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第15話ドクタークレイの秘密

 ポットに水を入れ、沸騰するまでしばし待つ。


 私はその間、研究所の窓から見える景色を楽しんだ。


 一面に広がる、魔法結晶という名の鉱石は太陽光を反射して今まで見たこともない輝きを放っていた。


 チンと音がする。


 焼き立てのトーストを取り出し、ドリッパーを用意した私は、挽いた豆にお湯を注ぎ入れた。


 同席しているのは、研究員AとBである。


 何やらうまい飲み物があるのなら飲みたいと言うので、自家製ブレンドのコーヒーを振舞うことにしたわけだが、招いた研究所に研究員達は落ち着かない様子だった。


「うーん。文明の香りがする。世界が変わっても安心するものだ」


「……いやなんつうか、意味が分からな過ぎて何がなにやら。火もなしに湯を沸かして、パンを焼いて。旦那はやっぱり魔法を使えるんで?」


「旦那ではなくドクターと呼んでほしいね。そして私は魔法使いではなーい。科学者……いや、マッドサイエンティストだよ?」


「ちなみにマッドサイエンティストというのは?」


「どこに出しても恥ずかしいおかしな科学者の事だね」


「おかしいんかい」


「そうとも。狂っているとよく言われたものさ。己の欲求を満たすため、常識をその辺に捨てて来た男、それが私だとも」


「……捨てちゃダメなやつですよそれ?」


「盗賊の君が言うことかね?」


「あははは。……そうっすね」


 無駄話に花を咲かせていると、コーヒーがドリッパーから落ち切ったようだ。


 では私のオリジナルブレンドをご賞味いただくとしよう。


「飲んでみたまえ。まぁたぶん……口に合わないとは思うが」


「……にがー」


 そうは思ったが秒で予想通りにされると、苦笑いしか出てこない。


「まあ……そうだろうね。ミルクと砂糖があるから、しこたま入れて飲みたまえよ」


 少々残念にも思えるが、予想の範疇だ。


 ものには慣れが必要なのだ。思わず吐き出してしまうようなものでも、飲み続けるうちに平気になったりすることもある。


 とはいえせっかく入れたコーヒーは、最後まで飲ませるがね。


 そしてもう一人、静かにブラックコーヒーを飲む研究員Bには花丸をあげて、お茶菓子を進呈しようと思う。


「それであの……お話と言うのは?」


「ああ、そうだった。言葉だけでは色々と足りないと思ってね。私はこちらでの一般的な常識に疎い。それは君達が知らない場所から来たからだ。この珈琲は……あるかもしれないが、まぁ色々と私が特殊だと言うことを君達に知って欲しかったのだよ」


「……別に貴方のすごさを疑っているわけではありませんよ?」


「あいやいや。疑ってもらって構わないよ。私は自らの怪しさを自覚しているし、改めるつもりもない。つまり、当然の反応というやつだ。見ての通り私の生まれた場所では、こういう機械が発達していてね。かくいう私も機械が大好きで、良く弄っていたんだ。特に人型のロボットは最高だね。あれは人類の気概を感じるロマンが詰まっているよ」


 うんうんとコーヒーを啜りながら、私は趣味を語った。


 そこに嘘偽りはなく、研究員Bは賢い子の様ですぐに何かを察したようだった。


「それが……あの誰にでも扱える動く鎧のようなものなんでしょうか?」


「そうそう! 売りに出したら結構売れたのだよ? いやぁ懐かしいね」


 一度世に出してしまうと、さまざまなバリエーションが出てしまったのには驚いたものだった。


「ではドクターは……そう言ったものを作り出す職人の様な方だったのでしょうか?」


「ああ、いやいや。あのロボットスーツはあくまで趣味だよ、本業は別だ。今日は君達にその本業について少し知っておいてもらいたいと思ってね。私の研究所を案内しようと考えていたのだよ」


 研究員として雇うのなら、この先研究所でやってもらいたいことも沢山ある。


 ならば少しは私自身の事情を開示しなければと思った次第だ。


 ただ、研究員Bはなぜか息を飲んでいた。


「あの動く鎧よりもすごいものがあると言うんですか?」


「ああ、私の代名詞と言っていい」


 コーヒーを飲む手は止まってしまっているようだし、そろそろいいかと私は席を立つ。


 そして手元のタブレットで操作すると、床からエレベーターがせり上がって来る。


 扉が開いたエレベーターは口を開けて待ち構えているようにも見えた。


 私は研究員見習いたちを誘う。そして二人が中に入ったのを確認して扉が閉まるとエレベーターは動き出した。



「私のメインの研究テーマは生物だ」


「生物……ですか?」


「そうとも。特に人間かな? この世界に神が作ったと信じられるものがあるとしたら、それは生物だと思うよ。適当なものを口にして、水を飲めば動き、多少の傷なら修復する。自立で活動出来て、何なら量産すら自動だ。まるで神々が作り出した武具のような性能だろう? 調べても調べても、謎は次から次に出て来てね、全く調べ甲斐のある題材だと思う」


 そう思うからこそ、ロボットにもロマンを感じているのだ。


 人の知恵だけでそこに迫るものを一から作り出そうと言う気概は間違いなく熱がある。


 だが、ふと自分の語り口にもいつの間にか熱が入ってしまっていることに私は研究員達を見て気がついた。


「は、はぁ……そうなんですか」


「すごいですね」


「……」


 これはちょっと恥ずかしい。


 私は咳払いを一つして、案内を再開した。


「あー、地下には様々な施設がある。資源を収める倉庫に。研究室。ガレージ。ああ、それと浄水施設や、核融合炉……まぁかなり広いからね、見学するには退屈しないだろう。だが―――今から君達に見せるのはその私の本業に関わる施設だ」


 どんどん地下に降りてゆくエレベーターから見える景色は一気に切り替り、真っ黒な液体に満たされた、巨大なプールのフロアにたどり着く。


 ここまで溜めるのにずいぶんかかったが、今もまだ生産中である。


「な、なんだこれ? でっかい空間が……」


「真っ黒な……床? 海?」


 余りにも広々とした空間には驚いてもらえたらしい。


 だがそれが何の用途に使うものなのか、一目でわかる者はおそらく少ない。


 異世界の住人ともなればなおさらだった。


「こ……この黒い海はいったい?」


 研究員Bはしかしそれを見た瞬間、何か感じるものがあったのか顔色を蒼白にしていた。


 この勘の良さは魔法によるものなのだろうか? そう言えば元の世界でも説明を受けた者達は似たような顔色になっていたことを私は思い出していた。


「プールを満たしているものを私はカオスクレイと名付けたよ。私がドクタークレイと呼ばれる所以だ」


 カオスクレイはあらゆる物を再現可能な特殊な細胞である。


 それはまさに生命の海とも言えるのかもしれない。


「特製のナノマシンと併用することで傷を再生することも出来る素晴らしいものなのだよ?」


「傷を? 魔法みたいに?」


「ほほう。魔法でも似たようなことが出来るのかね? 私のカオスクレイはどんな外傷でも塞げる。腕が捥げようが臓器を失おうが、完全に補うことも出来るだろう」


「そ、そんな人間の体は粘土じゃないんだから。ハハハ……」


 研究員Aが渇いた笑いを浮かべていたが、冗談ではなかった。


「……本当に?」


「もちろん。生物を粘土の様に作り出せるからこそドクタークレイなのだよ」


「ドクタークレイ……」


「さらにこいつは私の大発明、生命プリンターを駆使することによって、この世に存在しない生命を一から作り出すことさえ可能とする―――だからこその最高傑作だ」


「……」


「……」


 十分に驚かせ、ドクタークレイの偉大さを知らしめられたんじゃないかと思う。


 では自慢タイムはこれくらいにしておくとしよう。


 そして最後に私は現在のまずい状況を明かしていくことにした。


「だが、残念ながら今、その最高傑作の精度が著しく低くなっていると言わざるを得ない。人間一つとっても、私の知らない臓器が存在し、動物は知らない種ばかり。そこで君達研究員には出来る限りのサンプルを集めてもらいたい」


 実際これはかなり切実な問題だった。


「サンプルっすか?」


「そうだよ。私の持っているデータはあくまで私が元居た場所のものだからね」


 出来れば血があると素晴らしい。生け捕りなら最高である。


 人間すら似て非なるものだとすると、怪我を直そうとしても、最悪使った瞬間死にかねないから困りものだった。


「君達も治療の機会はあるかもしれない。何せこの世界にどんな生き物がいるのか知らないがサンプル収集も大変だと思うからね」


「「……」」


「ああ、だが急いでいるわけじゃない。私はここに遊びに来ているのでね、ほどほどにマッタリやっていくつもりでよろしく頼む」


 何が何やらわからないと言う顔の二人だがそれも仕方あるまい。


 一連の話を聞いて、何か言ってくるのは研究員Bの方だと思ったが、おずおずと最初に手を上げたのは研究員Aの方だったのは意外だった。


「えっとそれって……あの、改造とか失敗してたかもってことなんですかね?」


「そうだよ? うまくいって本当によかった」


「そ、そうっすか……ハハハ」


 盗賊に対する自衛手段として、温厚な部類じゃないだろうか?


 ここから先はもう少し慎重にやるつもりだから、今後とも仲良くしてほしいところだった。


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