第28話 ルーナ仮面
翌朝。調査に出ていた団員達が、思いがけない報せをもたらした。
「団長、大変です。ギガントエイプの……死体が確認されました」
「なんだと? 詳しく報告しろ」
「はい。森を巡回中、ファングウルフの群れを見つけたので様子を探ったところ……やつら、ギガントエイプの死体の周囲に群がっていたのです」
「……食い荒らされていた、ということか」
「はい。かなり損傷が激しく、死因などの詳細は不明ですが……」
ベルンハルトは腕を組み、険しい顔で続きを促す。
「ファングウルフが倒した、という可能性は?」
「低いかと。現場にはギガントエイプが暴れた痕跡が多数残っており、それなりの戦闘があった様子。しかし、辺りにファングウルフの死体はありません。それに人間、もしくはそれに近い種の足跡が残されておりました」
「人間……? 魔法の使用痕は?」
「魔法攻撃の跡はなく、足跡は一人分しか確認できておりません......」
ベルンハルトの顔がさらに険しくなる。
「ギガントエイプを単独で……しかも魔法なしで……。本当に、人間か?」
「それも断定はできません」
「……念のため、他の砦やリストライネン領内の冒険者ギルドに確認してくれ。ギガントエイプを討伐した者が名乗り出ていないかどうか。……そいつが味方であればいいのだがな」
しかし、その後も――
強力な魔物の死骸が、時折森の中で見つかるようになった。
そして倒した者の正体は、誰にも分からないままだった。
次第に砦の兵士たちの間で、ある噂が囁かれ始める。
「森には何か……得体の知れない化け物が潜んでいる」
「いや、夜な夜な仮面をつけた影が現れ、魔物を狩っているらしい」
「もしかして、それって――“森の守り神”とか……?」
それが人か、魔物か、それとも神や悪魔の類か、真相は闇の中。
だが、“仮面の守り神”の噂は、静かに砦の中へ広がっていった。
* *
しばらくして――。
誰かが、ふと気づいた。
「……最近、食事の量、多くないか?」
質素だった食卓が、いつの間にか少しずつ――だが、確実に潤っている。
密かに調査が行われたが、食料庫の在庫は帳簿通り。備蓄にも不審な点は見当たらない。
では、どこから食料が増えているのか。
調査がさらに進むうちに、ある事実に突き当たった。
――狩猟で得られた獲物の量が、報告以上に多いのだ。
しかも、特定の誰かが申告しているわけではなく、獲物は調理場に“いつの間にか”追加されている。
これはもう無視できないと判断したベルンハルト団長は、食事の準備に関わるヘレーネやサティエルたち関係者を集め、事情を聞くことにした。
そのまま黙っていてはヘレーネたちに疑いがかかる――そう思ったサティエルは、自ら口を開いた。
「……実は、“ルーナ仮面さん”が寄付してくれたんです」
「……誰だ、そいつは?」
「ルーナの仮面をかぶっていて、正体は分かりません」
「なんだと……? 特徴は?」
「私と背丈は同じくらいで……マントをまとっていました」
――もちろん、それはすべてサティエル自身の姿である。
だが、彼女は内心こう思っていた。
バレたらバレたで構わない。『あなたたちが食料を集められないから、私がやった』って言ってやる。
話を聞いたベルンハルトは、ふと考え込む。
「ルーナの仮面……あの、エルフどもが信仰しているやつか……?」
少しの沈黙の後、彼は短く指示を出す。
「……わかった。そいつについては、こっちでも調べておこう。もしまた姿を見せたら、俺に報告してくれ」
それ以上の追及はなく、その場はお開きとなった。
ベルンハルトは一人、考え込む。
正体を隠して、我々を――助けている? 一体、なんのために?
だが、夜に現れて強い魔物を討伐している“仮面の守り神”の噂とも一致する。もし同一の者なら……。
意味がわからん。だが、そいつが“敵”でないなら、それでいいのかもしれん。
サティエルはと言えば、その後も変わらず、こっそりと狩りを続け、食料を補っていた。
しかし、それが再び追及されることは、ついになかったのである。




