第27話 ギガントエイプ
満月の夜――再び、ムーンゲートが開かれた。
そして翌日。調査隊から届いた報せは、砦に重苦しい空気をもたらす。
「団長、大変です。山中で――ギガントエイプが確認されました!」
ギガントエイプ。
それは体長五メートルにも及ぶ巨体のサルで、恐るべき怪力を誇り、なおかつ動きも俊敏。下手な討伐隊では、返り討ちに遭うのがオチだ。
「……まずいな。ギガントエイプには刺激を与えるな。近づくなと全員に通達しろ」
ベルンハルト団長は額に手を当て、眉間の皺を深めた。
今の砦の戦力を総動員しても、勝てる保証はない。どうか、山奥に戻ってくれ――それが彼の切実な願いだった。
その夜。
「大猿を見つけた。アレは危険な気配がする……退治しておこう」
サティエルは迷いなく、マントをまとい、仮面をかぶる。
いつものように窓から抜け出し、夜の森へと溶け込んだ。
ろっくんの視界を借りて、ギガントエイプの居場所へ急行する。
その背後へと静かに接近――したつもりだったが、わずかな気配で気づかれてしまう。
次の瞬間、ギガントエイプは音もなく横に跳び、そのままサティエルの眼前へと現れた。
一拍遅れて繰り出される、重厚な右腕の一撃。
受け流そうとしたサティエルだったが――
「……っ!」
その重さは、想定をはるかに超えていた。完全に受けきれないと悟り、すかさず相手の腕を押し返しながら、己の体を流すように動いて攻撃を逸らす。
なんて力……これは油断できない。
巨体のはずなのに、まるで疾風のようなスピード。
気功術による身体強化を最大まで引き上げて、ようやく対等に立てる――そんな相手は久々だった。
いくつかの攻防を繰り返し、ようやくギガントエイプに隙が生まれる。
その刹那、サティエルは一撃を叩き込む。
「気功掌!」
だが――手応えは鈍い。
厚く硬い体毛が、衝撃を吸収してしまっていた。
このまま気功だけで押し切るのは厳しいか……。
この“仮面姿”の時は、サティエルであることがバレないよう、魔法の使用は避けてきたのだ。
けれど今は、そんなことを言っていられない。
――いや、使うのはあくまで気功掌と同じフォームで放てるあの魔法。
「プチアルティマータ」
それは掌からごく近距離にのみ発動する、超高エネルギーの破壊魔法。
邪竜ファーブニルの鱗すら砕くその威力は、接近戦でこそ真価を発揮する。
これなら魔法だと気づかれないだろう。
ギガントエイプの拳が迫る。
「プチアルティマータ」
迎え撃つサティエルの掌から放たれた衝撃が、相手の手首ごと吹き飛ばす。
巨猿が一瞬、絶望的な隙を見せた。
そこを逃すサティエルではない。間合いを詰め、心臓めがけてもう一撃――
「プチアルティマータ!」
掌が深くめり込んだ。
ギガントエイプは呻き声もあげぬまま、その場に崩れ落ちた。
サティエルは静かに息を吐く。
「ふう……強かったな」
勝利の余韻に浸ることなく、彼女は闇に紛れて砦へと戻る。
誰にも気づかれないように、そっと、窓から部屋へと忍び込んだ。




