第一話 Erstes Treffen
第一印象というのは、とても大事なものだと僕は思う。
一度ついた印象は、思っている以上に長く尾を引く。
いい印象も、悪い印象も、勝手に増幅されていく
だから、僕は誰かと会うときには、心の準備を怠らず、第一印象をできるだけ良くするよう努めているのだ。
その成果もあってか、今のところ全員からの第一印象は素晴らしいものになっている。
…たった一人を除いて。
*
帰ったら、家にあるお菓子をありったけ全部食べてやろう。
僕は空港から家の帰り道でそう考えていた。
ついさっき、音楽サマーキャンプでアメリカ北部の方からテキサス州へと帰ってきたのだ。
飛行機は遅れるし、荷物は届かないし、テキサスは暑いしで、悪いこと続きだ。
だから、家に帰るのを待ち遠しくしていた。
「ただいまー」
玄関に入る。親は仕事で外出中なので、返事はない。
うむ。我が家の匂いが鼻の奥へと届いていく。とても気持ちが良い。
靴を脱いでいると、とある違和感に気づく。
なんか、たくさん知らん靴が置いてある。
かわいいスニーカーが三足、ヒールが二足、ブーツが一足、そしてスリッパみたいなのが一足。どれもサイズは23.5だった。
親戚?全員日本だな。
友達?こんなにいないし靴のサイズももうちょいでかい気がする。
...盗品?
ま、まあ、きっと母親が靴サイズ23.5限定パーティに向けて下調べでもしているんだろう。僕は自分にそう言い聞かせて二階へと上がる。
と、そこで再び違和感が。
勉強机がデカくなっている。
そもそも勉強をしない僕がこの勉強机の広さを持て余していたのに、これまた大きくするとは、親は一体何を考えているのだろうか。
とりあえずキッチンからお菓子をありったけ持ってきて、三階へと上がる。
早く部屋のベッドに飛び込みたい。早くためておいたラノベを読みたい。ソシャゲをしたい。
僕はそんな思いを胸に、自室の扉を開ける。
ーー世界が止まった。
とても美人な女の子が僕のベッドの上で正座していた。
そして、その手には、やけに薄い、B5版の本が...
う、嘘だろ。あの、引き出しの二重底を見破ったのか?
「…」
いや待て。
待て待て待て。
思考が追いつかない。
女の子は、めちゃくちゃ真剣な表情でページをめくっていた。
集中しすぎて僕の存在に気づいていない。
顔が赤い。
耳まで赤い。
…ナニをこんなに真剣に読んでいるんだ。
「っ…!!」
ページをめくったあと、ようやく彼女が顔を上げた。結構終盤の方だから、あの、あれがあれをしてこうなるシーンにたどり着いたんだろう。たしかにあそこは刺激が強い。
あ
目が合った。
一秒。
二秒。
三秒。
理解。
バンっ!
僕は反射的にドアを閉めた。
そうだな、僕は幻覚を見ているんだ。きっとそうだ。
美女が僕のベッドの上でいかがわしい薄い本を読むわけないじゃないか。
きっとあれだ。あの、サマーキャンプ最終日に食べたチャーガとかいう変なきのこのせいだ。そうに違いない。
バンっ!
今度は向こう側からドアが開いた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
さっきの女の子が顔を真っ赤にして立っていた。
「い、今のはちがくて、あの、その」
完全に現実だ。
「まず、説明をさせてください!」
勢いがすごい。
「勝手に部屋を使っていたのは本当にごめんなさい!
鶺鴒さんにいいって言われていて…
それで、色々見ていたら、ちょっと気になる本を見つけてしまって……!」
あ、親の知り合いか。不審者じゃないなら良いんだけど…
…
ていうかどうやってその本を見つけたんだ。
某殺人ノートのマンガを参考に隠していたんだぞ?
「で、その……あの本なんですけど……
すごく、その……勉強になるというか……!」
ナニの勉強だ。
「な、なんか私の知らないこととか…
始めてて…それで…あ、あの…」
オドオドしてて可愛い。
きっとこの子は清楚で心が綺麗な人だったんだろう。
こんな素晴らしい子を汚すような真似でもしてみろ。僕の拳が顔面めがけて飛んでくるぞ。
とりあえず挨拶だけでもしておこう。
「えっと、初めまして……鶺鴒、秋人です。僕。」
「あっ、はい……! 北颪きたおろしアヤです……!」
ぺこり。顔真っ赤。
沈黙。
気まずさが限界突破している。
これが、僕と北颪アヤの初対面だった。
第一印象は…言うまでもないな。




