器用貧乏
デートDVについて扱います。トラウマのある方は、ご覧にならないでください。
山口さんが新しい部署に移ってから、ものすごい短期間で津田さんは「山口化」した。そう言ってもツメの甘さは相変わらずで、細かいミスは多いけど。もともと直系で山口流を受け継いだ人だから、仕事の進め方は覚えていたらしい。つまり、指示する人がいなくなったから、自主的に動くようになったってことなんだな。
野口さんは相変わらず開発営業部の島の向かい側に座っている。キレイで女っぽいっけど、ちょっと怖い。もうじき結婚はするらしいけど、辞めないって話。
ってことは開発営業部では俺が一番下なのは、変わらないってことだ。
津田さんから引き継いだ「フォレストハウス」の担当は、やたら小柄な美形だった。引き継ぐ前に「驚くなよ」と釘を刺されていたけど、上から下まで見てしまって、特に胸と喉仏をしっかり確認して、がっかりした。
惜しいと思ったところで打ち合わせに入ったら、図面と同時に工程を押さえているような人で、ついでにきっちり値引き交渉までしていって、見た目で舐めた自分を呪った。
津田さんのツメの甘さなんて問題じゃないくらい、俺の方が不慣れだ。
「萩原君、これの排気口動かさないと、ショートサーキットする。見直して」
野口さんからメールが送られてくる。売り掛け管理・物件管理だけじゃなくて、図面のラフまでチェックしちゃう野口さんは、商品についても俺より詳しい。
若くてカワイイ女の子、入んないかな。頭下げっぱなしじゃなくて、目に優しい潤いのある、楽しい職場。願わくば脚が綺麗で、髪にゆるやかなウェーブがあって、笑窪なんかも出るといいな。
それで、「図面読めないんですぅ」なんてね。
隣の席で津田さんがそそくさと帰り仕度をはじめる。子供が顔を忘れてしまうから、とマジな顔で言う。マイホーム・パパってヤツかな。決まった女の顔を毎日見て、それで幸せなんだと実感する・・・なんだか、理解できない。
もっとも津田さんの奥さんは、かなり可愛いって話だけど。社内恋愛なんてお手軽だし、逃げ場所がないじゃないか。社内に可愛い女の子がいれば、それは観賞用にしておかなくちゃ。
・・・ってわけで、今週の金曜日は合コンだもーん。がんばろ。
「えー?女の子なんて、若くて純情な方がいいに決まってるじゃないっすか。合コンで持ち帰れちゃうような女とは付き合いたくないですよ」
「喰い散らかした挙句に喰った相手を気に食わないってか。いっぺん死んどいた方が世のためだぞ」
「いや、軽い気持ちでそういうことできちゃう女はカンベンって言うかー」
「軽い気持ちでそういうことしてんだろ、おまえが」
津田さんとの女の子談義は、なんか食い違うんだよな。津田さんは一本気だし、融通が利かない。その上、心にもないことが言えない。よく営業なんてやってられるよな、でも成績は悪くない。
「津田君はいいのよ。ミスしても自分が悪いって認めて、誠心誠意で謝れる人だから。顔作れない分作為が持てないのを、客先が知ってるしね」
野口さんはけろりと言う。
「萩原君みたいに小手先のプライドなんて通用するのは、小商いのうちだけよ。もうちょっと修行すんのね」
小手先のプライド・・・意味わかんないけど、褒められてるんじゃないことは確か。俺は失注も少ないし、他の部署との連携もそれなりに上手くこなしてると思うんだけど。
確かに「器用貧乏」っていうのは言われ続けてる気がする。子供の頃から、大した努力もしてなかった。運動神経はそこそこあったし、必死で受験勉強しないで入れる高校に行って、指定校推薦で入った大学を出て、いくつかの就職活動で就職が決まったのはラッキーだっただけかも知れない。家賃は会社が半分出してくれるから、大学時代ほど経済的には苦しくない。女の子に嫌われるほど、容姿も悪くない。女の子が喋りやすいのは、重いところがないからだと言われたことはある。
いやいや、それは違うでしょう。
俺は可愛い女の子と仲良くしたいし、仲良くするためならつまんない話だって聞けるし。向こうだってそのつもりなんでしょ?需要と供給で世の中回ってんだから。
山口さんなんかしれっと職場恋愛して、多分秘密がスパイスってやつだったんだよな。俺は毎日顔見てる女となんて、刺激がなくてごめんだね。漏れ聞いた津田さんの純愛騒動の詳細は誰も教えてくんないし、やっぱり社内恋愛だったらしいってことだけ。会社の女の子とは当然仲良くしたいけど、ドツボにはまっちゃう危険は回避したい。うっかり結婚とかって騒がれてみろ、別れた時にワルモノにされちゃうじゃないか。
そういうことにならないように、上手く立ち回らなくちゃね。
経理に新しく入った派遣の坂本は、暗くてつきあいが悪い。顔立ちは悪くないが、いつも濃い色の長袖シャツに黒っぽいパンツだ。話しかけてもこっちの顔を見ないし、無表情な上目遣いで用件だけを単語で喋る。無敵の山口さんが誘っても、飲み会には参加しない。女の子たちに言わせれば、それなりにノリも悪くないらしいし、頭も良いらしい。
はじめは気が弱くて何も言えない子なのかと思ってたけど、そうじゃない。他人の顔色を窺いながらでも、仕事上の不備についての指摘は的確だ。だから、純粋に男が嫌いなんだと思う。
「坂本さん?彼氏、いる筈だよ。たまに駅で待ち合わせしてる。学生かなんかかな。オツトメ人の格好じゃないけど」
野口さんがそんなことを言うのを聞いて、びっくりした。表情に乏しくて痩せぎすの彼女が、男と会話しているなんて想像もできない。
「萩原君にイメージが似てるよ。優男風で調子良さそうで」
「俺、硬派ですよ」
「ご謙遜」
ま、モノズキはいるもんだし、俺には御免被る坂本だけど、その男には良い顔ができるのかも知れない。しかし、男がいてあれだけ薄暗いヤツも珍しいよな。知ったこっちゃないけど。
もっとこう、見るだけで嬉しくなるような女の子、派遣で来ないかなあ。最近合コンもパッとしないし誘う手順も面倒だしで、どんどんお手軽な女の子ばっかりが相手になってるし。仕事を陰で支えてくれて、しかも優しい笑顔・・・なんてね。営業先の受付の女の子のチェックも怠ってないつもりなんだけど、どうもこれって感じじゃないんだよな。まあ、出されたものを美味しくいただくのはモットーにしてるから。
「合意だから、敵とは言わないけどね。女の子甘く見てると碌な死に方しないよ」
野口さんがにこりともしないで言う。女の子だって俺のこと甘く見てるじゃん。
深く考えずに行こうよ、軽くたって重くたって、なるようになるもんなんだから。努力と根性、一生懸命、そんなウザい言葉が大層な価値を持つのなんて、学生さんだけだし。受験勉強で半狂乱になってたヤツが、蓋開けてみたら同じ大学だったこともあったっけ。どうせ同じ道を歩くんなら、苦労する分損見る気がする。
俺は俺のペースで充分満足できるんだから、無理も無茶もする気なんかない。