たゆたう
――ふふふ……。
――ははは……。
暗い部屋に、男女の笑い声が跳ねていた。
その響きにはどこか湿り気を含んだ艶っぽさと、悪戯めいた子供の無邪気さが同居していた。それは、二人が事を終えたあとだからか。互いの肌の余熱を指先でなぞり合い、くすぐり、足を絡めては胸元に唇を落とす――そんな時間だった。
「変わるもんだよねえ……」
女が男の胸に頬を押し当てたまま、吐息まじりに呟いた。湿った息が皮膚を撫で、男の背筋をぞくりと震えさせた。男は小さく身をよじりながら、「んー?」と幼子のように返した。
「うー?」
「んー?」
「……ふふっ」
「はははっ」
「あたしが子供の頃、今みたいな人生、想像してなかったなあって」
「そっかー」
出会った頃と比べて老けた、という意味ではないとわかって、男は安堵の息を漏らし、気の抜けた返事をした。
「テレビやネットでさ、少子化だの未婚率上昇だのって騒いでたじゃん。あたしも結婚なんかしないんだろうなーって思ってたんだ」
「でも、いい男に出会って変わったあ?」
男はそう言いながら、女の乳房を揉み、指先で弄んだ。女は笑い混じりに「あっ……」と短く声を漏らし、体を小さく震わせた。
「ふふっ……ほんと、子供の頃はさ……」
まるで遠い空を見上げて呟くように、その声はどこか遠くへ抜けていくようだった。女の心は、今と少女の頃の間を揺蕩っている。男はそれを察して、少し寂しげに相槌を打った。
「幼稚園の頃が一番幸せだったなあ。一人っ子で、今思うと甘やかされてたほうだったかも。お菓子もおもちゃも独り占めでさ。確かに子供は少なかったけど、寂しくはなかったなあ。むしろ、少ないぶん仲が濃かった気がする」
「んー」
男もまた天井を仰ぎ、少年時代を思い返す。閑散とした公園。午後四時の斜陽。父親とサッカーボールを蹴り合った。楽しくて胸が躍り、転びそうになりながら笑っていた。
「あたしが小学校に上がった頃、突然弟ができたんだよ。……そう、予定外だったみたいで、親も戸惑ってた気がする。でも、結局産んで……翌年には妹も生まれて……」
女は小さくあくびをした。「ああ……」と漏らした声は、どこか老木の撓りを思わせる、掠れた響きだった。
「その翌年にまた妹、次の年には弟。気づいたら、下の子の面倒を見るのがあたしの役目みたいになっててさ」
「ああ……」
男もまた大人びた声を出した。「おれは三男だったよ。姉貴たちに面倒見てもらってたらしいなあ……」
「どこもそうだよね……。で、その次の年にまた妹、弟、妹、弟……」
「そうだよなあ……おれも弟たちの世話してた……」
男はぼんやりと呟き、遠い記憶の中に沈み込んでいった。
「ほんと、あの頃はうんざりでさ。絶対早く家を出てやるって毎日思ってた」
「わかる……」
「結婚なんて絶対しない、一人で生きてやるって決めてた。最低でも子供は作らないって」
「うんー」
「セックスもしない」
「あー……いや、それは思わなかったな」
「えー、あっ、ふふっ」
男が女の太ももを撫で、指をゆっくりと上へ滑らせていく。女は笑いを漏らしながら、体の力を抜いた。その弛緩を、重ね合わせた肌で感じた男は、小さく息を吐いた。
女の手が男の腹のあたりから下へ、下へと降りていき、男は喉の奥から低く声を漏らした。
「ほんと、これのせいで……変わっちゃったよ、みんな」
「んー? ああ」
女が馬乗りになり、指で摘まんだそれを、軽くひらひらと揺らしてみせた。
「このコンドームが出回ってから、ね」
女の唇の端が吊り上がり、腰がゆらりとうねった。
「媚薬効果があるって噂だよな……はははっ」
「そうそう、ふふっ。うちの親なんか病みつきになってさ。二人ともどんどん子供っぽくなっちゃって――きゃ、ふふっ!」
男が腰を押し上げると、女は声を上げて悦び、二人の笑い声と息が混ざり合っていく。
「政府推奨とか、補助金が出てるとか言ってたっけー?」
「しーらないっ! ふふっ!」
もうどうでもいい。そう言うように、女は顔を寄せ、唇を重ねた。
そして、封を切ろうとした――その瞬間だった。ズズッと襖が開いた。
「ねえ、ママ。みんな、おなかすいたって」
「うるさい! ご飯は自分で作んな! あたしたちの分もね! 文句があるなら、あんたも大人になって子供作りな!」
女の指の間から、ぬるりと滑り落ちた――薄く、脆いゴムが。




