第18話 エルフィリア王国2
翌日、アルベルティーナ女王、自らサティエルを案内した。護衛を伴って町を巡る。
エルフィリアの町並みは派手さこそないが、趣のある店が点在し、エルフの食べ物や装飾品はどれも珍しいものばかりだった。
そんな中、サティエルの目を引いたのは、ひとつの仮面だった。『ルーナの仮面』――。
その興味は、単に仮面の口元に覆いがないという理由だった。
年頃の少女であるサティエルにとって、大口を開けて放つアルティマータを人前で使うのに抵抗がある。しかも、威力が強すぎる。なるべく正体は隠したいのだ。
そう思っていたところ、仮面を見てピンと来たのだった。仮面で変装してアルティマータを撃てばいいと。
そんな思惑があるとは露知らず、アルベルティーナ女王は「仮面そのものに特別な関心があるのでは」と誤解していた。
『ルーナの仮面』は、かつてエルフに魔法を教えたとされる幻の種族、ルーナ人を模したと言われており、額に第三の目の模様が描かれている。一部の儀式では、今もその仮面が受け継がれている。
その時――
「アイアンベアだ!」
叫び声が響き、門の前に巨大な影が現れた。エルフたちが一斉に警戒態勢をとる。
アイアンベア。鋼のような毛皮と皮膚を持つ獣。体長三メートルを超えるその巨体は、突進と鋭い爪であらゆるものを粉砕する。
「私が倒しましょうか?」
サティエルは淡々と申し出た。彼女にとっては、既に何度も相手にしたことのある魔物。体内に直接ダメージを与える気功術を使える彼女にとって、外皮の硬さなど意味を成さない。
「では、お願いします」
本来ならば、客人に魔物を倒させるなどありえない。しかしアルベルティーナ女王は、彼の魔法をもう一度間近で見てみたいという興味に勝てなかった。
サティエルは門を出て、ゆっくりとアイアンベアに近づく。
獣が立ち上がり、両腕を高く上げて威嚇する。
サティエルは一瞬で距離を詰め、振り下ろされた右手を、受け流しながら背後へ回り込み、
「気功掌!」
一撃。アイアンベアはうつ伏せに倒れ、動かなくなった。
アルベルティーナ女王は、驚愕していた。
魔法を見るつもりだった。しかし彼は、気功で倒した。
そこが問題だった。
魔法と気功は、本来相反する力とされている。それを一人で両立しているとは――。
やはり、この者は人間ではないのでは?
そんな疑念が頭をよぎる。
サティエルが戻ってきたことで、女王は我に返った。
「ありがとうございます。少し騒がしくなりましたし、屋敷に戻りましょう」
屋敷に戻った女王は、仮面と気功、そして魔法――。その繋がりから、ひとつの仮説に至った。
「まさか……彼女はルーナ人なのでは……?」
ただの思い込みに過ぎなかったが、その可能性を探ってみることにした。
女王は配下に命じて『ルーナの仮面』を用意させ、サティエルの部屋を訪れた。
「先ほどは町の案内が中途半端になってしまって。お詫びに、興味を示されていたこちらをどうぞ」
そう言って仮面を手渡す。
サティエルは、顔を明るくしてそれを受け取った。
「ありがとうございます!」
「サティエル様は、ルーナ人についてご存知ですか?」
女王は真正面から切り込んだ。サティエルの表情を観察する。
「ルーナ人? いえ、初めて聞きます」
特に動揺もない。とぼけている様子も見えない。
――どうやら、思い違いだったか。
アルベルティーナは内心で落胆したが、話題を振った以上、説明を続けた。
「ルーナ人は、かつて我々エルフに魔法を教えたとされる存在です。ですが、本当に存在したのかも定かではありません。一説には、月の住人だとも言われておりまして……」
サティエルは興味深そうに聞いていた。
しばらく雑談が続いた後、彼女が静かに口を開いた。
「明日には、ここを出発しようと思います」
女王はわずかに驚いたが、すぐに表情を整える。
「分かりました。では、明日お見送りに参ります」
翌日。アルベルティーナ女王がサティエルの出発前にあるものを手渡す。
それは、高さ15センチ程の大きな卵だった。
「これは、あなたが倒したロック鳥の巣で見つけたものです。とても貴重なものですし、保存食にもなるのでぜひお持ちください」
それを受け取り、サティエルは、エルフの国・エルフィリアを後にし、アルティマータで開けたトンネルの続きを進んでいった。
結局、彼女が何者で、何のためにここを訪れたのかは、謎のままだった。
だが、何事も起こさず去ってくれたことに、女王は内心安堵していた。
――しかし、このまま放置できる存在でもない。
そう判断したアルベルティーナ女王は、サティエルの出身地マルムフォーシュ王国に探りを入れる。




