第43話マッドサイエンティストの浅知恵は事態を悪化させてゆく
「帰りはあっさりしたものだ! いやー疲れた疲れた。ご苦労様だったね」
私は少年の姿に戻りつつ、久々のラボにほっと息を吐く。
今回頑張ってくれたメンバーもところどころボロボロで疲れた様子で撤退してきていた。
特にお疲れなのは研究員Aだが、まぁ自己主張できる数少ない要員なので当然だった。
「へーい……っていうか。行きもできなかったんっすか? これ?」
「壁と融合したいならやってみてもいいが……まぁ一度行った場所にしか移動できないのはこういう移動手段のお約束だよ君」
「……ちなみに、融合するとどうなるんです?」
「あー……爆発する?」
「爆発する!? 勘弁してくださいよ……」
「だからやらなかっただろう?」
クーシー達と研究員A、そして戦闘員をまとめて回収した一行は無事研究室に帰還した。
みんなやれやれと帰還を喜び合う中、カミラ研究員だけが暗い顔で私を呼び止めた。
「……すみません。ドクター。せめて母を弔いたいので―――協力していただけませんか?」
「え? ダメだよそんなことをしては? 死んでしまうじゃないか」
「……?」
意味が分からないと言う顔をする、カミラ研究員。
しかし、まだ死んでいない人間を埋葬なんてしたら大変なことになると思う。
「だから彼女は死んでいないよ。臨死体験はしたかもしれないがね」
見たところ、内臓は半分以上潰れていて、全身の骨が折れている。
うん。現状全然問題ない損傷レベルである。
しかしカミラ研究員は、視線を忙しくさ迷わせて、すさまじく混乱している様子だった。
「……まさか。そんなこと……冗談ですよね?」
「冗談じゃないよ。私を誰だと思っているのかね? 治療は私の専門分野だ。荒っぽくなることは分かっていたからね、ひとまず城内の人間にはすべて治療用のマシンを注射してある」
ドクタークレイの大発明。モスキート型偵察機は無事仕事を終えたことは確認済みである。
やはり前もって準備しておくのはやはり大切なことだ。
少々やんちゃしても騒ぎは最小限で、気前よく無茶が出来ると言うものだった。
「……本気で言ってますか?」
「リスクヘッジだ。当然だとも」
私はしれっと言い切った。
「なんで……そんなことを?」
カミラ研究員は、戸惑いながら微妙に失礼なことを言ったが、まぁ元の世界で同じ手間を掛けたかと問われれば答えは否である。
「そりゃぁバカンスだからね。人死にはなるべく避ける方向だと言わなかったかな? 元よりどんな重症でも、肩こり腰痛レベルでも修復予定だったよ。まぁ七日後の朝辺りに全員真っ黒な尿が出て驚くだろうが……」
そこは私も自称マッドサイエンティストだ、ちょっとした問題は問題の内には入るまい。
「……うそぉ」
「ホントだよ?」
カミラ研究員は抱えた女王様を落としそうだが、もう少ししっかり抱えるべきだと私は思う。
「……ひょっとして、いざとなったら城の人間を全員戦闘員にしようと?」
「…………そんなまさか? そんなことしないよ? そんなにムカついてもいなかったし。あくまで治療目的ダヨ?」
まぁよほどイラついたら考えないでもなかったが、どちらかと言えば気分がいいので、世界一健康な国にしておいた。
今頃城では負傷した人間が次々回復して、みんなビックリしていることだろう。
「そんな、粘土っじゃないんですから」
脇で聞いていた研究員Aが乾いた笑いで、冗談っぽく言っていたがマジである。
「いやいや、人体を粘土のごとく扱うからこそ、ドクタークレイなのだよ。覚えておきたまえ」
「……」
研究員達は黙り込む。
こんなことくらいでマッドサイエンティスト、ドクタークレイの恐ろしさを実感したしてくれたのなら、慣れない旅行を張り切った甲斐があったというものだった。
しかし私にも完璧な仕事だった太と言うと懸念部分がある。
それはまさに死にかけている女王様についてで、私は彼女に視線を向けた。
「ただ―――」
「何かあるのですか?」
「いや、死が契約継承の切っ掛けなら、もう女王は神の力とやらは失っているかもしれないよ」
「あっ……」
カミラ研究員が目を見開いているから、あながち条件は間違ってはいなかったのだろう。
世代交代すると言う話だったからもしやと思ったが、そう言う魔法的な契約云々は厳密に把握していないのは間違いない。
そこは遺憾ながら、不手際と言わざるをえなかった。
私はふーむと唸り、相変わらず挙動不審なカミラ研究員の肩を叩いた。
「しかしてっきり気がついているものだと思っていたよ。わざわざ女王を連れてくるから」
「い、いえ。まったく……」
大きすぎるリスクを冒してまで彼女を連れて来たのだから、まだ話すことがあるんだとばかり思っていたが、弔うためとは……私も正直ビックリだ。
「まぁいいんじゃないかな? ならば早めに気分は切り替えておくべきだカミラ研究員。いますぐにでも考えておかなければならないことがあるだろうしね」
「?」
カミラ研究員は全然わかっていないようで、脳みそが動き出すまでもう少し時間がかかりそうだ。
だが時間の猶予もない。私は面白そうなので人間っぽい助言を口にした。
「ずいぶん熱の入った別れ方をしていたようだが……再会の言葉は考えたかね?」
「……」
カミラ研究員は眠る女王の顔をじっと見つめて、じっとりと冷や汗をにじませる。
もうすでに怪我は完治している頃合いだ、考える時間はそう多くはないだろう。
「……今から置いてきませんか?」
「無理だねぇ」
私はさすがにと無慈悲に告げる。
まぁ、あれだけ引っ掻き回してきたのだ、健康になったからといって少しは恨みも買っただろう。
それに奪って来た情報と、研究員達が頑張ってくれたデータが山のようにある。
これからやらねばならないことも多かった。
つまり私はアルマ王国の大混乱に突っ込むほど、私は暇ではないのだ。
「まったく……バカンス中なのに忙しくなってきたものだね」
私はニヤリと笑う。
だがまぁ問題の数々はデカ盛りのアイスでも食べた後、ゆっくりと考える予定だった。