それで何がある?


 調子良く話を合わせてその気にさせて、ホテルに連れて行くのか?薄い肩を押さえて、組み敷く。そうしたいのか?良い気分にさせて、内容のない話だけで盛り上がって、それで気が合いそうなら何度か会う。重くなったら、他の女の子に気を移す。坂本と、そうしたいのか。

 襲い来る自己嫌悪の波を、頭の上でバタバタと払う。俺って、結構サイテー。

 笑えよ、坂本。


「昨日はご馳走さまでした」

 朝、すれ違いざまにぴょこんと頭を下げた坂本の後ろ姿を目で追う。怪我は良くなったんだな。今日は表情も明るかった。ほっとしつつ、認めざるを得ないことをやっと認める。「本来の坂本」がどんな女なんだか、見てみたい。

 そして見てしまったら多分、俺の感情は引き返せない。


 PCの前でぼーっとしていたら、寝てしまったらしい。

「物件情報がなきゃ、ルート営業にでも行けバカ!」

 課長から後頭部に張り手をもらった。

「遊んでて遅くなったんだろ。路肩に車停めて寝るんじゃないぞ」

 遊んでたんじゃありません。昨夜眠りそびれたんです。言い返そうとして、野口さんが向かいに座っていることに気がつく。恰好のネタになりそうなことは、口が裂けても言えない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ