第11話・崩壊の朝
11.
明り取りの窓から降る白い朝陽に瞼を刺激された時は、それ自体がまだ夢の中のように思えた。夜間の襲撃はないという確信はあったにせよ、確実に迫る脅威を感じ取っていたのも事実。
「おはようございます……」
傍らでのそり動いた影は、うつぶせにしていた体を腰から折ってゆっくりと体を起こしていく。寝ぼけて開ききらない瞼を擦り、寝ぐせでふぅわり浮き上がった細い銀髪も愛嬌があった。サイズの合っていないぶかぶかのTシャツとハーフパンツの裾から覗く白く華奢な手足。クァッと欠伸を吐く一連まで微笑みながら見守っていたハスミは、フッと笑みを零して穏やかに返す。
「おはよう、アスカ」
「ん……なんだかとても、静かですね」
「ああ」
静か。そう、とても静かな朝だった。
街は訪れようとしている不穏の影を感じ取ることもなく、正常に動き出している。
電車の座席を埋める通勤客。マンションのゴミ捨て場で挨拶を交わす主婦と犬を連れた年配の女性。ランドセルを背負った小学生が遅れている友達を急かすために、大きく手を振りながら振り返った。その頭上を掠めるように、流れてく影。
鳥でも飛行機でもないその見慣れない影に、小学生はふと視線を上げる。
「……え?」
頭上に浮いていたのは《人》だった。白いワンピースから伸びた手足は子供のもので、三つ編みに結った銀髪が風に揺れている。小学生は首を傾げて彼女を見つめる。追いついた友達も、彼の見上げる先に視線を向けた。
ふと、地上を向いたその人と目が合う。見たことのない瞳の色。――小さい頃に絵本で見た、悪者の目の色。
「きゅ……」
その名前を口にしかけた瞬間、地面がグラッと揺れてコンクリートが浮き上がる。
「危ない!」
叫ぶ大人の声が空気を震わせる。振り向いた通行人が注意を逸らす間に、彼の足元も音もなく避けて地面が浮き上がる。
「うわあああっ!」
悲鳴はそこかしこで同時に上がり、伝播していく。崩壊の始まる街を無言のままに見下ろしていた少女は、無感情な瞳を周囲に向け、その小さな唇で呟いた。
「――お兄ちゃん……どこ?」
街の崩壊が始まったのとほぼ同時刻、オルビスタワーには警報が鳴り響いていた。深夜に詰めていた軍部が隊列を成し、シェルターに避難してくる人々と入れ替わりにタワーの外へと吐き出されていく。
視界の及ぶ範囲でいくつもの噴煙が上がり、緊急車両のサイレンが空気をつんざいた。
オルビスタワーの上部。ドーナツ型の浮遊区から惨状を見下ろすシドウは、手にしたPCに表示させたマップに被害個所を目視で打ち込みながら、こみ上げてくる舌打ちを噛み殺しギッと奥歯を鳴らす。
「……」
「すみません、マスター! 遅くなりました!」
ミーティングルームに駆け込んでくるリクを迎えて、シドウは室内をぐるりと見回す。ハスミ、アスカ、ツバキ、ヒイラギ。揃ったメンバーの顔を確認したシドウは、黙って小さく顎を引いた。
「全員揃ったね。……見てわかると思うけど、緊急事態だ」
「状況は?」
低い声で呟くハスミに目で応じたシドウは、監視カメラから切り出した画像をスクリーンに次々表示させる。上空に現れたという荒い解像度の画像はどれも白っぽい影のような姿で、鮮明な姿はどのカメラも捉えられていない。
「確認されているヴァンプは一体。見ての通り画像はどれも不鮮明で判別がつかないけど、目撃情報によると少女のような容貌をしているらしい――おそらく、グレン・ヴァンプだ」
シドウの発した単語で、全員に緊張が走った。テーブルに両手をついてスクリーンに顔を近づけたヒイラギは、頭をひねって何度も角度を変えながら不鮮明な画像を見つめる。
「今までのやつか? 確か、シドウたちが相手にしたあの偉そうなおっさんも、仕留める前にどっかに消えちまってたんだろ?」
「まあ、そうね。ヒイラギたちのほうもそうだったんじゃないの?」
「う、それは、まあ……」
刺々しく返すシドウに、グゥと喉を鳴らして黙り込むヒイラギ。シドウは息を吐いて頭を軽く左右に振った。
「て、別に責任追及したいわけじゃないよ。そもそも僕は少女のような姿って言ったんだけど? たぶん今まで誰も接触していないでしょ」
「ああ、そっか……クッソ、何体いんだよグレン・ヴァンプ。……アスカっちは、なんか知らねえの?」
ヒイラギに水を向けられたアスカは、ビクッと背中を跳ね上げ怯えた視線を向けた後、唇を噛んで首を左右に振った。
「ごめん……分からない。オレ、ここに来る前はオレ以外のグレン・ヴァンプに会ったことないし」
「……マジか」
シュンと萎れるアスカの肩に、ハスミが黙って手を置く。見上げる視線と見下ろす視線を交差させ、ハスミはポンッと優しくアスカの背中を叩いた――前を向け、と促すように。
「敵が何者かを知る必要はあるけど、それよりも急務なのはどう闘うかだね。いつもと決定的に状況が違うのは、防衛線を張る前の奇襲で市民の避難が全く済んでいないこと。ちなみに日中の侵攻ということで上はかなり慌ててる。僕らがこれまでの統計とヴァンプの生態から『日中の侵攻はない』と断言してしまっていたこともあって、上からの批難も受ける覚悟をしとかなきゃならない」
「はあ? この緊急事態の中責任のなすりつけあいしてんのかよ。頭おかしいんじゃねえの?」
「ヒイラギの言う通りだけどね。僕らも国家権力ってやつをかさに着て幅きかせてきたわけだし、相応のリスクを負う覚悟ではいなきゃならない」
「――孤立無援、か」
ハスミがポツリ呟いた言葉に、シドウは無言で頷く。
「下手したら市民の批難も集中する。……どうする? ハスミ」
シドウはその頭脳と冷静な判断力から【V-Unit】の司令塔的役を担い、かつ、オルビスタワーに残って戦闘のサポート役に徹することも多いため、外部との連絡役も担っている。けれどもそもそも【V-Unit】を立ち上げの中心を担ったのはハスミであり、実質的な組織のリーダーも彼だった。ハスミはシドウの視線を受け止め、顎を引いて全員に伝わる声を出す。
「最優先はヴァンプの殲滅。――そして、誰も死なせないことだ」
「……了解、リーダー」
ハスミの宣言を受け、それぞれが表情を引き締めつつも、目標が定まったことにこころなしか晴れやかな顔になる。
「まずは攻撃だね。敵が一体ならそこを集中して潰しちゃえば、街への被害も止まるでしょ?」
ヒイラギと左手を重ね合わせ、クラシカルなメイド服に身を包んだツバキが言う。
「と言うかそもそも、僕らの中に守りが得意な者はいないのですが」
シドウのハグを受けて忍び装束へと変化したリクは、口布の内側で冷静なツッコミを吐いた。
「オレ、いきます。かなり速く動けるから、みんなを助けて攻撃もします」
ハスミと両手を握りあい、赤い装甲を纏ったアスカが力強く言う。それぞれのパートナーに力を送った人間たちは、痺れるような熱を帯びた左手に手を添えつつ、彼らの宣言を聞いた。
「僕らが作戦を伝えるまでもない? もしかして」
シドウが呟くのを受けて、ハスミはハハッと乾いた笑いを吐く。
「頼もしいもんだな。ツバキとヒイラギも、お前とリクも、吸血して再契約したんだろ?」
名前を呼ばれた2組は、視線を交わして微かにはにかむ。それぞれの左手に濃く刻まれた紋様が、言葉の証明。
「ハスミさんっ、オレらは……」
急に焦りだしたアスカが左手を示しつつ、ハスミの視界に入ろうとするようにしきりにジャンプした。ハスミは掌をひらひらと振ってアスカを宥め、銀髪の丸い頭にポンと掌を置く。
「大丈夫だって。お前、何日も寝込むほど強大な力使えてただろーが。それ以上強くなってどうすんだよ」
「うっ、だって……いくら力が強くたって寝込むようじゃ役立たずじゃないですかあ……」
「まあ、それは言えてるね」
「はい、確かに」
「吸わせてやれよ、おっさん」
「そーだよ、ハスミン。強くなって悪いことなくない?」
「ここ、でっ……!? ばか、お前ら何考えて……」
必死に逃れようとするハスミを、全員の視線の圧が突き刺した。極めつけは大きな赤眼を潤ませ見つめてくるアスカの上目遣いの視線。
「おま、人の血吸うの怖いって言ってただろうが!」
「言いましたけど、ハスミさん以外の血はもう吸わなくていいって言ってくれたじゃないですか」
「俺ならいいのか!?」
「ハスミさんの血を吸うのは生きるためとか欲を満たすためのものじゃないじゃないですか。オレ、ハスミさんの血なら吸いたいです――オレが、強くなるために」
貫くほどの力を持った真摯な眼差し。まるで初恋の相手にするようにドクドクと激しく脈打つ心臓に舌打ちしたハスミは、顔を真っ赤にして顎を引く。
普段は見られない追い詰められた様子を面白がって眺めていたシドウとヒイラギだが、ハスミの往生際の悪さにいい加減呆れた溜息を吐く。
「折れるならさっさと折れちゃいなよ、時間ないんだし。アスカのお願い無下にできるほど人でなしじゃないでしょ、お前」
「なんだかんだおっさんってアスカっちのこと大好きだよな」
「……おン前ら……他人事だと思って……」
ぐるると獣のような息を吐いたハスミは、シドウがスクリーンに映したらしいリアルタイムの被害映像を見て、観念したようにガクリと頭を垂れた。
力なくその場に膝をついたハスミは、白衣の襟を引っ張り、アスカの眼前に首筋を晒す。
「……いいぞ、吸えや」
「なげやりだなオイ」
ヒイラギの冷めたツッコミを睨みで黙らせたハスミは、アスカよりも低くなった目線から彼を見上げる。アスカはヘルメットを取り、真剣な眼差しをハスミに返してながら、首筋に残る牙の跡にソッと指先で触れた。
「こんな形で吸うの、オレもちょっと抵抗ありますけど、許してください」
「別に……ムードがほしいとかそんな面倒なこと言ったつもりはねえよ。俺も渋って悪かった」
「力をください、ハスミさん。オレ、あなたの願いを叶えますから、必ず」
「いいよ、そういうのは……ってか、そもそも許しなんていらねえだろうが。俺らは番だ」
「はい!」
愛らしくはにかむアスカに、ハスミは毒気を抜かれたように体の力を抜く。
首筋に触れるアスカの柔らかい髪。皮膚を撫でる吐息にブルッと微かに背筋が震えた。
「ハスミさん」
アスカの呼ぶ声が耳を擽って、ハスミは「早く」と言葉で促す代わりに瞼を伏せて首筋を大きく晒すように顔を逸らす。唇が開いて立つ、微かな唾液の音。トクトクと脈打つ太い血管の上に触れる牙の先端。
「……っ、ぅ……ン……」
ツプッ、と。ゆっくり沈み込んでくる牙が血管を破り、彼の口内に血が流れ込んでいく感覚。ジュッと吸い上げる音が耳元で鳴って、腹の奥が甘く痺れて爪先が跳ねた。
「は、ぁっ……ッ、ぅ……ッ……ン……」
無意識に零れる声を止めようと、ハスミは強く歯を食いしばる。けれども内側で膨れ上がる濃い吐息は簡単に歯列を押し開けて、震える腹が甘い音を搾りださせてくる。ドクドク、ドクドク。鈍い疼きが腰回りに溜まって、突き上げられる腹の奥が快楽を貪り暴れた。
「ん、ぁっ……はぁ……ッ……ふぅ……ン、ぁ、あッ……ひ、ぅ……」
あくまで力を注ぐための行為だ、と。快楽に引っ張られそうになる思考を気合で引き戻す。
痺れるような熱を持つ左手。腹の奥で育った大きな熱の塊をそのままにアスカに渡したようで、余韻だけが残る腹をソッと撫でる。
アスカは血で濡れた唇を拭って、ハァと大きく息を吐く。潤んでとろけた瞳に映る力強い生気。ハスミは無意識にゴクリと喉の音を鳴らして、心を食い破る美しい深紅を眩しく見つめた。渡した力を確信しながらも、ハスミはあえて力の抜けた笑いを浮かべる。
「……美味いか? アスカ」
「はい。ハンバーグよりも」
「最上級の評価じゃねえの」
フッと苦笑したハスミは白衣の襟を引き上げつつ、差し出されたアスカの手を握って立ち上がる。
「いけるな、アスカ」
「はい、準備万端です!」
繋いだ手をゆっくりといて、ハスミはアスカを出撃位置へと送り出した。開け放した窓際に立つ3人のヴァンプ。普段は夜に送り出すことが多い彼らを、眩い光の中で見るのは初めてのことだった。
「いってきます」
3人の声が言うのを聞いて、飛び出していく背中を見送る。眩い光は彼らを拒絶する世界の象徴のようで、拭えない不吉さを胸に強く焼き付けた。
◇
半ばから折れ曲がり、底が捲れたように剥き出しの断面を晒すアスファルト。その隙間に手を差し入れて、無理やりこじ開けた隙間の奥。
「あ、やっぱりいた! 大丈夫?」
背後から差し込む光を受けて、底に影を落とす人の姿。体を寄せ合い蹲っていた小学生は、顔を覗かせた女性の笑顔に怯えた表情で瞬きをする。
ツバキはこみ上げる複雑な感情を呑み込んで、身に着けたコスチュームに似合うよう、とびきりの笑顔を彼らに向けた。
「だーいじょうぶ。私、吸血鬼だけど、番以外の人間の血は吸えないから、安心して?」
小学生たちにはツバキの言葉の意味を理解するのは難しかったようで、顔を見合わせて困惑した表情を浮かべる。ツバキはフゥと息を吐いて空を仰ぎ、思考を巡らせた。
これも、今まで自分たちが闘う姿を隠してきた弊害だとも思う。
(まあ、見せようが見せまいが、結局反応は変わんないのかもしれないけど)
ツバキは諦めにも似た表情で、瓦礫を支えていた手に力を込める。グッ、と押し退ける力で、開いていく空。自分たちのいる場所に見慣れた光が差し込んだことで、少しずつ、彼らの表情が解けていく。
「あは、やっぱり光って最ぁい強っ!」
パラッと零れる欠片を頭に浴びながら、ツバキは腹の底に気合を溜めて、渾身の力で瓦礫を押し退けた。ドシン、と。重い音と共に立ち上る土埃。ツバキは痺れの残る両手を振って感覚を確かめながら、底にいる小学生たちを見下ろす。
「ねえ、もう怖くないでしょ? 私もね、大好きなんだ。太陽」
ツバキは再び崩れたアスファルトの縁に膝をついて、底へと手を伸ばした。小学生たちは差し込む光に何度も瞬きしながら、恐る恐るツバキに向けて手を伸ばす。
「いい子ね」
差し出された小さな手を握り返して、ツバキはフッと吐いた気合の息を共に軽々2人を引き上げた。
「アスカっち、お願い!」
「うん!」
ヒュッと吹き抜ける赤い風のように。ツバキの前を駆け抜けたアスカは、2人の小学生を抱えて飛び上がる。タッと、地面を蹴った脚はそのまま数メートル先までジャンプし、次の一歩でまた遠くまで駆ける。
「わ、わあ……っ!」
ビュンビュン目まぐるしく過ぎる景色に興奮したらしい小学生たちの歓声に苦笑しつつ、アスカはオルビスタワーの根元目指して街を一気に駆け抜けた。
「リク! 近くにいる? また逃げ遅れた人見つけた」
『位置情報だけ共有してください。ツバキか僕か、近い方が対応します』
「わかった! ありがとう」
超人的な視力で周囲に視線を走らせながら。攻撃の爪痕がいたるところに走る街に神経を巡らせ人の気配を探っていく。逃げ遅れた人を見つけたら互いに連絡を取り合い、救助してオルビスタワーに運び、市民をシェルターに誘導している軍部に引き渡す。
シェルターに誘導されていく人の列を視界に入れたアスカは、列の整理をしていた軍部の人間に抱えていた子供たちを預けた。
「お願いします!」
なるべく、市民たちとは目を合わせないように。即座にその場から離れたものの、聞こえた囁きはどうしても聴覚にまとわりついた。
――吸血鬼が
――あいつらが仲間を呼んだんじゃないか?
――俺たちの平穏を返せよ
詰まる息をハッと無理やり吐き出して、再び空を駆る。
『――カ。アスカ、聞こえるか』
「ハスミさん」
イヤホンから聞こえたハスミの声に、アスカは地を蹴る足を止めて応じる。瞼を伏せてその声に意識を集中させると、ささくれ立ちそうになっていた神経が幾分か落ち着いていく。
『軍部がヴァンプを見つけた。近くで銃声が聞こえるはずだ。感知できるか?』
アスカは伏せていた瞼をわずかに開き、自身の呼吸音を意識から追いやる。右肩の方向から聞こえる銃声に、アスカは体の向きを変えて深く沈み込む。
「捉えました。行きます!」
『ああ、頼む』
爪先に体重を乗せ、グゥッと押し返す力で弾丸のように飛び出した。赤い風のような速さで一気に駆け抜け、銃声の鳴る方へと急ぐ。ハッとして見上げた先の視界に、空中に浮く白い影を見つけた。アスカはギッと強く奥歯を噛んで、その影に向けて握った拳を振りかぶった。
直前でアスカの方を向く大きな赤眼。振り返った顔は確かに、シドウの報告にあった通り少女のもの。
少女はアスカを視線を交わすと、もともと大きな瞳を零れそうなほど見開いて、ヒッと短い悲鳴を上げて肩を竦めた。
「……え?」
少女の反応に一瞬戸惑うアスカ。少女は三つ編み頭を激しく左右に振り、蒼白な顔面を晒して頭を抱える。
「いや……っ、いや、いや、来ないで、いやああああああああ!!」
体を折り、渾身の力で絶叫する少女。少女の叫びに呼応するように彼女の周りを赤い球体が覆う。球体の表面に走る赤い稲妻が蛇のように牙を剥き、近づく勢いのままでいたアスカに襲い掛かる。
「うわっ……!」
両手で顔面を覆ってガードしたアスカは、そのまま背後にあったビルの壁に叩きつけられた。次いで、彼女に向けて発砲された銃弾の雨が赤いシールドに次々と突き刺さる。球体の中で彼女はさらに怯えた表情を浮かべ、避けるほどに大きく瞳を見開いた。
シールドを突き破ろうとしていた弾丸が、めり込んだ局面から少しずつ剥がされていくのが見える――放たれたそのままの勢いを以て。アスカはハッとして息を呑み、地上で銃を構える軍部の人間に目を向ける。
まっすぐに空を向く銃口。一斉に次なる弾丸を放とうする一群に、アスカは喉が裂けるほど大声で叫ぶ。
「ダメだ! やめろ!!」
「いやあああああああああああっ!!」
アスカの叫びを掻き消すように、少女の叫びが再び轟いた。パァンと派手な音で弾けるシールド。次の瞬間、引き金が引かれる前に弾かれた弾丸の雨が軍部の人間を襲った。
「ぐわっ」
「ああああっ」
「ひぃ、ぐ」
自身が撃った弾丸の雨を浴びせられた軍部の人間は、鮮血をまき散らしバタバタと倒れていく。めちゃくちゃな方向へ飛んでいく銃弾は建物にも降りかかり、砕けた街を更に抉り、蹂躙していった。
「はぁ、は……ひ、は……ぁ、あっ……は……ひぅ……は……」
真っ白な肌に、透ける銀髪。ボロボロと大粒の涙を零す深紅の瞳。アスカは自身と全く同じ特徴を持つ少女と対峙して、ゴクッと強く唾を呑む。
「グレン・ヴァンプ……」
アスカの呟きに少女が反応する。流れる涙をそのままに、ヒッとひとつ喉を鳴らした少女は、脱力したように両手を垂れて、力のない瞳をアスカに据えた。
「私は――クオン」
「……クオン……?」
「お兄ちゃんは、どこ?」
まるで糸が切れた操り人形のように、大きく首を傾け問う少女――クオン。アスカはグッと強く息を呑んで、ドンドンと激しく内側を叩いてくる鼓動の音を聞く。額が冷たい。指先も血が通っていないように硬くなって、呼吸が苦しい。アスカは纏わりついてくる痛みの感覚を振り払うようにフルッと軽く頭を振って、真っすぐにクオンに視線を据えた。
「君の、お兄さんは……、ハスミさんですか?」
イヤホンの奥で息を呑む気配がする。アスカはそちらに向けかけた意識を耐えて、目の前のクオンに集中した。クオンは零れそうなほど目を見開いて、カタカタと小さく震えだす。
「ハスミ……ハスミお兄ちゃん……いるの? どこ……?」
震える両手を胸の前でギュウと強く握りしめ、クオンは食い入るようにアスカを見つめる。アスカはその視線の圧に気圧されそうになりながら、強く唇を引き結んだ。
「私、ずっと待ってた……お兄ちゃんが助けにきてくれるって……ずっと、ずっと……!!」
クオンの体から球体が纏っていたのと同様の赤い稲妻が立ち上る。稲妻は彼女の三つ編みにした銀髪を逆立たせ、クオンの小さな体に巻き付きバチバチと強く放電した。クオンの赤眼に揺れる陽炎に似た昏い光は、怒りと憎悪が綯い交ぜになったような感情を宿して、食いしばった歯列の隙間からは獣の息遣いに似た吐息が零れる。
ただならぬ殺気。見る者すべてを圧倒し、屈服させるような強い重圧。ビリビリと震える肌の感覚に身を固くしたアスカは、瞳に力を込めて彼女の気に呑まれないよう努めた。本能が感じ取る危機感に、全身の細胞が警報を発するように汗が噴き出した。奥歯を強く噛み締めるせいでキンッと鋭い頭痛が走る。気を抜けば、体がバラバラになってしまいそうな恐怖に、アスカはハッと絶望的な息を吐いた。
クオンの瞳から光が消える。帯電していた赤い稲妻は一度すべて静まったかと思うと、一瞬で禍々しい触手を伸ばした。巨大な雷に姿を変えた稲妻はめちゃくちゃに地上を突き刺し踏み荒らして、あらゆるものを破壊していく。
「――アスカ!!」
目の前を過ぎる青い風が、アスカの体を抱きとめ地上に降りる。瓦礫の影に体を押し込まれ、アスカは緊張の糸が切れたように激しい呼吸を繰り返した。神経がようやくまともに働き始めたところで、アスカは力の入らない視線を目の前へと向ける。
「……リク……」
「大丈夫ですか? ケガは……」
「大丈夫……ツバキは?」
「ツバキももうすぐ来ます。あれは……」
「やっぱり、グレン・ヴァンプだった……クオンって、言ってた」
「クオン……」
リクはアスカの言うままを呟き、瓦礫の影から上空を見上げた。クオンの周りにはまた赤い球体が現れ彼女を覆い、彼女以外のものはどうでもいいとでもいうように破壊の稲妻が降り撒いている。
「……めちゃくちゃだ」
普段冷静に事態を分析するリクの口から漏れた粗雑な表現に、アスカは顎を引いて同意を示す。
「本当、やっばいね」
「ツバキ……!」
リクとアスカのいる瓦礫の影に、滑り込むように飛び込んでくるツバキ。彼女は顔についた血を拭い、乱れた呼吸を収めて空を睨んだ。
「無差別もいいとこだけど……人間潰すことに興味なさそうなのがまだ救いってとこ?」
「多分、人間も建物も区別してない。あと恐らくだけど、自分では攻撃してるってことさえ分かってないよ……」
アスカは球体の中の無表情でいるクオンを見上げて、痛々しく顔を歪める。
「無意識は、一番厄介です。あとあの赤い稲妻……まずいことになりますよ」
「うえぇ……? リッくん何? 怖いんだけど……」
彼らが身を隠す瓦礫の傍に突き刺さる稲妻。ドシンッと揺さぶる振動と、稲妻に打たれて焦げた地面。シュウッと焦げたその場所から、黒い影の気配が沸き立つ。
「うそでしょ……?」
ツバキの呟きを否定するように、音もなく湧いた影は赤い双眸を光らせ三角の羽根を生やし、飛び立っていった。
「低級吸血鬼……」
ゾクッと背筋を駆ける悪寒と、徐々に大きく、押し潰すような圧で膨れ上がっていく羽音。古の書物が伝える世界の破滅を招いたバッタの羽音のように、増幅する音が周囲を覆い尽くしていく。
いつの間にか止んだ稲妻に、3人は息を呑んで立ち上がる。光が照らしていたはずの空は、いつの間にか影に覆われ夜闇に似た黒が塞いでいた。その黒を形作るのは、無数の低級吸血鬼であると、無数の赤いの双眸が告げている。
「やっばーい……」
空を見据えたツバキが、乾いた笑いに乗せて呟いた。
「けれどもようやく、僕らの本領を発揮できるのではないですか?」
リクは口布を引き上げて体を前傾させ、背負った刀の柄に手を掛ける。
「……だね。うちら、守るのってやっぱりガラじゃないし」
「でもあの、攻撃は、えーっと、なんかでっかい守り、みたいな」
「攻撃は最大の防御――ですか?」
「そう、それ!」
場違いなほど間抜けなやりとりに、思わず吹き出すツバキとリク。アスカは照れ笑いを浮かべた後で、改めて表情を引き締める。真っすぐ視線を向けた先には、無数のヴァンプ達に囲まれたクオンの姿。
「さて、いきますか」
平手に拳を打ち付け気合を吐くツバキに、アスカとリクも同調する。
「うん!」
「はい」
◇
人工的に塗り固められた硬い地面が、まるで水面のように波打つ感覚。最近似たような床の上で闘った記憶を思い出し、リクは苦々しく表情を歪める。
(思い出したくもない――けど)
リクは状態を深く倒して刀を引き抜いた。両手で構えた太刀を突き出し、返す刀で襲ってくるヴァンプを水平に薙ぎ払う。刀身に触れる手応えと、裂かれて散る影。ザァと細かな灰が舞い、リクは目を伏せ降りかかる死灰を避けた。
「やはり、刀があると体が軽い」
リクは自身に言い聞かせるように呟いて、次々と目の前に現れるヴァンプを切り裂いていく。刀身にかかる抵抗はほとんどなく、腕にかかる負担もそれほど感じない。けれども尋常でない数に、リクは小さく息を呑んで柄をグゥと握り直す。
『リク、大丈夫?』
耳に響く親しみ深い声。リクは集中して引き結んでいた唇を微かに綻ばせ、瞼を伏せて応じた。
「はい、マスター。まだ全然余裕です」
『強がりじゃないの?』
即座に返ってくる図星をつく言葉にグゥと低く喉を鳴らしつつ。
『冗談、信じてるよ。……頑張って』
「……はい!」
言葉は体の芯を熱くさせ、リクの青眼に陽炎が宿る。リクはグンッと背を伸ばして刀身を真下に掲げ、塊になって襲い掛かってくるヴァンプを旋風のような動きで切り裂く。巻き起こる衝撃波は塊の背後を漂っていたヴァンプにも及び、鋭い風に押されて裂かれたヴァンプが大量の死灰をまき散らした。
「すっご。元気100倍じゃん、リッくん」
弾切れになったサブマシンガンを捨て、ハンドガンの切り替えたツバキは向かってくるヴァンプを撃ち抜きながら感心した声を上げる。影を撃ち抜いた先に見えかける青空。しかしそれも、新たに集結する影に塞がれ見えなくなった。
「んもー……」
ツバキは不満げに唇を歪めて、素早く周囲に視線を向ける。足元に無数に散らばる瓦礫に目を付けたツバキは、補強材の鋼を剥き出しにした壁に走り寄り、巨大な瓦礫を持ち上げ蠢く影に向けて投げつけた。
「どーん!」
ツバキが吐いた気合と同時に、瓦礫に押しつぶされたヴァンプが弾けて消える。ツバキはパパンと両手を払い、街の中央に聳えるオルビスタワーを見上げた。
「ヒイラギ」
イヤホンに指を添えて呼びかける。
『準備できてるぜ、姉ちゃん。取りに来られ』
「ありがと、行くね」
深く沈み込んだツバキは、足裏で地面を押し返し高く飛び上がる。ふわりはためく豊かなパニエ。艶のある黒いスカートの裾が踊り、空を駆けるように飛ぶツバキの背後でオレンジのツインテールが揺れた。
オルビスタワーまでの最短距離。付近の建物を足がかりに使いながら、ツバキはタワーの天辺付近にあるドーナツ型の浮遊区を目指す。
「ツバキ!」
珍しく名前で呼ぶヒイラギの声に薄く微笑んだツバキは、浮遊区の開いた窓に向けて一直線に飛び込んだ。
窓際で待機していたヒイラギは、両腕に重量のあるロケットランチャーを抱えている。ツバキはその銃身を受け止めながら、ふわりとヒイラギに顔を近づけた。
「ナーイスサポート。ありがとね、大好き」
目を見開いて硬直しているヒイラギの頬に唇を寄せ、ちゅっとリップ音を立てて離れるツバキ。放心してしりもちをついたヒイラギにウィンクを投げて、ツバキは受け取ったロケットランチャーを肩に担ぎ、スカートの裾を翻して再び窓外へ飛び出してく。
「うっ、わ……」
頬を押さえて赤面するヒイラギに呆れた視線を向けるシドウは、PC画面に目を戻しつつ低い声でぼやいた。
「なーにお前がご褒美もらって喜んでるの。今はこっちがあの子たちを鼓舞する番でしょうが」
「……っ、分かってるっつの!」
掌で床を弾くようにして起き上がったヒイラギは開け放した窓まで走っていき、枠を掴んでギリギリまで身を乗り出す。
「姉ちゃんは世界一美人で一番強ぇえ、最ッ高の女だぁあああ!!」
ヴァンプが占める空の向こうまで届きそうな大声。ツバキは肩越しにヒイラギを一瞥し、照れたように微笑むと、正面に銃口を据えて引き金を引く。
「……っ、どっかーん!!」
一斉に放たれた弾丸が軌道を描いてヴァンプの群れに突っ込んで炸裂した。撃ち抜かれた影はすべて砕けて死灰と化し、今度こそ望んだ青空が見える。ツバキは眩しい色に目を細めて、唇の端に会心の笑みを浮かべた。
「ツバキちゃん、最強っ!」
そして、ヒイラギから託されたロケットランチャーに愛おしげに頬ずりをする。
ヒュッ、と頭上を過ぎる赤い風。ツバキはその行方に視線を向けて、小さく息を呑んだ。
「アスカっち……」
アスカは両手に構えた拳でヴァンプの群れを撃ち抜きながら、赤い球体に守られたクオンに向かって一直線に飛んだ。
「あああああっ!」
ヴァンプごと球体の側面に打ち付ける拳。表面に走る稲妻に触れた瞬間、バッと弾けて散る影と、少しもダメージを受けない赤い球体。アスカはチッと苦々しい舌打ちを吐いて、蠢くヴァンプを踏み台にして再び飛び上がる。
クオンは光のない目をアスカに向けて、胸の前で組んだ両手をグッと強く握る仕草をした。銀髪がフワッと浮き上がり、強くアスカを睨みつけると、球体の表面に帯電するように蔓延っていった稲妻が一点に集中して、アスカに向かって放たれる。
「っう、ぐわ!」
アスカは咄嗟に眼前に組んだ両腕で攻撃をガードした。けれども威力を持った稲妻はアスカの手首の上で裂けて枝分かれし、アスカの全身にまとわりつく。
「ああああああっ!」
全身を稲妻に貫かれたアスカは、悲鳴を上げて地面に叩きつけられた。
『アスカ!』
ひび割れた声がイヤホンから響き、アスカはアスファルトに積もった死灰の中で体を起こす。
「大丈夫です……ハスミさん。ただ、破れません」
アスカは頭上に浮く球体を見上げて顔を顰める。赤い球体は静かに浮遊を続け、その表面を迸る稲妻は絶えず蠢き火花を散らした。
『こっちでも分析してる。物理攻撃に対する防御及び攻撃。それからヴァンプの《種》を放つ効果……あと、こちらが攻撃を加える度に稲妻の強度が増している。それに反してヴァンプの出現数は減ってるが……』
「このまま攻撃を続けるべきか、ヴァンプの方を優先して倒すか……ですけど、オレらが対処しきれなかったヴァンプは、人を襲います」
アスカは言いながら、傍らへ視線を向ける。瓦礫の山を覆うように倒れた軍部の人たちの亡骸。その下から生まれたヴァンプ達は、亡骸に取りつき血を吸っていた。軍人の多くは血清を打っているため、吸血を行ったヴァンプ達はその場で弾けて霧散するのを繰り返している。ジュルジュルと血を吸う卑しい音と、声なき悲鳴の連鎖。低級吸血鬼の多くは知能を持たないため、愚かな行為を続けているが、やがて本能がその愚かさを学習してしまったとき、新たな血を求めてタワーに向かう可能性がある。
アスカはゴクッと唾を呑み、その地獄絵図のような光景から目を逸らした。
『やっぱり、元を断つしかないな……』
「攻撃を続けますか?」
アスカはふらつく脚を叱咤して立ち上がる。陽炎の揺れる赤眼を浮遊する球体に向けながら、フーッと長く威嚇するような息を吐いた。それに呼応するように、アスカの左手に刻まれた紋様が濃い赤を宿して明滅する。
『……やれるか、アスカ』
イヤホンから伝わる、暗く沈んだ声。アスカはフッと吐息交じりに微笑んで、目を伏せた。
「やれるって言ってください、ハスミさん。それだけでオレは、なんでもできるんですよ」
ドクン、ドクンと、内側で強く脈打つ鼓動。口にした言葉は虚勢でもはったりでもない。スゥと吸い込む息が体の隅々まで満ちて、体温を沸かせ、体を軽くする。イヤホンの奥で、ハスミの息の音がする。伏せた瞼の裏に逡巡する表情がありありと浮かんで、アスカは思わず柔らかく噴き出した。
『……余裕だな』
「はい。ハスミさんとこうやって闘うのは久しぶりなので、楽しいです。番の力が流れ込んでくるのを感じるんです。血が共鳴してるの、分かりますか? ものすごい、強く」
『ああ……分かる』
「言葉をください、ハスミさん。オレを信じて」
『どうも弱いな、俺は、お前のそれに』
「信じて」
弱い、という言葉に重ねて同じ言葉を呟く。耳の輪郭を擽る苦笑の音。アスカは伏せていた瞼を開いて、グッと深く膝を曲げて地面に沈み込んだ。
『信じる。行け、アスカ!』
「はい!」
晴れ晴れしく返事を返したアスカは、赤い風になって飛び上がった。立ちふさがるように群がるヴァンプ達を拳で裂いて、稲妻を纏うクオンの球体に背後から近づく。
「クオン!」
腹の底から発する声。透ける赤を映した銀髪の三つ編み頭が振り返り、虚ろな瞳をアスカに向ける。正面で視線が絡んだ、一瞬。クオンは大きく赤眼を見開いて、ハッとしたように言葉を零した。
「おにい、ちゃん……?」
「え?」
ゴォと強い風が眼前を掠める。反射で目を伏せる間に、目の前からクオンを乗せた球体は消え失せていた。
「な、に……っ!?」
アスカは身を反転させて背後を振り返る。高速で移動する球体の行く手にあるのは――オルビスタワー。
「ダメ……、だ……っ……!!」
アスカは必至で空を掻いて、一度地面に着地してから飛び上がる。
「アスカっち、どうしたの!?」
「タワーが……」
アスカが漏らした声に、ツバキとリクもタワーの方角を振り返る。しかしその視界を、無数のヴァンプが覆い隠した。
ひとりヴァンプの群れを突破したアスカは、強く吹き付ける風の中懸命に視界を確保する。タワーのすぐ近くで動きを止めた球体は、遠目から見ても急速に膨らんでいるのが分かった。表面に迸る稲妻も威力を増し、濃い赤に染まる球体の内側で、クオンが右手を掲げる影が見える。
アスカは奥歯を食いしばり、視力を凝らしてタワーの内部を見た。窓の付近に立つ丈の長い白衣姿。銀髪交じりの黒髪の下で、淡い赤眼を複雑に歪めるハスミ。
「――ハスミさん!!」
伸ばした指先など、到底届かない遥か遠い距離。地を穿つ巨大な音を当てて、赤い稲妻が空と大地を裂いた。
◇
くぐもった轟音と、ミシミシと音を立てて揺れる天井。頭上から降る細かい欠片。
近く深くに設けられたシェルターに身を寄せる人々は、各々に体を寄せあい不安げな表情を浮かべている。
「なに、地震……?」
「ママぁ……怖いよお……」
漣のように大きくなっていくざわめきと、子供の泣き叫ぶ声。非常との僅かな灯りがだけが照らす薄暗い空間に、底知れぬ恐怖が巣食っていた。
――その時地上でも、信じがたい惨状が現れていた。
根元から折れて傾いたシンボルタワー。中でも上部に突き刺さるようにして在ったドーナツ型の浮遊区は地に落ちて、ガラスの破片や瓦礫をまき散らしている。デスクやベッド、PCなどの機器や、無数の工具。写真立てに、子供の玩具。大きくひしゃげた冷蔵庫の扉は外れかけて、フラフラ風に揺れていた。
大きく裂けた大地の上に、静かに浮かぶ赤い球体。中に立つクオンは地上を見下ろし、瓦礫の隙間に見える白衣を見つめて会心の笑みを浮かべる。
「お兄ちゃん、みぃつけた」
パチパチと静かに爆ぜる赤い稲妻。吹き抜ける風に、少女の不気味な笑い声だけが歌うように響いた。
《11/END》




