第2話 侯爵令嬢エルネスタ
同じ頃。 場所は、マルムフォーシュの北西に広がる大国、ガルターニュ。 王立リートス学園の卒業パーティーの夜、一人の少女の運命が大きく動き出した。
その中心にいたのが、エルネスタ・グランフェルト。
十八歳、侯爵家の長女であり、第二王子の婚約者という立場を与えられていた少女である。
成績は常に上位。魔法は使えずとも、気功術においては学園随一の才を誇った。
しかしその才は、王子の自尊心を傷つけ、やがて二人の関係に陰を落とすこととなる。
そしてその夜、運命の歯車は音を立てて狂い始めた。
「エルネスタ・グランフェルト!アンシェリーナを陥れようとした罪、断じて許せぬ。婚約は破棄し、貴様には国外退去を命じる!」
それは、あまりにも突然の、そして身に覚えのない断罪だった。 。
怒りに燃える王子の言葉と、それに頷く者たち。
静まり返った会場の中、微かに笑みを浮かべたのは――隣国ゲルデン帝国からの留学生、アンシェリーナ第三皇女。
エルネスタはまだ知らなかった。
この告発が仕組まれたものであり、王子すらも誰かの手のひらの上にいたことを。
会場の空気は、冷たい視線と噂話で満ちていく。
耐えきれず、エルネスタは踵を返し、急ぎ足で会場を後にした。
本来なら家同士が結んだ婚約を、王子ひとりの言葉で破棄することなどできない。そんな当たり前のことも考えられなかった。
だが、あまりに急で理不尽な宣告に、エルネスタの思考は真っ白になっていた。
ただ、少女の心は傷つき、羞恥と困惑に包まれていた。
馬車に飛び乗り、学園を離れる。自邸へ向かうはずだったエルネスタ。
だがその道程すら、既に破綻していた。
どれほど走ったころか――
馬車が突然、軋む音を立てて停止した。
もう屋敷に着いた……?
そう思って外をのぞくと、見覚えのない街道が広がっていた。
「ここは――?」
「今頃お気づきになられましたか? ですが、もう遅いですよ」
返ってきた声は、聞き覚えのない男のもの。
驚いて御者台を見上げると、そこにいたのは知らぬ顔。
胸がざわつき、扉を開けて飛び降りようとした――
その瞬間、視界に飛び込んできたのは、不気味な赤い満月だった。
血のように染まった光が、地面と影を赤黒く塗りつぶしている。
そして、月明かりに照らされ、複数の男たちが無言で彼女を取り囲んでいた。
はっと気づく、剣もなく、ドレスを着ているのだ。とても戦える状態ではない。
逃げ場は、どこにもなかった。
その時、エルネスタは選んだ。
自らの誇りを守るため――腰に忍ばせたナイフを抜き、迷いなくその刃を喉元へと突き立てる。
赤い月が、最後に見た光景となった。




