不幸な幸福に生きる
白いカーテンが、かすかに風に鳴った。
秋の夕方というのは、どうしてこうも心を締め付けるのだろう。
「カァー、カァー」
夕焼けが燃える中、一羽のカラスが鳴きながら消えていった。
あの声は、私の心のどこかに眠っている何かを、わざと掻き立てるようだった。
私はベランダに出て、冷たい風に頬をさらした。サンダルの隙間から風が通るたびに、強い不快感を覚えた。
ライターの小さな火を煙草に移す
あの人を失ってから、私はずいぶんとみじめな変わりようをした。
人は、失ったものを美しく飾り立てるという、奇妙な悪癖を持っているらしい。
私も例外ではない。あの人との口喧嘩でさえ、今では幸せのひとつとして思い出される。
季節が変わるたび思い出し、私は立ち止まって泣いた。
スマホの画面に走ったヒビを見て、私は自分の心を見ているように思った。
一度傷が入ると、もうどんなに気をつけても、また別の場所が割れる。
人の心も、きっとそうなのだ。
ティッシュで指を切るように、私は毎日、小さく痛む。
煙草を吸って、ため息のように煙を吐く。
ほこりをかぶったベランダの柵に手を置き、ビルの上から頭をひょろりと出して、交差点を埋め尽くすほどの人々が歩いてゆくのを覗きこんだとき、私の苦悩の小ささを感じ寂しくなった。
部屋に戻ると、机の上に一枚のメモがあった。
数か月前、あの人が置いていった紙切れだ。
「幸せになってください」と書いてあった。
笑ってしまった。どうして他人は、こうも簡単に「幸せになれ」と言えるのだろう。
この紙以外の一切は、すべて捨てていってしまったくせに。
私はペンを取り、紙の裏に小さく書いた。
「君はいつまでたっても変わらないな」
書き終えて、そっとそれを窓辺に置いた。
風が運んでいってくれることをひそかに願った
外では、夕焼けが夜に変わるところだった。
カラスの声も、もう聞こえない。
私はまた煙草を吸い、灰を軽くはたいた。
灰が風にさらわれて、暗闇に消えた。
その瞬間、胸の奥で何かがかすかに動いた。
それが絶望なのか希望なのか、私にはわからなかった。
けれど、もうどうでもよかった。
私は今日も大きな歯車の中で、生かされている
それだけで、十分に幸福で、そして不幸なのだと思った。




