表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/33

そう見えてる?

 中学生かよ、俺。女の子に朝の挨拶されて、ドギマギしてる。坂本はすっかり表情が明るくなって、もうすっかり立ち直ったのだと思えるくらいだ。野口さんも「帰りもそろそろ大丈夫かな」とか言ってるし。

 突発の休みのなくなった坂本は、気が利くことと仕事が丁寧なことで、派遣は継続になっていく筈だ。


「本当に大変なのは、この先」

 津田さんがぼそっと言った言葉は、あんまり意味がわからない。男と別れて、もともとの性格がわかる程度に落ち着いて、何よりもやつれた感じはなくなった。

「パニック起こすような恐怖って、根深いと思うよ」

 津田さんが何を調べてどう対処したのか、聞いちゃいけない気がして、何も聞けないけど。噂に聞くしっかり者の可愛い奥さんと一歳の子供、幸せお気楽なマイホーム・パパは、違う場所を見ている。


「知らないんなら、覚えてよ!」

 坂本が社内で大きな声を出したのは、はじめてだったかも知れない。相手は隣の部署の営業、坂本が伝票を掴んでいるのが見えた。

「うるせーな。経費のコードなんて覚えてらんねーんだよ」

 俺より二年先輩、常に女の子よりも優位に立ちたいタイプ。

「知らない、なんて知らないことが当然みたいに!」

 おいおい、どうした?なんて、まわりが注目する中、坂本は自分の感情を抑えこもうと必死になっているように見えた。


 事務の女の子が「どうしたのお?」なんて声をかけてる。自分で手に負えない感情を持て余したままの顔の坂本は、動きもせずそこに立っていた。

「ヘンな女!これっくらいのことでムキになっちゃって。頭、おかしいんじゃない?」


「言いすぎだよ。自分の不備を棚にあげんな」

 津田さんが立ったままの坂本の背を逆に回しながら、その場から引き剥がした。

「言い方はちょっと強かったけど、坂本さんは間違ってないだろ」

 目をやると、坂本の顔色が白いことに気付いた。

「給湯室でコーヒーでも飲んでおいで、坂本さん。ちょっと落ち着こう」

 津田さんに言われるがままに給湯室に進む坂本を、追ってしまったのは何故だ。


 給湯室まで行くまでもなかった。坂本は、通路の脇にぺたんと正座していた。

「歩けないの?」

 こくんと頷く坂本の細い腕を掴んで立たせると、よろけて壁に手をついた。ああ、足が竦んじゃってるんだ。一緒に給湯室まで歩き、パイプ椅子を持ってきて座らせた。怒っていた筈なのに、言い返された言葉が怖かったんだろうか。


 サーバーから紙コップにコーヒーを注いで差し出すと、強張った両手がそれを受け取った。黙ってゆっくり口に運ぶのを確認する。こくんと飲み込むのが見えた。

「もう大丈夫?じゃ、ゆっくり落ち着いてね」

 そこに居ちゃいけないような気がして、給湯室を出ようとすると、小さな声で侘びの言葉が聞こえた。


 大声で怒るようなことじゃなかった。坂本はあんな言い方をするような人間じゃない。いくら女の子贔屓だからっていっても、あれはどう考えても坂本が圧倒的にヘンだ。何か虫の居所が悪かったとか、そんな感じなんだろうか。

 白い顔に怒りの表情はなかった。腕を掴んで立たせた時も、抵抗する気配なんてなかった。津田さんは黙って仕事をしている。何も聞けない。


「萩原あ」

 見積書をPDFで送付した津田さんが、横の俺に顔を向けた。

「こっちで出来ることは、あんたのせいじゃない、あんたは悪くないって言い続けてやることだけ」

「え?なんですか?」

 野口さんが向かい側で吹き出すのが見えた。

「俺の時の山口さんと野口さんの気持ちが、ようやくわかったわ、俺」

「津田君の方が更にわかりやすかったけどね」

 津田さんと野口さんがげらげら笑い、俺一人で取り残される。そうか、坂本のことでアドバイスくれたのか・・・って、何で俺?俺、そう見えてる?


 久しぶりに学生時代の友達何人かと会って、飲んだ。女の子も何人か顔を覗かせて、大騒ぎ。

いいねえ、このノリ。何の憂いもなくただ遊べる場所。

「・・・でっさあ、その男が私のこと叩いたのよ、いきなり!あったまに来たから、バッグで殴り返して、メアド即削除と着信拒否!」

「叩いたって、どうやって?」

 思わず、身を乗り出して聞く。

「こう、肩の辺をどんっと。ちょっと仕事に難アリだねって言っただけなのに」


 彼女は坂本と違って、細くもなければ弱そうでもない。

「叩いたくらいじゃ壊れないと思って、ふざけただけなんじゃないの?」

「いっくら丈夫だって、男に押されりゃよろけるっつーの。力なんか入ってりゃ転ぶっつーの。それがわかんない男なんて、もともとそんだけの価値!萩原、まさかそんなことしてないでしょうね?」

「俺がするわけないでしょー。女の子の味方だもん」

「味方か敵か紙一重だけどね。ま、そんなことしたらテイクアウトはできないもんね」

「じゃ、叩いたりしないから、テイクアウトされる?」

 よくよく聞くと、職業を思いっきりバカにしたらしいと判明し、酔った彼女が肩を押されてよろけたことも判明し、まあバッグで殴られた彼は不運だったが、それで殴り返さないのは男にとって普通の感覚だと思う。俺だって、たとえば俺より目線が上の津田さんに殴られたら、怖い。


「俺みたいに優しいヤツにしときなさい、一緒に帰ろ?」

「萩原、見境ナシ?あたしはハズミで寝た男に友情抱けるほど慣れてないんだけど」

「え?俺たちに友情なんてあったっけ?」

「大体萩原は、優しくはない。他人の話なんて、マジで聞いてないでしょ。基本的に他人のこと、どうでもいい人だもんね」

 じわじわと効いてくるパンチを、腹に一発喰らったような気になった。俺って「他人のことはどうでもいい人」に見えてんのか。


 俺、へこんでいい?みんなそんな風に、俺のこと見てるわけ?確かに真剣には聞いてないかも知れない。大抵のことは俺とは関係のないことだし、はっきり言うとドウデモイイ。でも、その人自体をドウデモイイと思っているわけじゃない。病気すれば心配するし、金が無くて困ってるヤツに肉を食わせたことだってある。

 それとは別なこと、なのか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ