#9:それは猛毒。
ドラ息子チーム 対 女子高生&女刑事チーム
葉山礼司✕―〇伊藤ステラ
田川末男✕―〇伊藤ステラ
洞須ニコラ〇―✕伊藤ステラ
洞須二コラ✕―〇牧門奇兵
神木長重郎・―・牧門奇兵
★☆★☆★★☆★織宮翼
敗けたのか。伝説の男が。
絶対に勝てるデックは存在しないし、するべきではない。
だが、牧門奇兵の伝説は、世界大会においてですら強敵相手に3本勝負を二連勝した試合ばかりが語り草。
あっさりと負けた。
「今のは奇兵のドローも渋かったわね。リロードで引いた手札も悪かったし、長重郎のプレイングも除去を徹底していた。今のを返すのは厳しかったと思うわね」
「なるほど。運と長重郎選手の実力のダブルパンチ、というわけですね!」
「ええ。だからまあ……あのタイミングでのサレンダー……次も楽しみってことね」
「そうですね。次も楽しみですね!」
ここまでの試合。
ステラはバカ息子と汚職警官相手に二連勝し、そのステラは二コラによって二連敗。その二コラは奇兵に二連敗と、三本目まで一回も進展していない。
そういう“日”というのはある。偏る日。何かがそういう場になる日。
伝説が、現実に敗ける瞬間が、迫っていると誰もが興奮に包まれた予感を手にしていた。
しかしながら、二試合目。
1ゲーム目の敗者が先後を選べるルールにより、奇兵は先手を選択。
序盤から軽量モンスターを展開し、得意の形となる。
そして、さしたる時間もかからず。
「――戦場に2枚目の《鉄鱗アナコンダ》を追加し、エンドだ」
「ドロー……投了だな。次のゲーム」
長重郎の除去が噛み合わず、奇兵が押し切る形となり、本日最初の三本目のゲームまでもつれることとなった。
奇兵側はこのあとに女刑事・翼が控えているとはいえ、勝ち目はかなり希薄だろう。
コアカードの存在から手札事故は絶対に起こるゲームとは言え、それでも圧倒的有利なのは間違いなく長重郎。
事実上、今日の最終試合だと誰もが感じていた。
3試合目。
長重郎は先手を選択、半歩ではあるが奇兵の動きに追いつくために当然の選択。
「リロードなしだ」
「……2枚リロード、1枚引くぞ」
牧門、またも2枚リロードする展開となる。
一試合目、長重郎の押切った映像を誰しもが思い浮かべるが、果たして。
「俺のターン、コアセット、どうぞ」
「ドロー。コアセット、《訓練兵》を召喚、通らばエンドだ」
アーマーリザーズの訓練兵 【緑】
属性:爬獣・トカゲ・獣人・戦士
あなたがこのカードよりAPかBPの大きいモンスターを召喚したとき、このカードを1段階強化する。
また、このカードが破壊される場合、2段階弱体化させることで戦場に残しても良い。
AP100/BP100
「ターンを貰う前に《赤い稲妻》。対象は《訓練兵》だ」
赤い稲妻 【赤】
魔法カード
奇襲(このカードは任意のタイミングでプレイできる)
モンスター1体に300ポイントのダメージを与える。
一試合目と似た展開に、ふたりともカードを静かに墓地に移動させる。
お互いに1枚ずつ消費する交換ではあるが、先手番を持つ長重郎の除去と、後手番でモンスターを横並びさせるデックの奇兵の軽量モンスターでは価値が違う。
元々先手が半歩早く動けるが、その半歩を維持したまま奇兵の序盤の速攻を窘めるアクションなのだ。
「手番を貰う、コアをセット、2エナジーから《真夜中のスカルジャグラー》をプレイ」
真夜中のスカルジャグラー 【1赤】
属性:人間・道化・暗殺者
猛毒(このモンスターからのダメージが与えられたモンスターはBPに関係なく破壊される)
このカードが召喚されたとき、手札を1枚捨て、カードを1枚ドローする。
AP300/BP100
「エナジーカードを捨てて1ドローし、終了だ」
「俺のターン、コアセット、《アナコンダ》だ」
鉄鱗のアナコンダ 【紫緑】
属性:爬獣・蛇
あなたのモンスターが強化を受ける場合、1段階多く強化される。
APP200/BP300
「手番を貰う、コアをセット、アタックだ」
「ブロックなし。300でいいか?」
「ああ」
「残り1700」
「戦闘後メインフェイズ。2エナジーから《真夜中のスカルジャグラー》をプレイ、手札を《思考の押収》を捨てて……終了」
リプレイのように1試合目の盤面に近づいていく。
猛毒を持つ《ジャグラー》が2体並び、1体が防御を担い、1体が殴り掛かる。
どれだけサイズを大きくしたとしても、猛毒を持つジャグラー相手では相打ちになってしまう。
更に1エナジーがあるにも関わらず、捨てたのは1コストのピーピングハンデス、《思考の押収》。
これはつまり。
「俺のターン、ドロー、コアセット、《鉄鱗アナコンダ》の2体目を出すが……」
「だったら最初からいる方に《赤い稲妻》だ」
やはりかと思いつつ、奇兵は笑った。
1エナジーが余っているにも関わらずに1コストの手札破壊を打たずに捨てたなら除去を構えているというのが自然。
手札破壊は確かに強力ではあるが、手札にあるうちに落とすよりも、手札から出したカードを処理した方が相手にエネルギーを使わせられて有利になる。
無駄がない、そう奇兵は思った。
「ターン終了だ」
「テイクターン。ドロー、コアセット……2体の《ジャグラー》でアタックだ」
「2体とも来たか! ブロックなし!」
奇兵:LP1700→LP1400→LP1100
「それでは……戦闘後メイン、《破滅を定義する者》だ」
「! そいつかぁ!」
破滅を定義する者 【2紫紫】
属性:悪魔 半神
飛空(このカードは飛空を持たないカードにブロックされない)
猛毒(このモンスターからのダメージが与えられたモンスターはBPに関係なく破壊される)
このカードが攻撃するたび、対戦相手の墓地のカード1枚を対象とする。
そのカードがモンスターカードならそのカードを裏向きにしてAP200/DP200のゾンビモンスターとしてあなたの戦場に出す。
それ以外のカードだったなら、そのカードを持ち主のデックの一番下に戻し、あなたはカードを1枚引き、200ポイントのライフを得る。
APP400/BP500
現れたのは、天井を突き破って空に鎮座する大天使とでも呼びたくなるような威容。
立体映像で天井がないように上書きされているだけとはいえ、そのカードの性能を知っている者からすれば、それがハッタリや見掛け倒しでないことはわかり切っている。
カオスキーパーズに存在する五色、緑・紫・黄・赤・青にそれぞれ1枚ずつ存在する“定義する者”と名の付く半神のモンスターたち。
発売直後から様々な環境、様々な大会でそれぞれに存在感を発揮し続けている通称・『定義シリーズ』。
紫のそれは、その中でも最強と名高いカードであり、長重郎が世界大会を制した切り札でもある。
空中を飛びながら《ジャグラー》たちと同じく猛毒を持つため、仮に大きさで上回ったとしても相打ちまでにしかできない。
猛毒というキーワードは、例えば二コラのようなモンスターをあまり使わないデックと戦う場合はあまり役に立たないが、
モンスター同士の打撃戦で勝負を決するようなマッチアップでは、サイズの小さなモンスターでも巨大なモンスターを倒せる強力な能力と化すのだ。
「そちらの手番だ。返せるものなら返して見せろ」
「見せてやるぜ!
コアセット、《弩級弩弓亀》を追加コストを支払って召喚する」
「!? そんなカードが入ってるのか!?」
弩級弩弓亀 【緑緑】
属性:爬獣・亀・鉄機
このカードを召喚するに際し、Xの2倍のエナジーを追加コストとして払うことができる。
X回強化された状態でこのカードを戦場に出す。
このカードを1段階弱体化させる:モンスター1体にこのカードの元々のパワーに等しいダメージを与える。
APP100/BP300
背中にバネ仕掛けの滑車を備えた機械仕掛けの亀が着地する。
そして、支払った追加コストによって甲羅が角のように巨大化していく。
アナコンダが例によって尻尾を振り、その振りに応じるように強化の効果が上がっていく。
「支払った追加コストは2エナジーで、1段階強化されるが……もちろん、俺の場には《鉄鱗アナコンダ》がいるので、二段階強化だ」
《弩級弩弓亀》
AP300/BP500
「《バリスタートル》を二段階弱体化させ、《ジャグラー》2体を対象に砲撃!」
奇兵の宣言に応え、立体映像の巨大な亀が……なんだ、こう、鳴いた。
亀本人は吼えたとかそういうニュアンスの堂々とした様子で大きく口を開いての咆哮っぽさをかもしだしているが……こう、鳴いた。
いかつい外観からは予想外すぎるキューという、細い声で。
あまりの事態に長重郎は、コメントを求めるように奇兵に視線を飛ばすが、当の奇兵は自慢げなままだ。
亀は声帯がないので吼えるほどの声量はない。立体映像制作陣、謎のリアリティと再現度だ。
兎に角、いや、亀に角?
隆起した甲羅の角のような突起がひとりでに折れ、背中の滑車に乗った。
その角は正に砲撃のといった迫力で滑走し、長重郎の戦場の《ジャグラー》を弾き飛ばし、次なる砲撃で隣にいたもう一体の《ジャグラー》も消し飛ばした。
《弩級弩弓亀》
AP300/BP500→AP100/BP300
「ターン、終了だ!」
「テイクターン……コアセット、戦闘フェイズで《破滅を定義する者》で攻撃する」
宣言と同時に、悪魔が奇兵に空中から殴り掛かる。
カギヅメのような拳が貫くように叩きつけられた。
奇兵:LP1100→LP700
「効果誘発、お前の墓地の《教官》を俺の場にゾンビとして場に出すぜ」
虚ろな目で、奇兵の墓地からモンスターが長重郎の戦列に加わる。
空から攻撃しつつ、地上には防御用のモンスターを用意する。
正に破滅を定義する最強アタッカーは、攻撃したことでダウンして防御には参加できない。
攻撃するなら防御はできないというシステムなのだが、その防御のスキを相手の墓地から奪い取ったゾンビが担う。
それだけで強力だというのに、その隣に、もう1体、同じ姿のモンスターが現れている。
「戦闘後メインフェイズ、もう1体、《破滅を定義する者》を戦場に出し……ターン終了だ」
破滅を定義する者 【2紫紫】
属性:悪魔 半神
飛空(このカードは飛空を持たないカードにブロックされない)
猛毒(このモンスターからのダメージが与えられたモンスターはBPに関係なく破壊される)
このカードが攻撃するたび、対戦相手の墓地のカード1枚を対象とする。
そのカードがモンスターカードならそのカードを裏向きにしてAP200/DP200のゾンビモンスターとしてあなたの戦場に出す。
それ以外のカードだったなら、そのカードを持ち主のデックの一番下に戻し、あなたはカードを1枚引き、200ポイントのライフを得る。
APP400/BP500
破滅を定義する者 【2紫紫】
属性:悪魔 半神
飛空(このカードは飛空を持たないカードにブロックされない)
猛毒(このモンスターからのダメージが与えられたモンスターはBPに関係なく破壊される)
このカードが攻撃するたび、対戦相手の墓地のカード1枚を対象とする。
そのカードがモンスターカードならそのカードを裏向きにしてAP200/DP200のゾンビモンスターとしてあなたの戦場に出す。
それ以外のカードだったなら、そのカードを持ち主のデックの一番下に戻し、あなたはカードを1枚引き、200ポイントのライフを得る。
APP400/BP500
「二体目とは、大盤振る舞いだな」
「言うまでもないが……お前のライフは700、何もないならば、次の2体の《定義する者》の攻撃で終るな」
「そうだな、ターンを貰っても良いか?」
「ああ。終了だ。まあ……カードを見てからでも遅くないからな」
「いや? ドローは関係ない。手札にあるカードで対処できるからな」
「……なんだと?」
「俺のターン、引いたコアカードをそのままセット、《訓練教官》を召喚だ」
アーマーリザーズの訓練教官 【1緑】
属性:爬獣・トカゲ・獣人・戦士
あなたの戦闘の開始時、あなたのコントロールするこのカード以外の爬獣属性のモンスター1体を1段階強化する。
AP100/BP200
毎度お馴染み、《訓練教官》の立体映像が敬礼をしながら出現する。
《アナコンダ》と並ぶ奇兵の主力カードではあるし、《アナコンダ》と並ぶなら2段階強化はできるが、今更そんなことをして解決する盤面ではない。
《アナコンダ》を強化してもAPは400、《破滅を定義する者》のDP500には及ばない。
「今更そんなカードで……どうにかできるとでも?」
「戦闘に入り、《訓練教官》の効果適応! 《バリスタートル》を強化!」
《訓練教官》の激が飛び、《バリスタートル》が応えるように吼え……まあ、鳴いた。
ゴツい亀がキューキュー鳴きながら、教官の指導の下で腕立て伏せを行う。
……元々、四足歩行の亀の腕立て伏せって意味があるのか……?
その横でアナコンダが尻尾を振り、訓練の効力が増し、なんだかわからないが、《バリスタートル》は二段階強化された。
《弩級弩弓亀》
AP100/BP300→AP300/BP500
「それがなんだ? そんなことをしても二発射出しても、お前の墓地から呼び出したゾンビを倒せる程度で……」
静かに、奇兵は手札をオープンし、そのカードに長重郎は固まった。
知っているカードではある、あるが、予想の外から来たカードだった。
脱皮 【緑】
魔法カード
奇襲(このカードは任意のタイミングでプレイできる)
発動時、追加コストとしてXを払っても良い。
戦場の爬獣属性モンスター1体をデックに戻し、戻したカードのコストと追加コストXの合計以下のコストを持つ爬獣属性モンスター1体を戦場に出す。
また、1エナジーを支払い、墓地に存在するこのカードをデックに戻すことで、戦場に存在する爬獣属性モンスター1体を強化する。
知っているカードではある。
発表当初、爬獣、つまり爬虫類系サーチカードとして注目されてはいたが、手札の損失が大きく爬虫類系カードそのものの貧弱さから大した活躍もしなかったカード。
爬虫類系カードが発売されるたびに思い出したように試される程度のマニア向けのカード……その、はずだった。
「追加1エナジーを支払い、2コストの《アナコンダ》をデックに戻し……デックから3コストの《バジリスクの商人》を戦場に呼ぶぜェっ!」
バジリスクの商人 【1紫緑】
属性:爬獣・蛇・獣人・商人
あなたの戦闘フェイズ中、あなたのコントロールする全ての爬獣属性モンスターは猛毒を持つ。
(猛毒を持つモンスターからのダメージが与えられたモンスターはBPに関係なく破壊される)
AP100/BP300
呼び出されたのは、長重郎は一切見たことのないカードだった。
そのカードは、買おうと思えば50円玉でお釣りの来るし、それどころか値札のついたショーケースに飾られることすらない。
カードショップの片隅、一山いくらの処分品カードの束から探すことの方が苦労するような弱小カード。
コストに対して脆弱なサイズ、相手ターンには猛毒を発揮できない防御力の低さで、決して強いカードではないことを長重郎は即座に察した。
だが、そのカードがこの状況ならば、何よりも強力な1枚であることをという危機的なテキストであることも同時に解していた。
「《商人》の効果によって……《弩級弩弓亀》は……猛毒を得る……!?」
「その通り! 長重郎! お前も知っている通り、猛毒持ちのモンスターからのダメージは……!」
「バイタリティに関係なく、一撃必殺のダメージ……!」
「《弩級弩弓亀》の効果発動! 二段階弱体化させ……2体の《破滅を定義する者》を砲撃する!」
奇兵の宣言を受け、またもやキューキューとバリスタートルが吼えるように鳴く。
隆起した甲羅が背中の滑車に装填され、それにバジリスクの商人が自分の牙から抽出した毒液を刷毛でペシペシと塗る。
コミカルな立体映像ではあるが、それがいかに致命的なものであるか、誰もが分かっていた。
放たれた角は、悪魔たちからすれば小さなものではあったはずが、塗られた猛毒は、いともたやすく二体の悪魔を死に至らしめた。
「《定義する者》、撃破……!」
立体映像によって産み出された黒い翼は、轟音と共にフローリングに叩きつけられ、その体を霧散させた。
先ほどまでは飛行する悪魔を描写するために青空も同時に投影していた立体映像も消え去り、天井が戻ってきたことで部屋の中に影が差した。
それはちょうど、長重郎の盤面とリンクするように光が抜け落ちるようだった。
《破滅を定義する者》
戦場→破壊、墓地へ。
《破滅を定義する者》
戦場→破壊、墓地へ。
「……ぐぁあああああああ!」
「戦闘後メインフェイズ! 手札から《凡庸の排斥》を発動!
手札を確認し……《きらめく電光》を捨ててもらうぜ」
凡庸の排斥 【紫】
魔法
対象のプレイヤーの手札を公開する。
対象となったプレイヤーの手札から1以上4コスト以下のネームドでもないカード1枚を指定し、墓地へ捨てさせる。
(コアカードのコストはゼロであり、捨てさせることはできない)
きらめく電光 【1赤】
魔法カード
奇襲(このカードは任意のタイミングでプレイできる)
任意の対象に300ポイントのダメージを与える。
手札破壊カードの温存……!
ここで長重郎の手札を確認し、奇兵は手札から火力カードを落とす。
それは、明確に長重郎の勝機をむしり取る一撃だった。
今、奇兵の戦場には毎ターン、モンスターを強化する《訓練教官》、猛毒を付与する《商人》、そして任意のモンスターにダメージを与える《バリスタートル》がいる。
この3体が揃っている限り、どんなモンスターを出しても除去されるのみ。
突破するにはいずれかを除去しなければいけなかったが、その手段が消えたのだ。
「ターン終了だ」
「テイクターン、ドロー……っぅ、モンスターを召喚、終了……!」
「ターンをいただく! ドロー! 戦闘に入って《バリスタートル》を強化し、射出――!」
――その後、長重郎が除去を引き当てたのは3ターン後だったが、既に遅し。
展開しても撃墜される長重郎をさしおき、奇兵によって横並べされたモンスターたちが容易く長重郎を殴り切ったのだ。
長重郎:LP0