第31話 砦の状況
翌朝。
砦の門の前に数名の兵士が、泥と血にまみれて現れた。
「第一砦が……!」
第一砦――陥落。
昼過ぎには、第二砦から逃れてきた者たちも現れた。
やはり、第二砦も――陥落。
それはつまり、ここ第三砦が孤立したことを意味していた。
三つの砦は、山からの魔物の侵入を防ぐために並べて築かれた防衛線。
その両翼が折れた今、中央の第三砦が孤島のように取り残されたのだ。
……最悪の展開だな。
ベルンハルト団長は即座に動いた。
数名の側近を連れ、第三砦を管轄する町――デゼルタの役場へと急行する。
「第三砦は、ムーンゲート出現後の魔物の猛攻を辛うじて凌いだ。だが、第一、第二砦の状況は?」
役場の会議室で、ベルンハルトは低く問いかけた。
「どちらも壊滅。再建の目処は立っておらん」
淡々と返される答え。聞いていた通りの内容だった。
「ならば、第三砦に援軍を回してくれ」
「今は無理だ」
即答だった。
「この町の近辺でも魔物が活性化している。加えて、砦が二つも陥落した今、まずはデゼルタ市街の防衛を最優先にせざるを得ない」
「……では、我ら黒鉄傭兵団は契約を解除し、第三砦から撤退するしかないな」
静かだが、圧を込めた声。
「待て。それを決めるのは私ではない。上と協議する。一週間――猶予をくれ」
「承知した」
そのまま、微妙な空気の中で交渉は終わった。
ベルンハルトは砦に戻り、黒鉄傭兵団の通常業務を再開する。
だが、一週間が過ぎても、返事はない。
最速の伝令を飛ばし、毎日確認させていたが――音沙汰なし。
……もう限界だ。
ベルンハルトは決意する。
「これ以上、部下を危険にさらすわけにはいかん。契約を破棄する」
しかしそのとき。
「デゼルタから伝令です!」
馬を駆る伝令が砦に到着し、何やら封筒を差し出してきた。
ついに来た。
ようやく、上層部からの返答が――
伝令が持ってきた書状には、ただひと言――
「至急、デゼルタの町へ来られたし。重要な話がある」
内容は交渉結果ではなかった。
だが、すでに契約解除の覚悟を決めていたベルンハルトは、迷わず町へ向かう。
役場の会議室。
重苦しい沈黙の中、信じがたい言葉が発せられた。
「マテトキア王国は、デゼルタの町および周辺の砦を、隣国ゲルデン帝国へ譲渡することを決定した」
「……なに?」
ベルンハルトは思わず言葉を失った。
「元より、魔物の被害が続くこの一帯をマテトキア王国は手に余していたのだ。
内々にゲルデンと調整が進んでいたらしい」
ただ、この魔物騒動の一部はゲルデン帝国が仕掛けたのではないかという噂もあるのだが......本当にそうであるかは団長たちにわかるはずもなかった。
予想もしていなかった現実。
ベルンハルトが静かに問い返す。
「では、我々黒鉄傭兵団の契約は?」
「リストライネン辺境伯との契約は打ち切りになる。だが、安心しろ。
ゲルデン帝国が、お前たちをそのまま雇いたいと言っている」
「……帝国が?」
「ちょうど今日、担当者が来ている。会うか?」
「頼む」
現れたのは、豪奢な装いの中年の男だった。
帝国軍の軍務官らしい。
「黒鉄傭兵団の団長、ベルンハルト殿だな。話は聞いている」
「それで?」
「第一、二砦にはわが軍を派遣する。お前たちには、しばらく第三砦にいてもらいたい。報酬は現行と同額を保証する。どうかね?」
「まあ、それなら異存はない」
「ただし――」
軍務官は、声を少し低くした。
「お前たちには、しばらく砦にいてもらうが、準備が整い次第、別の任地に移ってもらう。
新たな戦線があり、そこに兵力が必要なのだ」
「傭兵団は、必要とされる戦場に赴くもの。場所にはこだわらんよ」
ベルンハルトは即答した。
この砦も十分危険だった……ルーナ仮面がいなければ、全滅していたかもしれん。
その思いとともに、ふと脳裏に浮かんだのは――サティエルの姿だった。
彼女はたまたま森の近くで保護した子供。この先も連れまわすのは、あまりにも酷だろう。
今のうちに、もっと安全な場所に……。
ベルンハルトは、リストライネン辺境伯の騎士に相談を持ちかけた。
「砦で保護していた娘が一人いる。十二歳ぐらいで、魔法も使えるし、家事もそつなくこなす。
そちらで面倒を見てはもらえないだろうか?」
「むしろ、ありがたい。手が足りていないところだ」
即答だった。
少なくとも、傭兵団よりは安定した生活が送れるはずだ……。
「では、今度、彼女を紹介しよう」
「よろしく頼む」
こうして、黒鉄傭兵団はマテトキア王国との契約を打ち切り、ゲルデン帝国との新たな契約へと移行する。
そして同時に――サティエルは、リストライネン辺境伯騎士隊に預けられることに決まった。
それは、新たな運命の分岐点であり、
一つの“別れ”の始まりでもあった。




