第12話 ぷーちゃん
「ぷーちゃん?」
ぷーちゃんってあの、アヤさんのイマジナリーフレンドの一人の…?
「まあ、そういうことになるな」
「なっ」
まるで心を読まれたかのように返事がされた。
「まあ、心を読んでいるといえばそうなるな。今私と会話しているのは君の夢の中での出来事であり、同時にアヤの夢の中の出来事である。もっとも、アヤはこの夢に干渉することはできないがな」
淡々と説明される情報に未だ脳の処理が追い付かない。
「あのぅ…全然理解できないんですけど…」
「まあ要は今私と会話しているのは現実世界ではない。そもそも私らはアヤの体を通して会話なんて高等な芸はできないからな」
なる…ほど?
「えと、それで、何かご用ですか?」
「ん?いや、別に。ただお前がどんな人なのか気になってな。一度雑談してみたかったんだ」
「雑談…」
「そう。雑談。アヤからは君は結構愉快な人間だと聞いていてな。これからアヤとお付き合いをするかもしれない相手とは私らも一度挨拶願いたいものでな」
「いやっ、お付き合いとか、そういうのは全然…」
「でもお前アヤのこと好きじゃん」
「そうですけど…」
「あっさり認めた!秋人は押しに弱いんだな。メモをとっておこう」
ぷーちゃんは少し笑いながら近くに紙とペンを出現させ、何かをメモする。
ここでぷーちゃんと話ができるなら、一応親の願いも聞いてみるか?
「親の願い?」
「あ、心読まれてたんですね。えっと、どう説明すればいいのでしょう…」
手紙を全部読み上げればいいのか?あぁ、見せた方が手っ取り早いのに…
「見せられるぞ、手紙」
「え」
「言っただろう?ここは現実世界じゃない。夢の中だ。夢の中なら何をしたっていい」
「そうか。それでさっき神とペンをとったんですね…」
とりあえず僕も、手紙を念じて見せる。すると、右手に紙の感触が出現する。
「これです。親からの手紙。最後の一行だけ、読んでみてください」
ぷーちゃんは手紙を読む。
「お別れかー」
シンプルな声で彼女は言う。
「あんまり反対とか、困るようなそぶりは見せないんですか?」
「まあ私はこの手紙に賛成だからかな。アヤにはアヤの人生を送ってほしいし、今後私らはその妨げになる可能性が多々ある。それらを考慮すると親の意見は納得できる。だが…」
ぷーちゃんは「うーん」と唸り声をあげ、続ける。
「正直、私らもお別れ方法がわからない。というか、色々試して全部失敗に終わってる」
「色々…?」
「そ。色々。寝てみたり、気絶してみたり、一回死んでみちゃったり」
ぷーちゃんはその時の出来事を思い出したのか、少し顔をゆがめる。
「でも、どれもダメだった。死んじゃってみても、次の日起きたら元通り」
「…」
本人たちも消える方法がわからないんなら、僕はどうすれば…
「そうだ!学位論文!」
どうして忘れていたんだ。スミス先生がくれた手がかり、これを逃すわけにはいかない。
「学位論文?」
とりあえず学位論文を取り出し、ぷーちゃんに渡す。
「„Musik als Form innerer Beziehung: Studien zur Selbstregulation und Imagination”…内的関係の形式としての音楽、自己調整と想像の研究って意味かな」
ぷーちゃんは流暢なドイツ語で題名を読み上げる。
「ドイツ語、話せるんですね?」
「アヤがそれとなく話せるから、私らも話せるの。ちょっと読んでみるから、数分頂戴?」
「はい…」
ぷーちゃんはそういうと、眼鏡を取り出して学位論文を読み始める。
しかし、こうしてみると、大人っぽいアヤさんも中々魅力的な気が…
「秋人、大人っぽい女性が好きなんだー、面白いね」
ばれてしまった。
――――
数分後、ぷーちゃんは学位論文を閉じる。
「なんとなく理解した」
「もう全部読んだんですか?速いですね」
「全部というか、大事そうな部分を取捨選択してザックリ読んだだけ」
「それで、どうですか?何かヒントになりそうなもの」
「ああ、あった。というか、この著者もアヤと同じ体験をしているようだ。現実がつらくなって、イマジナリーフレンドに逃げた」
「それで、どう、音楽に関係していたんですか?」
「どうやら彼は、『特定の音楽を聴いている間だけ、特定の仲間とより深く繋がることができた』らしい。この深い繋がりというのは具体的には何なのか不明だが、おそらくは音楽と仲間を結び付けて、君の言う『お別れ』を実現させたのだろう。実際、かれも『数々の音楽経験を通して、ゆっくり仲間たちを理解し、永遠の別れを告げた』そうだ」
「じゃあ、アヤさんは音楽を聴いていればあなたたちとお別れができる、ってことですか?」
「まあ簡単に言えばそうだな。だが、音楽は音楽でも、私らの特徴に似ている音楽でないといけないらしい」
「特徴?」
「ああ。これもまた著者が書いてくれているのだが、彼には三人のイマジナリーフレンドがいたらしくてな。一人目は活発で元気、二人目は静かで優しく、三人目は落ち着いていて色っぽい。三人別々の特徴を持っていて、つながる音楽も別々だった。一人目はチャイコフスキー四番の第四楽章、二人目はシュトラウスの英雄の生涯から、英雄の伴侶、そして三人目はラフマニノフ交響曲二番の第三楽章」
「なるほど、大体理解できたと思います」
チャイコフスキー四番の第四楽章はとにかく賑やかで、常時ハイテンポで動いているとても活発な音楽。
シュトラウス英雄の生涯、英雄の伴侶はおそらくシュトラウスの妻を表した曲で、優しく強く支えてくれるような音楽。
そしてラフマニノフ交響曲二番の第三楽章はとにかくラブで満ち溢れている音楽。
「その通り。だから、私ら五人分の音楽を、君が探さなくてはならない」
「善処します…」
「それじゃ、そろそろ時間だ。またの機会に会おう、秋人」
「え、あ、ぷーちゃん…」
――――
「秋人さん?」
アヤさんの声で僕は起きる。
「あ、れ?アヤさん…」
「よく眠れましたか?」
「僕、寝てました…?」
「ええ、一時間ほど、ぐっすり眠っていましたよ?」
そうするとアヤさんは僕に携帯の画面を見せる。僕の寝顔だ。
「えっ、あ、ちょっ、消してください…」
手を伸ばすも、彼女は携帯の電源を切る。
「嫌です。保存して、もしもの時のために取っておきます」
「もしもの時って、どんな時ですか…」
僕はあきれた声で言うと、彼女はいたずらをした子供のように小さく笑う。
「じゃあ、もうこんな時間だし、僕はシャワー浴びて寝ます。おやすみなさい」
「あ、おやすみなさい、秋人さん」
そう言って僕はリビングを後にする。
――――
秋人さんそう言ってリビングを出ました。
「そういえば、秋人さん、どうして急に敬語を…?」
小さな疑問を残しながら、私は寝床につくことにしました。




