ドアマットヒロインに転生したけど、前世が売れっ子マッサージ師だったので大勝利した
「ちょっと肩をもみなさい。痛くしたらタダじゃおかないわよ」
やたらと目つきの悪い金髪美女の継母。部屋に呼びつけてきた彼女にそう言われた瞬間、私の脳内にとある記憶が蘇った。
それはマッサージ師として働いていた記憶だ。腕は良かった方だと思う。私を指名してくれるお客さんは結構いて、評判も上々だった。
しかし、その記憶は前世のもの。
今の私はマーサ・ラルリリー。前世に読んでいた小説『不遇な令嬢は冷酷王子に溺愛される』のヒロインで、伯爵家のお嬢様。可愛らしい容姿と優しく素直な性格から周りから愛される清純派ヒロインだった。
小説のマーサの生活は十四才の時、母親が亡くなって父親が後妻と異母姉を連れてきたことで一変した。
継母と義姉からは召使いのような扱いを受け、隣国で冷酷で血も涙もないと噂の王子へと嫁がされることになるが、そこでなんだかんだで溺愛されてハッピーエンドになるってやつだ。
ちなみに、父親が再婚してからまだ一週間ほどしか経っておらず、小説で語られていたほどまでいじめは本格化していない。
……しかし、まさかマーサに転生するとはついてない。ドアマットヒロインなこともそうだが、そもそも私はマーサのことがあまり好きではなかったのだ。
「マーサ、聞いているの!?」
「ごめんなさい、お義母様。少しぼんやりしてしまって」
「とろい子ね。さっさとやりなさい」
「承知しました」
私は継母の肩に手を伸ばす。少し長いブランクはあるけれど、私の手はしっかりマッサージの仕方を覚えていた。
「あーーっ!!」
瞬間、彼女からほとんど悲鳴のような声が上がる。しかし、私はそれで手を止めることはしなかった。
「き、効くぅ……」
「お母さま、ずいぶんと凝ってますね。ちょっと本気でやりますんで、横になってもらっていいですか?」
「……あーーっ!!効くーーっ!!」
言われるがままベッドに横になった継母は最初こそ騒いでいたが、最後の方は気持ちよさそうにうとうととしていた。
さて、そんな騒ぎを聞きつけたらしくドアをノックする音がする。ドアを開けると、そこにいたのは焦げ茶色の髪をした少年だ。
ノイン。ばあやの孫息子で、私にとっては気心のしれた幼なじみ。原作では当て馬となる男である。
「すごい声か聞こえたけど大丈夫か……って、ついに殺ったのか!?」
彼はベッドにうつ伏せになっている継母を目にしてぎょっと声を上げた。
「逃げるぞ!いや、隠した方がいいのか!?」
「生きてるよ」
「辛うじてってことか?……ヒッ!?動いた!」
静かだった継母が体を起こして、ノインは悲鳴を上げながらも私の前に出る。庇ってくれているらしい。
しかし、それも徒労である。
こちらにやって来た継母は、顔の険しさがすっかりとれてさっきまでとは別人のよう。まるで宗教画に描かれた聖母のような慈愛に満ちた顔つきになっている。
「マーサさん、ありがとう。こんなに身体が軽いのはきっと子どもの時以来よ」
もっと具体的に言えば、きっと二次性徴以前だろう。
義母はものすごい巨乳だ。詰め物でもしてるんじゃないかと疑うレベルで、そんなのをぶら下げていたらどれだけ肩が凝るかは想像に難くない。
「よかったらさっきの、ジュリエッタにもやってあげてくれないかしら。あの子もあたくしと同じで酷い肩こり持ちなの」
「お任せください」
ジュリエッタというのは継母の実の娘で、私から見て義理の姉に当たる女性である。彼女は母親によく似ていて美しく、そして巨乳だ。
とっても腕が鳴る。私は自分の薄い胸を叩いて大きく頷いた。
さて、そんなことがあった三年後。
「お前に縁談が持ち上がっている」
「スミマセンッ!!」
父親から私の結婚話を持ちかけられていた。
しかし、ノインがトレーを落っことしてけたたましい音がしたので少し中断。
片付けるために裏へ下がったのを見てから、父親は話を再開する。
「……相手は隣国の第二王子だ」
原作通りの相手だ。しかし、そんなことを家族でとる食事の場で言ったのが運の尽きである。
「ダメーーーッ!!」
私が何か言うより先にジュリエッタが金切り声を上げて拒絶した。
「ダメって……。ジュリエッタ、これは政略結婚で……」
「別にうちから出さなくたっていいでしょ!年ごろの令嬢なんかごろごろいるんだし、ほら!モッブ伯爵家のところなんかどうなの!?うち、お金貸してたでしょ!」
「それはそうだが、」
「そうならそうして!先生を隣国にやるだなんて絶対に許さないんだから!……そうよ!先生が伯爵家が継げばいいんだわ!」
それに継母もうんうんと頷いてジュリエッタを肯定する様子を見せている。
あの時、継母に続けてジュリエッタにもマッサージをしたところ、すっかり私の腕前の虜になってしまって、今では母子揃って先生と呼んでくる始末。
原作では屋根裏部屋に追いやられて召使生活に突入するはずだったのに、伯爵令嬢の現状を維持したまま美女たちにちやほやされていて、今も本来なら伯爵家を継ぐはずの私に持ち込まれた理不尽な縁談から庇ってくれている。
しかし。
「でも、お姉様。この伯爵家はお姉様が継ぐことになっているでしょう?もし私が継ぐとしたら、お姉様はどうなさるの?」
「あたしはここから近い家の中から適当に選ぶわ」
選ぶ、というのはジュリエッタは鬼のようにモテるからである。
それこそ、本来なら物語の主人公であるはずの私なんて比じゃないくらいに彼女はモテる。
ジュリエッタはマッサージをし始めてから顔つきが穏やかになり、すっかり性格も変わったようだった。
原作でマーサを階段から突き落としていた闇堕ち美女ジュリエッタは、今や階段でおばあさんの手を引く光の美女になっていた。
そんなジュリエッタに言い寄るのはそれこそ王族から、高位貴族に世界を股にかける大商人、果ては神官と選り取り見取りの状態なのである。
でも、バイト先じゃないんだし嫁ぎ先はもっと慎重に選ぶべきだと思う。それを本人にも言ったら、
「どんないい縁談だって、先生のマッサージがなかったら結局地獄よ。先生がどこか行っちゃうなら伯爵家も継ぎたくないし、それより先生がここに腰を落ち着けてくれる方がよっぽどいいわ」
「なるほど……?」
そう言われたらそうなのかもしれない。首を傾げながらも納得する素振りを見せていると、「そうね」継母がジュリエッタに同調する姿勢を見せた。
「先生がこのまま家にいてくれるならあたくしも助かるわ。誰と結婚してもいいから、本当に家を継いではどうかしら」
父、置いてけぼり。
だが、父は年々美しさに磨きをかける継母に常に骨抜き状態なので、継母の言葉には逆らわない。実質、この家の決定権は継母にあるのである。
そして、彼女の言葉は私にとって魅力的なものだった。
「誰でも……?」
「ええ。好きな殿方はいないの?」
私の視線は部屋の隅へ。皿を片付けて食堂に戻ってきてからも、挙動不審で熱くもないのに大量に汗をかいている青年、ノインに向けられた。
それを目で追って気づいた継母がにんまりと笑う。
「あら、いいじゃない。彼、子爵家の出でしょう?」
「でも、受けてくれるかどうか……」
「あの様子なら大丈夫よ」
大丈夫なら、私はとても、とてもとても嬉しい。
私がマーサを嫌いだったのは、あんなにも自分を想ってくれる人についぞ気づかなかったからだ。
今のマーサだったら好きになれそう。そんな気がした。




