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第15話・生まれた意味

15.


 流し続けていた血が、勢いを弱めて、搾り出すような儚い雫に変わる。

「……あれ?」

 ユアは自身の腕を持ち上げ、皮膚の上をツゥと伝う赤い奇跡を見つめながら瞬きをする。腕を退けて、見渡す世界。遠く、地平線の先まで赤く枯れた大地と、地上に蔓延る三角翼のヴァンプたち。噎せ返るほど濃い血の匂いが鼻腔を掠めて、ユアはフッと短く息を吐きながら目を細めて惨状を眺めた。

 三角翼のヴァンプが飛び去った後、地上に倒れた人間の死体は死灰に変わることなく打ち捨てられるだけ。沈黙した死体に注視して、ユアは期待の眼差しを向ける。

 死体の背中がボコボコと湧くように波打って、衣服と肉が裂けた。上がっていく高揚感。奇跡の誕生を待ちわびていたのに――そこから生まれたのは、三角翼のヴァンプだった。

 ユアは落胆の息を吐いて、切り立った崖の上で膝を抱える。赤昏い空気の中で、ユアの体だけは白いまま、浮き立って見える。自身が生んだ光景のはずなのに、ひとつも溶け合わないことに焦れながら、ユアはハァとため息を吐いた。

「誰か……」

 目を瞑り、傍にいてほしい人の姿を思い浮かべる。一番は、もちろん彼。ユアは仄かに頬を染めて、彼――ハスミを思いながら血を垂らした。大地に落ちた一滴は、土に染みて、影を成し、スゥと立ち上がる。閉じた瞼が開き、ユアを見下ろした。ユアは彼に微笑みを返し、自分と揃いの銀髪と赤眼に気をよくする。

「2人きりもいいけど、どうせなら、もっと」

 彼女は続けて、4滴の血を大地に注いだ。その雫はみな同様に育って、ユアと彼を囲むように姿を現した。取り囲む懐かしい眼差しに、ユアは花が咲くように笑う。

「初めまして、みんな。私の願いを聞いてくれる?」

 皆はユアの記憶に残るままの表情で微笑み、一様に頷いた。傍らに立つ彼も、穏やかな瞳で頷いてくれる。

「ありがとう、みんな」

 伸ばされる腕に招かれるまま、ユアは温もりに身をゆだねた。6体のヴァンプが家族の絆を結ぶ中、ポツリ零れた少量の雫がひとつ、大地にじわりと染みていった。



 ゾワッと背筋を震わせる殺気に、ハスミは顔を上げて視線を走らせる。

「ミナミ!」

「ふぇ? ……わわっ!」

 ハスミは砂で滑る足元を踏ん張って地面を蹴り、肩でミナミに体当たりをする。ミナミの軽い体はハスミと重なるようにして後方に倒れ、ハスミは彼女の無事を確認してから攻撃主の方へ視線を向けた。

「お前……ッ……」

 見下すような赤眼を向けるフードの男。彼はフードを取り払い、ハスミたちの前に素顔を晒した。

 長い前髪と切れ長の目元。彼の顔を見たミナミは、ハッとして息を呑む。

「え、ハスミさん……?」

「俺の名は――カゲハ」

 呟いたミナミの声を打ち消すように、男――カゲハは低い声で名乗った。ハスミは強く奥歯を噛んで、カゲハの濃赤の瞳を睨みつける。

「お前、オルビスに最初に奇襲かけてきたやつだよな? あの時から、一体なにが目的だ」

「始祖の願いを叶える、それだけだ」

「じゃあなぜ、つがいの絆を壊そうとするんだ」

 ヒクッ、と、カゲハの眉が揺れる。ハスミの背中ではミナミが深く食い込んだ手首の拘束を解こうと奮闘していた。

「あれは、実験だった。始祖の望むつがいとはいったいどんなものなのか。どんな条件で結びつき、どれほどの強さのものなのか」

「……それで、答えは出たかよ?」

 時折予期しない方向に捻り上げられる腕に、ハスミはグッと顔を顰めて耐える。

「脆いと感じた。少しに揺さぶりで簡単に綻び、必死に縋りついていなければ結べないような」

 痛みさえ忘れるほどの寒気が襲った。カゲハの声は淡々と続く。

「そんなものに始祖が執着する意味がまったく分からなかった」

 無感情な言葉に、かえって頭は冷静になる。冷笑さえ浮かぶ自身を自虐するように、嘲笑混じりの声が出た。

「ああそうかよ……だから、壊すって?」

「それは違う。俺は始祖の願いの守護者だ。価値を見出せないところで葬るようなことはしない」

「じゃあ、シドウとリクにしたことはなんだったんだよ。確実に潰すつもりだっただろうが」

「ああ……、あれか」

 カゲハはフゥと息をつくと、スゥと右手を掲げて見せる。空間が歪み、赤い球体に包まれた男――ソウマが姿を現す。けれどもその容貌は以前見たものとは異なっていて、目に見えてやせ細り、全身傷だらけだった。ソウマはぼんやりと周囲を見回して、傍らに立つカゲハの姿を見つけると、「ヒッ」と短く悲鳴を上げる。

 カゲハはソウマに、冷たい赤眼を据えた。

「あれは、この男の暴走だ。始祖の願いをはき違えた愚か者が」

 不意に、カゲハの赤眼が陽炎を揺らすようにボゥと光って揺れる。ソウマは顔を引きつらせて叫んでいるようだが、厚みを増した球体の壁に阻まれて、その声は何処にも届かない。

 不意にカゲハが掲げていた手を握る。暴れていたソウマがピタリと動きを止め、彼の赤眼がぐるんと回転して白目を剥いた。口から不透明な泡を吐いたソウマは、カゲハが掌を開くのと同時にパッと弾けて死灰と化した。

「――あ、取れた!」

 ミナミの明るい声が、場違いに空気を震わせる。縄を解くことに集中していたせいで、目の間で行われていた惨劇を目にしていないミナミは、きょとんとただ首を傾げた。目の前の消滅と、なんでもない明るさのコントラスト。その無慈悲なまでの無関心が、かえって背筋を寒くさせる。

「……いい、お前はそのままで。縄、ありがとな」

「いいえ、全然! ……あっ」

 予測不能なミナミの行動に、ハスミは「今度はなんだ」と若干呆れを込めた視線を向ける。けれども彼女が視線を向けた先は意外な方向で、ハスミは背中でミナミの気配を感じつつ、目の前のカゲハに牽制の視線を向けた。

 カゲハはチラリとミナミの行方を一瞥しただけで、彼女の行動を見過ごすようにハスミを見返す。今、彼の執着はユアよりもハスミに向いている。

「ユアさん……」

 玉座に走り寄ったミナミは、生気を取り戻す様子のないユアの頬に触れた。そこには一筋、流れた涙の軌跡があった。――彼女は無意識に、《家族》の消滅を悼んでいる。

「願いの、守護者か」

 ハスミが呟いた言葉に、カゲハはスゥと赤眼を細めた。

「ああ、そうだ。そして――俺が、最も彼女の願いに近い」

 ゾクッ、と。再び背中に走る凄まじい悪寒。向けられるカゲハの瞳から、同じ不快な感じを受ける。ハスミは強く奥歯を噛んで襲い掛かる視線の圧に耐えて、フゥと短く息をついた。

「お前はアスカを……俺のつがいを知っているか?」

「ああ、この目で見た。グレン・ヴァンプに似た容貌のヴァンプだろう」

「似た……って、お前はアスカが自分たちと同列の存在だとは思わないのか?」

「ありえない」

 カゲハはハスミの指し向けた質問を切り捨てるように、強く断言する。

「なぜそう言い切れる」

「俺たちの家族に彼はいない。そして、俺たちを生んだ後はもう、始祖はヴァンプを生む力を失っていた」

「……え?」

 カゲハの答えに、ハスミは絶句するように声を零した。カゲハの瞳が苦々しく歪む。ハスミは一心にカゲハを見つめ、彼の出方を待った。

「あいつは紛い物だ。俺たちと同じであるはずがない。始祖はあいつを生んでなどいない!」

 カゲハは零れそうなほど赤眼を剥いて、噛みつく勢いで主張する。ただ黙って見据えるだけのハスミに、カゲハ焦れたように舌打ちをした。そしてフゥと長く息を吐き出し、視界にかかる前髪をかき上げながら、ハスミに侮蔑の目を向ける。

「お前は始祖を裏切った。始祖の願いを持ったまま200年間、人間の生を繰り返したのに、その結果が始祖ではないヴァンプと結ぶことだったとはな」

 赤眼が、ヌラッと光る。ハスミはカゲハの視線を正面から見返しながらハッと吐き捨てるように息をついた。

 左手が痺れる。内側から湧く熱が、沸騰するように熱い。刻まれた紋様の形に迸る熱。ハスミは強く息を吐いて瞼を伏せた。体の奥で重なる2つの鼓動。呼び合う血の在り処を確かに感じて、ハスミはフッと不敵に微笑む。


「――ああ、そうだ。これが俺の答えだ」


 ミナミの傍らで、静かにユアが体を起こし、顔を上げた。彼女に背を向ける形で立っているカゲハはそのことに気づかない。ただどす黒い憎悪の浮かぶ瞳をハスミに据え、ゆっくりと右手を持ち上げ天高く掲げる。

 指先から迸る赤い稲妻。周囲の砂を巻き上げ、風を起こし、彼の頭上で赤い球体が育っていく。ハスミは周囲に視線を走らせ、逃げられる場所を探した。柱の影では巨大な攻撃を防げない。逃げようにも、どこまでも続く平らな大地ではすぐに捕捉されるのが落ちだろう。

 ハスミは強く奥歯を噛みしめ、フッと弛緩させる。そして、カゲハを見据えて笑った。

「ひとつ聞きたい」

 カゲハの眉が微かに動く。それを容認と捉えたハスミは、核心を突く一手を口にした。

「お前が守護する願いは、本当にユアのものか?」

「――消えろ」

 冷たく放たれた一言と同時に、膨らんだ赤い球体が一瞬フッと光を消す。次の瞬間、ボコボコと音を立てて歪な形に膨れ上がった球体から、収束された稲妻がハスミ目掛けて襲い掛かった。



 ヒクッ、と大きく体が震えて閃くビジョン。アスカは深紅の瞳をハッと見開いて、ゴクリと強く喉を鳴らす。

「アスカっち、なんか見えた!?」

 それまでジッと黙って目を閉じていたアスカが見せた変化に、ツバキが急かすようにせっついた。

「姉ちゃん、落ち着けって」

「だって! シドりんが散々脅すから……ハスミンが危ないんでしょ?」

「それは僕も悪かった。でも言ったでしょ? ハスミの無事はアスカがいれば分かるって」

「そうだけど……でも」

「見えたよ」

 言い合う3人の間に割り入って、凛とした声を響かせるアスカ。ヒイラギはその精悍とも呼べる横顔を見つめ、ホゥと淡い息を吐いた。

「……なんか、いつの間にかすげー成長したよな、アスカっち」

 アスカはヒイラギに向けて照れ笑いを浮かべ、スゥと息を吸い込み真剣な眼差しを正面に向ける。

 アスカが開いて差し出した掌の先、空間がぐにゃりと歪んだ。

「え、なになに? テレポーテーションってやつ!? アスカっちも使えるの!?」

 ヒイラギを押し退けて目を輝かせるツバキ。アスカはあははと苦笑して、指をグゥと大きく開いた。歪んだ空間が広がり、5人全員が通れる大きさになる。

「たぶん前から使えたんだけど、ちゃんと意識して空間を繋いだのは、今回が初めてだから」

「……ああ、アスカとハスミが、初めて会った時か」

 シドウはモニタリングしていた2人の出会いの光景を思い出しながら呟く。巨大なヴァンプの襲来と共に、姿を現したアスカ。その時も、空間の歪みは数値の上で観測していた。アスカは小さく顎を引いて頷く。

「あの時も、ハスミさんとの血の共鳴を感じました……けれど今は、もっと強い……ハスミさんが、オレを呼んでる」

 アスカの言葉の証明のように、左手に刻まれた紋様が濃い線を描き、ボゥと赤く明滅した。アスカ以外の4人はそれぞれに目を合わせて頷きあい、アスカの背後の並び立つ。

「つがいが呼んでるなら、早く行かなきゃね」

「もちろん俺らも付き合うぜ、アスカっち!」

「敵がどんなことを仕掛けてくるか分からないからね。人数は多い方がいい」

「はい、マスター。ハスミを救いましょう」

 ツバキ、ヒイラギ、シドウ、リク。4人それぞれの言葉を聞いて、アスカは口角を上げて白い歯を覗かせた。

「みんな、ありがとう。……行こう」

 アスカの声を合図にして、4人が一斉に空間の歪みに飛び込んだ。全員の背中が繋いだ空間へと移動したのを確認したアスカは、最後に自身も飛び込んで空間のつながりを解く。


 反射で瞑っていた目を開くと、懐かしい感覚に包まれた。地平線の向こうまで続く、赤く乾いた大地。植物も、人の営みも一切なく、ただ枯れた大地と、から風に吹き上げられた砂が舞うだけ。アスカが持つ一番古い記憶にある――生まれ故郷の景色。

「なに、ここ……」

「なぁんか、いかにもって感じだなあ、オイ」

 何もない周囲を見回して、ツバキとヒイラギが少しの怯えを滲ませながら呟いた。シドウとリクも、言葉にはしないものの、得体のしれない奇妙なものを見る目で周囲を見回している。

「オレの故郷……たぶん、始祖が最後にヴァンプを生んだ場所」

「最後……?」

「うん。たぶん、最後だ」

 アスカは確信を込めて呟いた。アスカは始祖を覚えていない。ハスミに似たヴァンプと対峙した後、長い眠りの中で見た夢で、彼女に会った。その時彼女がアスカに向けて彼女が言った「あなたをしらない」という言葉は、真実だと思う。

 始祖である彼女が「しらない」という自分。けれども、アスカの容姿は彼女が生んだという他のヴァンプに酷似していた。それが意味することは――。

「オレはたぶん、始祖が意図せず生んだ存在なんだ」

「意図せず……って?」

 困惑を滲ませた響きでツバキが問う。アスカは軽く目を伏せた後で、スッと息を吸い込んで答えた。

「無意識の出来損ないなのかもしれない。けど、オレが生まれたことにも、意味があるんじゃないかって思う」

 フッ、と導かれるように視線を向ける。赤い空が割れ、そこに巨大な稲妻が迸った。ハッと赤眼を見開いたアスカは、姿勢を低く地に沈ませる。

「……ごめん、みんな。オレ、先に行く」

 沈み込んだ勢いを手伝わせ、大地を強く蹴り返したアスカはその場から弾丸のように飛び出して行った。

「マスター」

 リクがシドウを呼び、左手を差し出す。シドウは即応じて、リクの左手に自身の左手を重ねた。一瞬の光がリクを包んで、忍び装束の戦闘服へと変化する。リクは口布を即座に引き上げ、シドウと目を合わせた。

「僕も行きます」

「うん、頼んだよ」

 リクはシドウの返事を聞くが早いか、疾風のように姿を消す。

「うおー、速えなあ……うちの超速コンビは」

 ヒイラギは指先を伸ばした掌を額にくっつけて、一瞬にして遠ざかっていく2色の影を眺めて言った。

「うん、悔しいけどね。本当、いざという時に一直線に行けるの、あの2人らしい」

「う、姉ちゃんだって」

 即座に反論しようとするヒイラギの額を、ツバキのデコピンが鋭く襲う。

「っ、……痛ってぇ……」

「ここ別に張り合うところじゃないから。うちらものんびりしてらんないよ! 追わなきゃ」

 蹲るヒイラギの肩を叩き、その場で足踏みをしながら急かすツバキ。シドウはあからさまに顔を顰めて、ハァと盛大な溜息を吐いた。

「えぇ……ツバキ、負ぶってくれない? 僕にこの距離キツすぎる」

「もう、仕方ないなあ」

 ツバキはヒイラギを呼んで、左手を重ね合わせる。クラシカルなメイド服に変化したツバキは、ひょいと軽い動作でシドウを背中に乗せる。

「ヒイラギも乗る?」

「シドウと相乗りは勘弁……それに、手ぶらなら俺だって姉ちゃんより速いぜ」

「あら、そ? じゃあ競争ね」

 挑発的な視線を交わし合う双子。シドウはひとり無関心にクァと欠伸を吐いた。

「よーい、どーん!」

「うぉぉぉぉおおりゃあああ!!」

 ツバキの軽い調子のスタート合図と、ヒイラギの気合の雄叫びが絶妙に重なる。

 大量の砂埃を上げて進む先に、赤い稲妻がドォンと激しい破壊音を立てて、地に落ちた。



 ほんの一瞬。稲妻とは別の赤が眩い光を放つのを見た。その正体が何なのか、確信を持つには至れない――けれども、その光が彼の行動に作用したことはありありと知れた。

「……アマネ……」

 ハスミは息も絶え絶えに横たわる老人を見下ろし、ポツリと呼んだ。アマネは血濡れた顔を微かに持ち上げ、深い赤色の瞳でハスミを見上げる。

 彼の半身は、焼けただれて失われていた。ローブの下に隠れた両脚は焦げて崩れ、肉体がどこまで無事なのか、傍目には知ることが難しかった。ただ、肉体の形に膨らむはずのローブが、ペタリと平面の形で地面に貼りついている。それだけで、彼が負った被害を知るには十分な情報だった。

 彼は巨大な稲妻がハスミに目掛けて下る直前、空間を歪めてハスミへの直撃を回避させた。けれども片腕一本で受け止めるにはあまりに稲妻の威力は強大で、反れた先で獲物を捕らえられず跳ね返った稲妻は、そのままアマネの体に襲い掛かった。下から突き上げるように襲った稲妻はアマネの半身を抉り取り、大地を裂いて、並ぶ石柱の半数を砕いてから、ようやく沈黙した。

「観測者じゃなかったのかよ、お前」

 ハスミはアマネの傍に膝をつき、微かな光が揺れる赤眼を覗き込みながら皮肉を告げる。

「私は、始祖の意志により生まれた願いの観測者。観測の終焉は、始祖の御心のままだ」

「……やっぱりな」

 彼の行動には、始祖の意志が作用した。あの時一瞬目にした赤い光は、ハスミがミナミに託した《始祖の血守り》が放ったもの。

 ハスミは諦めに似た息を吐く。使命のため生み出され、使命のために存在を懸ける。そうした生き方を否定するつもりはない。ただ、それ以外を「選べない」ことは悲しいことに思えた。お前はそれでいいのか、と聞きかけたが、それはあまりにも傲慢な質問に思えて、ハスミはソッと口を噤んだ。

 ジッ、と。静かに注がれ続ける視線。ハスミは目を上げて、アマネに視線を返した。

「なんだよ」

「この、観測の役目を、お前に託そう」

「……はぁ?」

 ローブの平らな面積が、少しずつ増していく。焦げて崩れ落ちていた体の一部も白い死灰に変わり、乾いた風に吹き上げられて散っていった。アマネは微かに口角を持ち上げ、静かに瞳を閉じる。やがて、最後まで死灰が占めて、アマネの肉体は消えた。

「話は終わったか?」

 ポツリと降る無感情な声。ハスミは一度深呼吸してから、背後を振り返る。

「余計な真似をしてくれたな……役立たずの老人が」

 人の形を成していた死灰をザッと靴裏で擦って蹴り上げ、カゲハが苦々しく呟いた。憤りに沸騰しかけていた感情が、冷えていく。

「なあ」

 短い呼びかけに、カゲハは微かに目を上げて応じる。ハスミは彼の赤眼に冷たい視線を据えた。

「お前は本当に、ユアの願いの守護者か?」

「……まだ言うか」

 カゲハの瞳に、憎悪の炎が揺れる。彼の右手に一瞬小さな稲妻が走るも、パチンと微かな音を立てるだけで儚く消えた。おそらく、最大出力を先ほどの攻撃に使ったために、チャージする時間が必要なのだろう。

 カゲハは苛立ちを滲ませながら、ギッと強く奥歯を噛んだ。相手が弱っていると知ったところで、ハスミに武力で彼に対抗できる歩がないことは知れている。ハスミはカゲハの瞳を見据えたまま、高速で思考を巡らせた。

 ショートしそうなほど飽和した思考に、フッと柔らかな風が吹く。ハスミはハッとして、平らな大地に視線を走らせた。

――彼方に微かに見える、こちらに向かって進む銀色の影。

「ア……――ッ……」

 彼の名前を呼びかけた瞬間、視界に突然赤い幕が下りた。混乱する内に足が地面から離れて宙に浮く。

「な、に……!?」

 混乱の内に周囲を見回すと、カゲハが顔を歪めながら掌を広げ、ハスミの周りに赤い球体の檻を造ったことが知れた。

「くっそ……この野郎……!」

 球体の内側を叩き、肩でタックルをしてみてもビクともしない。おそらく、ソウマを拘束していたのと同じ檻だ。彼の傷の具合から見てもこの球体内にも稲妻を発生させ、攻撃を加えることもできるのだろう。けれども彼はギリギリの力で球体を張ったと見え、その余力は、球体の壁を厚くすることに使われた。徐々に不鮮明になる視界。目を凝らした一瞬、確かに姿が見えたのに――。

「……ッ、――アスカ……!!」

 届かない叫び。叩きつけた拳は、少しの手ごたえもなく滑り落ちていく。ハスミは音のない空間で、ただ一人息を吐いて項垂れた。



 行く手に立つ巨大な砂埃。石柱が無惨に折れて重なりあう光景は、崩壊したオルビスタワーを思い出させる。アスカはギッと強く奥歯を噛み、表情を歪めた。

「アスカ、あの中にハスミが……!」

 傍らで声を上げるリクが示す先。同じ場所に視線に据えていたアスカは、顎を引いて頷く。

「うん、見えてる」

 アスカは体を低く沈めて、脚と手で地面を押して飛び上がる。正面に浮く赤い球体を捉えた瞬間、ブワッと巻き起こる激しい風が視界を塞いだ。

「う、わ……っ」

 アスカは咄嗟に顔面を庇い、空中でバランスを崩す。その背中を、追いついてきたリクが支えた。

「ありがと……リク」

「大丈夫です。サポートは任せて」

 言い含めるような口調で言うリクに、アスカは頷いて返す。地上に降りた2人は、晴れていく砂埃の向こうに佇む影を見据えた。

「ハスミ……?」

 リクは迂闊に呟いたことを悔いるように、即口を噤む。アスカは深紅に険しい色を浮かべて、人影を睨みつけた。

 対峙する2人の姿に、リクはゾクッと背筋が震える感覚を覚える。透けるほど白い肌に、鮮やかな赤い瞳、それ自体が発光しているように見える、細い銀髪。アスカは自身を無意識のうちに生まれた出来損ないであるという可能性を口にしていたが、実際2人が並ぶ様を見ると、アスカが出来損ないには到底見えなかった。

――生まれてきたことに意味がある。彼が口にしたもうひとつの可能性を裏付けるように。

「俺は、カゲハ。始祖の願いを守護する者」

 人影は静かにそう名乗る。昏い色の赤眼は真っすぐにアスカを睨みつけ、威圧するような空気を出した。アスカはカゲハがかけてくる圧を跳ねのけるように、力強い一歩を踏み出し胸を張る。

「オレはアスカ。ハスミさんのつがいだ」

 主張する華奢な背中が眩しく見える。リクはほとんど丸腰のアスカをいつでもサポートできるように、低い姿勢で構えて相手の出方を観察した。

 カゲハはハッと息を吐くように笑い、冷たい視線をアスカに向ける。

「つがい……か。人間とヴァンプが結び合い、力を増幅させ、命を繋ぐもの……だったか」

「ああ、そうだ」

「始祖がなにより乞うたもの……人間と結び合い、永遠を分け合うことを望んだ……けれどももう、始祖の願いは叶わない。お前が奪ったからだ」

 カゲハの視線の圧が強くなる。アスカは一瞬気圧され、ほんのわずか後退した。けれどもそれ以上はさせまいと、強く奥歯を噛んでギリギリ踏みとどまった。

「始祖の願いを奪ってまで、お前はなぜ生きている。お前は、なんのために生まれたというんだ」

 カゲハの言葉は、直接アスカの心を深く抉り、残虐に傷つける刃だった。アスカの額にジワッと汗が滲む。強く噛み締めすぎた奥歯は擦り切れ、神経に触れて鋭い痛みが走る。アスカは一度ハッと息を吐いて、強い眼差しをカゲハに据えた。

「ハスミさんの血がオレを呼んだ。そしてオレも、ハスミさんを選んだ。それ以上の意味があるか」

 カゲハは一瞬、グゥと喉の音を鳴らす。

「お前は紛い物だ! そんな出来損ないが、始祖の願いを奪っていいはずがない! 身の程をわきまえろ!」

「なにがその証明だって言うんだよ!」

 圧で押し切ろうとする相手にアスカも腹の底から吠えて応じる。アスカの左手に刻まれた紋様が、濃く色を増し、赤い光を灯して明滅する。アスカは震える拳を握りしめて口元へと運び、慈しむように右手で包んだ。確かに2つ、重なる鼓動の音がする。その音が、アスカの芯を強くした。

「あなたには分からない。呼び合う血の感覚は、こんなにも確かだ。オレが、オレ自身が何者かを知らなくても、この血が教えてくれる……オレは、ハスミさんと結び合うために生まれた。200年続いたハスミさんの苦しみを終わらせるために生まれたんだ!」

 リクは、上空を見上げた。不透明な赤い球体の内側には、ハスミが閉じ込められている。アスカの叫びは、彼に届いているだろうか。

「なぜあの男なんだ! そんなの……あの男が救われるだけで……始祖の願いはどうなる!?」

 カゲハの悲痛な叫びが空を裂く。ビクッと体を震わせたアスカは、思わず口を噤んだ。

 カゲハは唇に冷笑を浮かべ、フラッと右手を正面に掲げる。

「ほら、答えられない。お前の存在は――無意味だ」

 突き出せれたカゲハの掌がボゥと赤く光り、地面から三角翼のヴァンプが生まれる。赤い双眸を揺らして湧き上がる個体は、どれも顔が歪に歪んで、不安的に見えた。

「クオン」

 カゲハが静かに呼ぶと、背後から三つ編みの少女が現れる。不安の影が揺れる大きな赤眼に、アスカは一瞬たじろいだ。

「お兄ちゃん……お兄ちゃんは、どこ?」

 カゲハはクオンの肩に手を置いて、耳元で囁く。

「クオン、行け」

 クオンは顎を引いて頷き、自身の周りを赤い球体で包んだ。ふわりと浮き上がった球体の周囲にバチバチと音を立てて赤い稲妻が走る。

「アスカ」

 リクはアスカを呼びながら、彼の背中に寄り添った。

「ヴァンプは不安定です。けれども、数が多いので油断しないで」

「分かってる。オレ、足手まといかもしれないけど、頑張るから」

「ええ、僕もあなたを決して死なせません。ハスミに会いましょう。そして、あなたの想いを伝えて。……僕もあなたのように、マスターに伝えますから」

「……うん!」

 アスカは力強く頷き、咆哮を上げて向かってくるヴァンプの群れに突っ込んでいった。


《15/END》

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