第20話 シノロ第三砦と黒鉄傭兵団
サティエルは、アルティマータで開けた穴の終点にたどり着いた。
外に出ると、そこは入り口とよく似た、寒々しい山の中腹だった。ほとんど植物も見当たらない。眼下には緑深い山の裾野が広がり、そのさらに向こう、荒野の中に砦のような建物がぽつんと立っていた。そこからは一本道が延びている。
「……とりあえず、あの砦に向かおう。砦から道沿いに進めば、町にたどり着けるはず」
そう独りごちて山を下り、森の端に差しかかったところで、声が飛んできた。
「おい、坊主! 危ないぞ、その森には近づくな!」
声の方を振り向くと、しっかりした革鎧をまとった男たちが三人立っていた。
せっかくなので話を聞いてみることにする。
「すみません。町に行きたいのですが、このあたりで一番近い町はどこでしょうか?」
「ん? 迷子か?」
「いえ、旅の者です」
「旅の者が、なんでこんな山の中に……」
「山の向こうから来ました」
「んな馬鹿な……まあ、訳ありってとこか。とにかく今日はもう遅い。町までは無理だな。砦の隅っこでよけりゃ、泊めてやるよ」
「ありがとうございます」
案内してくれたのは、黒鉄傭兵団のヨエルという男だった。
ここはマテトキア王国、リストライネン辺境伯領にある「シノロ第三砦」。名目上は辺境伯配下の騎士隊の管轄だが、実際にこの砦を守っているのは、彼らが雇った黒鉄傭兵団だった。
砦に入ると、ヨエルが大柄なスキンヘッドの男に報告を入れた。
「団長、森で保護した子供を連れてきました」
目の前の大男が団長のベルンハルト。そして隣に控えている女性が副団長のパトリシアだと、他の団員が教えてくれた。
ベルンハルトは一目見ると面倒そうに手を振る。
「分かった。そいつはヘレーネに任せろ」
案内された小部屋は、古びたテーブルと椅子が置かれた簡素な空間だった。窓は一つあったがあまり大きくはなく薄暗かった。長く使われていなかったのか、埃っぽく、隅には蜘蛛の巣も見える。
やがて、ヘレーネという中年女性が水の入った木のカップを持って入ってきた。
「はいよ、水だけどね。で、お前さん、どこから来たんだい?」
さて、どう答えよう。先ほど「山の向こう」と言っても信じてもらえなかった。なるべく嘘にならない範囲で答えよう。
「森の奥から来ました。おばあさんと一緒に住んでいたのですが、亡くなってしまって……それで、森を出ることにしたんです」
「ほう、森の奥ね……。まあ、住んでる人が全くいないわけじゃないし、事情があるってことか。……で、行くあてはあるの?」
「いえ、とりあえず町に行ってみようかと」
ヘレーネはじっとサティエルの顔を見つめた。
「掃除、洗濯、料理……できる?」
「はい、一通りは」
「じゃあ、ここで住み込みで働いてみない? 私は孫と二人で働いているけど、手が足りなくてね。団長にはずっと増員を頼んでるんだけど、なかなか来てくれないんだよ」
サティエルは少し考えた。確かに今は、他に行くあてもない。
「……わかりました。お願いします」
「決まりだね。あとで私から団長に話しておくよ。……それにしても、そのマント、ずいぶん汚れてるじゃないか。部屋の中では脱いだらどうだい?」
サティエルは自分を見下ろす。確かに、泥と埃でひどい有様だった。
マントを脱いだ瞬間、ヘレーネの目が見開かれる。
「――あんた、女の子だったのかい!」
「はい」
「それを早く言いなよ……。変にちょっかい出されないようにしておかないとね。ちょっと副団長を呼んでくる!」
そう言ってヘレーネが出ていくと、すぐにパトリシア副団長を連れて戻ってきた。
「この子なんだけど、住み込みで働いてもらいたくてね。ただ、若い女の子だったからちょっと心配で……」
「男装してたのね。確かに一人で旅するならそのほうが安全だものね」
パトリシアはふっと笑い、肩をすくめた。
「わかったわ。変な気を起こしたら、私が殺すって脅しておくことにする」
冗談めかした言い方だったが、目の奥には本気がのぞいていた。
そのままサティエルのそばに歩み寄る。
「ここでは、女の子として過ごしていいわよ。荒っぽい人達ばかりだけど悪人はいないから」
彼女はサティエルの髪に目を留める。
「……へえ、髪飾りもつけてたのね。ずいぶん下の方に。見えないようにしてたの?」
「はい、フードをとっても見えない位置に……」
「そう、じゃあこれからは、もっと上につけても大丈夫よ」
そう言って、パトリシアが髪飾りに手を伸ばし、そっと外した瞬間――
サティエルの髪が、淡い金糸のようなホワイトブロンドに変わり、ぼんやりしていた顔立ちがくっきりと整い、そこにいたのは、息をのむような美少女だった。




