第17話リサーチ
「ではまず見てほしいのはこれだ。ここ数日で大雑把だがこの周辺のマップが完成した。形になったので見てもらおうと思ってね」
「地図……いや、今一ピンとこねぇです」
「わかんないデス」
犬では地図が無理なのも仕方がないが、この結果は残念でならない。
「研究員A、君は人間だろう?」
「盗賊に何言ってんですか。地図は分かりますぜ? でもこんなバカ広くはないし、こう……模型みたいでもないですよ。もっとミミズがのたくったような奴で、大雑把な街の位置くらいしかわかんねぇですよ」
「ふむ。そうなのかね?」
「こ、これが地図? こんなに精巧なものは見たことがありません」
「研究員Bもか。魔法がある世界なら空から見渡すくらいのことはできそうなものだが?」
「空を飛ぶ方法がなくはないですが……国にあったのはもっと簡素な地図でした」
空を飛ぶ方法はある。だが測量技術はあまり発展していないのか?
教養がありそうな研究員Bもこの反応なら、こちらの文明レベルはそのくらいと言うことなのかもしれない。
「ならば、まぁいいか。マップを作ったのは周辺にどんな危険があるか把握するためだ。どこに何が潜んでいるのか知っておけば安全は確保できる……いや、その前に聞いておくべきこともあるか」
私はやる気なさそうな男をまず指差した。
「では研究員A。君にとって脅威となる敵は何だい?」
「そんなのここじゃ全部敵だらけでしょ? 俺達はアルマ王国からはお尋ね者でしょうし、国境を越えたら、人間を餌にするバケモンがうじゃうじゃと」
「……よくそんな場所を拠点にしてたね」
「まぁ隠れ住むにはいいんすよ。一番やべぇのが騎士団とかなんで。後は勝てそうな連中を食いぶちにしてた感じですかね……イタイイタイ」
その勝てそうな連中というのにクーシー達も含まれていたということか。
研究員Aはクーシーにゲシゲシ蹴られていた。
「魔物とはどんなものをさすのかね?」
「魔物がどんなのって言うと……でっけー羽の生えたトカゲとか。首が沢山ある蛇とか、でっかいクマなんかが特別やべぇですかね。盗賊連中もしょっちゅう食われてました」
「ほほ―。なるほどな。あんまり細かい分類がされているわけではないのかい?」
「細けぇのを上げ出すときりがねぇです。学者じゃねぇんで。出会ったら仲間が死んだ奴がやべぇ魔物って感じですかね」
先ほど遭遇したばかりだが、やはり魔物と言うやつはかなり厄介なもののようだ。
続いて私が指を差したのは、妖精のクーシーだった。
「クーシー君たちはどうかね?」
するとワンと手を上げたクーシーは答えた。
「僕らは弱いので怖いの一杯デス! でも僕らは妖精族なので、魔物はアンデッドと魔法生物が危ないくらいデス!!」
「ふむ? 妖精とは?」
「妖精王様から生み出された種族デス。いろんなのがいるけどみんな魔法が得意デス」
「ほう? 妖精と言うのは魔物とは違う?」
「全然違うデス! 僕らにはちゃんとわかるデス!」
「ちなみに見た目はみんな犬なのかね?」
「違うデス? 人型もいるし、獣型もいるし、おっきいのもちっちゃいのもいるデスヨ。 でもわかるデス」
「ほほう、人型までいるのか? ちなみに……耳が長かったりしないかね?」
「ワン! そうです! エルフと言うデス!」
そのままかね!? と叫びそうな位なるのを私がぐっと堪えた。
こいつは写真を一枚と撮ってきてもらいたい。
そしてどう考えてもクーシー達と想像のエルフが同じ分類だとは思えないのだが、彼らだけにわかる妖精に共通する何かがあるということか。
せっかく妖精がいる地域にやって来たのだから、その辺りをはっきりさせるのもいいだろう。
「ふーむなるほどね。他には……例えば魔物が君達も脅威なのだね?」
「魔物は種類によるデス! 妖精王様は土地と契約してるから、森の魔物は見逃してくれるデス。でもアンデッドは見境なしデス。魔法生物はスライムとかでやっぱり見境なしなので危ないデス!」
「では、一番の脅威は人間ということかな?」
「そうなのデス! 危ない人間多いです! ドクターは好きデス!」
「そうかね? ありがとう」
そうお礼を言うとクーシーはぶんぶん尻尾を振るから頭を撫でた。
「では研究員B。君はどう思うかな?」
最期に本命の彼女に視線を移すと、頷いた研究員Bは口を開いた。
「は、はい。そうですね。ではお二方とは違う切り口ですが……この大陸には力のある種族が五ついると言われています。空を支配する竜族。夜を支配する魔族。森を支配する妖精族。海を支配する人魚族。そして私も含めた人間族です。私達5種族はお互いを敵視し、大陸の覇権を争い続けてきました」
「皆仲が悪いのだね。その辺りはどこも同じか」
思ったよりも争っている種族が多い事にも驚いた。しかし動物と戦い生存圏を広げていたのは、元の世界でも同じであるのかもしれなかった。
「最も強靭な肉体を持つのは竜族でしょう。あらゆる魔法を弾く鱗を持ち、巨大なモノは島ほどの大きさがあると言う話です」
「そんな質量の生物が空を飛ぶのか……それは空の支配者だね」
所謂、そのままドラゴン的な生き物が真面目にいるらしい。
これはそのうちチェックしに行かねばなるまい。
何ならどこかしら体の一部を手に入れるのも面白い。ゆくゆくは竜の改造人間なんて作れたら最高だった。
ゴクリと生唾を飲み込んだ私に、わかりますと研究員Bは頷いた。
「ええ。とても危険な生き物だと思います。そして強大な魔力を持つ妖精族。彼らは見た目が多種多様で強力な魔法を操ります……正直魔物の一種と見ないしている人も少なくありません」
私はクーシーを見た。
まぁ説明されても、魔物との違いは判らなかったが私的にはかわいいからOKだった。
「妖精族もクーシー達のような無害なものばかりではないと言うことか。妖精王という存在も興味深い」
元の世界の伝承の類にも、妖精と呼ばれる存在はある。
だが媒体によってはモンスターとして扱われているものもあったように思う。
「人間の間でも妖精王を見た者はいないと言われています。そして、人間にとって最も厄介なのは魔族でしょうか? 竜ほどではありませんが強靭な肉体を持っていて。妖精には及びませんが強力な魔法を使います」
「下位互換?」
「いえ。すべてが人間の上位互換何です。それに、彼らは人を襲います。故に人類の最も近しい脅威は魔族というのが共通の認識です」
「ああ、人間を捕食する可能性のある種族か。それは確かに敵対するね」
これはまたテンプレートな魔族がいたものだった。
正直この辺りもおおよそ魔物と区別がつかない気がしたが、まぁ案外見てみれば違いがわかるものなのかもしれない。
「人魚族は水辺に住んでいる種族だと言われていますが、不明な点が多いです」
「それはなぜだね?」
「海と陸で完全に住み分けが出来ていますから。しかしひとたび争いになれば水を操り、強力な水棲の魔物を使役しているとも言われています」
「おお。なかなかハードな人魚だね。一度見てみたいものだ。しかしそれだけの種族が敵対しているとなると人間の国はさぞかし苦労していそうだ」
今聞いただけでもほとんどすべてが人間以上の力を持っているように聞こえる。
魔法も人類の専売特許どころか、もっと巧みに使うやつらもいるようだし、肩身が狭そうだ。
しかし研究員Bの言い放ったニュアンスはどこか想像していた物と違っていた。
「いえ。当然です。大陸の覇者たる人間は、彼らを導かねばなりません」
「ん? どういうことかね? 能力は皆人間の上位互換のように聞こえたのだが?」
言ってしまえば、個人の技量で覆すには、絶望的な種族差があるように聞こえた。
体の構造も魔法以外は元の世界の人間ともたいして違いがないのにそれでは理屈が通らない。
研究員Bはしかしいいえと首を横に振って言った。
「個人の力は、おそらく今あげた種族の中で人間が最弱だと思います。しかしこの大陸で最も繁栄しているのは間違いなく人間です」
これはまた以外な事実である。研究員Bに話を盛っている様子もない。
ならどうやって優位になっているのか? 私は純粋に気になった。
「……どうやって?」
「もちろん知恵と工夫と言いたいところなのですが。人間が大陸の覇者たる所以は、人間が―――魔神機を所持しているからです」
「何だねその魔神機? というのは?」
「それはその……魔神機は血によって継承されるもので……その」
言いづらそうにしている研究員Bはちらりと外を見る。
彼女の視線の先には見回り中のロボットスーツがいた。
「あなたがクーシーに与えた鎧のような、人型をした魔法兵器です」
とても面白そうな響きだ。
今日一番私は胸をときめかせた。