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過剰反応

「ご迷惑じゃありませんか?」

 飲み会に誘った時の坂本の返事は、それだったという。

「あんなに気ばっかり遣ってたら、カウンセリングの意味ないじゃない」

 野口さんは参加メンバーを数えながら、溜息をついた。

「なんて言うのかな、他人のことばっかり考えすぎるのよ、あの子。もうちょっと自己中になればいいんだけど」

 突発的な飲み会で、メンバーは野口さんが集めてきた。まあ、チーム山口ってところかな。あとは女の子何人か。あ、坂本の事情をある程度知っている人間ばっかりか。


 何人もで賑やかな中、坂本はけしてノリは悪くない。殆ど聞き役だけど。そして、酒が強い。山口さんと津田さんは、なんだかふたりで静かに飲んでいる。俺はと言えば――何かノリきれない。

 普段と変わらない面子だし、宴会での話題なんて、事欠かない。誰とだって調子を合わせられるし、適当にヨイショして、相手をノセちゃうのなんかお手のものだ。それが今日は楽しくない。なんだか空疎な気がする。


 はじめて声をあげて笑う坂本を見た。笑い声だけは聞いたことあるけど、あんな顔するんだ。髪がずいぶん伸びたな。また、前みたいに後ろで束ねるのかな。ちょっと待て。それは俺と何か関係があるのか。


 隣の団体さんは賑やかで、仕切りの襖越しに声が聞こえる。そのうち少しずつ不穏な声の調子になってきて、襖蹴倒されたらやだなーなんて、時々聞き耳を立てながら宴会を続ける。津田さんが「そろそろ帰る」と立ち上がろうとした時だった。

「なんだと、この野郎!もう一遍言ってみろ!」

 襖の向こうから、傍若無人な怒鳴り声が響いた。全員の視線が間仕切りの方を向いて、通路を店員がバタバタ走り始める。

 その中で一人だけ、手で顔を覆って身体を縮こめた坂本が異様だ。


「萩原」

 もう背広着ちゃってる津田さんに声を掛けられた。

「坂本さんにな、坂本さんのせいじゃないって繰り返して言って落ち着かせろ。それだけ」

「なんで俺なんですか?」

「見てたじゃん、ずっと。じゃ、お先」

 動揺するようなセリフを残して、津田さんが靴を履く。山口さんが肩を震わせているのが見えた。「あの」津田さんですらそう見てたってことは、山口さんがどう思っていたのか想像はつく。

 とりあえず、坂本だ。


 どうやって声をかけようか、迷った。女の子たちも迷っていて、野口さんだけがかろうじて坂本の肩に手をかけている。そうしている間にも、間仕切りの向こうからくぐもった争いの声が聞こえてくる。

 場所を移そうと思っても、坂本は小さく丸まったまま動かない。坂本に向かい合って膝をつくと、野口さんがちょっと咎めるような視線を寄越した。


「怖いの?大丈夫だよ。坂本さんに怒ってるんじゃないから。坂本さんは誰も怒らせてない」

 ゆっくり一言ずつ区切った。

「坂本さんに怒ってる人なんて、誰もいない。大丈夫」

 聞こえてるかどうかわからないけど、津田さんが繰り返して言えって言ったから。野口さんは坂本の背中に手を置いたまま、黙っている。

「坂本さんが怖いことなんて、何も起こらないからね」

 似たような言葉をゆっくりと繰り返すうち、坂本のこわばりが解けていく。隣の部屋の言い争いは、いつの間にか低いざわめきに消されていた。


 涙の溜まった目を上げた坂本に安心して、みんなは喋りや帰り支度に戻っていく。薄ぼんやりと周りを見る坂本は、まず野口さんと目を合わせ、次に俺と目が合った。俺を見てパニックになるなよ。頼むから。

「今、声かけてくれたのは萩原さんですか?」

 まだぼんやりした口調。パニックは起こしてない、萎縮してるだけだ。

「萩原君だよ」

 野口さんがまだ坂本の背に手を当てながら、頷いた。


「ごめんなさい。最近、大きい声に過剰反応なの、自分でもわかってるんです」

 坂本はぽつりぽつりと詫びた。

「遠くから励ましてくれてるみたいな声で、すごくありがたかったです」

「いや、知ってる人が具合悪ければ、誰でも様子見たりするでしょ?同じじゃない」

 言った後、やっぱりガラじゃないセリフだと、妙に恥ずかしい。感謝の目で俺を見る坂本が、もっと恥ずかしい。

 どうにかしてくれ!そう思ったところで、野口さんがそっと立ち上がった。


 振り向くと、野口さんは山口さんの隣に座り、何事か話してふたりで肩を震わせている。

「山口夫妻!俺をネタにして笑ってます?」

「こんな面白いこと、滅多にないじゃん」

 ああ、居たたまれねえ!


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