#5:アーマーリザーズ
ドラ息子チーム 対 女子高生&女刑事チーム
葉山礼司✕―〇伊藤ステラ
田川末男✕―〇伊藤ステラ
洞須ニコラ〇―✕伊藤ステラ
洞須二コラ ― ホームレス
神木長重郎 織宮翼
実力。
敗因はそれだった
ステラはコントロールされ尽くし、盤面を制圧され、なすすべもない状況だった。
ゲーム前に試しに対戦したみたが、翼も基本はできているが、プロに立ち向かえるかは怪しい実力だ。
快勝した二コラの背後、ステラにボコられたバカ息子と刑事部長が何かを言っているが、ステラの耳には届かなかった。
――そのふたりの隣、直近の世界大会を制した世界最強の男、神木長重朗まで控えている。
絶望的な状況とは正にこのこと。
そんな中、二番手として机に向かうホームレスは、こういうのだ。
「ステラ、堂々としたナイスゲームだったな」
「はい!」
地元カードショップの小さな大会で負けた友人にそういうような、本当に気楽そうな男の言葉に、ステラは無意識に元気な返事をしていた。
まただ。
試合前に重圧を消し去ったように、またしても敗北の余韻だけをホームレスの男はステラの中からかき消して見せたのだ。
「一試合目も二試合目も、今負けた三試合目も良いゲームだった。温まってきているな。俺も――」
ホームレスは、どこからともなく取り出したデックケースから、本人とは対称的なまでの新品のスリーブに読み取り用のオーバースリーブを付けたデックを机に置いた。
デックを置くのは丁寧な所作だったが、本人はどさっと座ってみせた。
「良いゲームができそうだ。対戦、頼む」
「女の子をふたり守るナイトさんね。楽しみにさせてもらうわ」
相手の風貌や容姿を気にする様子もなく、二コラは自らのデックのシャッフルを求めたところで、気が付いた。
「このスリーブは散弾銃? 強度もあるし、乾いた手触りが良いスリーブね。立体映像用のオーバースリーブが残念だわ」
「散弾銃。ドイツのメーカーだからな。ドイツ語で言った方が粋ってもんだぜ?」
「あら……それはそうね」
外国産のブランド・スリーブ。
国内メーカーより取り扱う店舗も少なく、輸入品で単価も高い。
目の前のホームレスは、自分の衣服はおろか家にすらカネを使わず、カードを保護する袋には明確な拘りを見せつけていた。
変人だと思うより先に、ニコラは妙な匂いを感じ取った。
それはもちろん、体臭・異臭の類いではない。
むしろこの男は、最低限、対戦相手への礼儀のようなものを心得ているような気配すら有る。
キレイとは言い難い風貌ではあるが、不潔とは感じられない。
奇妙。
ニコラは名状しがたい“何か”を感じ取り、情報を集めようとしていた。
「私は洞須二コラ。あなたは」
「俺はキヘイ。キヘイと呼んでくれ」
――キヘイ?――
二コラにはその名前には覚えがあったが、無意識に、というよりも、潜在的にありえないということで思考することすらなかった。
余計な推測は脳のメモリを圧迫するだけ。二コラのプロとしての処世術だった。
「……キヘイさん、ね。先手後手はサイコロで構わないわね?」
「結構」
ニコラ:5&3=8
キヘイ:2&3=5
「では、私の先攻」
「ああ。俺が後手をいただく。それでは……」
『よろしくお願いします』
声が重なった。
国の威信でも背負ったスポーツ選手のように堂々とした、ふたりの宣言。
ゲームは二コラから始まる。
「私のターン、《マッドの遅延コア》を設置、終了」
マッドの遅延コア
特殊コア
1ターンに1度、赤か青のエナジー1点を生み出す。
他に赤か青を生み出せるコアをコントロールしていなければ、
このカードは出したターンにエナジーを生み出せない。
2色以上のコア専用カードは、ふたつの色が出る代わりになんらかのデメリットがある。
ニコラはそのデメリットも把握し、使いこなしているようだった。
注目のホームレス、キヘイの1ターン目は。
「俺のターン、ドロー。紫コアをセット、終了だ」
紫コア
通常コア
1ターンに1度、紫エナジー1点を生み出す。
何の変哲もない基本的なカード。
カオスキーパーズは、デックに入れるカードによってゲーム展開がまるで異なる。
ステラの緑赤アグロのように序盤からモンスターを展開して殴り続けるデックもあれば、今回のように一手目にコアカードを設置しただけで終わることもある。
が、それからも得られる情報は大きい。
二コラ自らのデックは赤紫青、除去で序盤を捌き、終盤戦に強力な重量級カードを叩きつけて勝利する低速デック。
大枠ではステラとの試合で戦法を見せてしまっている以上、不利は有るが、プロである以上はその程度のことはハンデとしてはよくあることだ。
とにかく早く、この何もわからない奇怪な男の情報を集めなければならなかった。
次なるターン、ニコラはコアカードをセットしたのみで終了し、キヘイのターンだ。
「ドロー。《濾過コア》を置き、紫と緑のエナジーを生成。《鉄鱗のアナコンダ》をプレイし、エンドだ」
ガーデンの濾過コア
特殊コア
1ターンに1度、紫か緑のエナジー1点を支払うことで発動できる。
紫エナジー2点か、緑エナジー2点か、紫と緑のエナジーを1点ずつを生み出す。
鉄鱗のアナコンダ 【紫緑】
属性:爬獣・蛇
あなたのモンスターが強化を受ける場合、1段階多く強化される。
APP200/BP300
鎖のような音を立てながらとぐろを巻く大蛇。
それは、二コラも知っているカードではあったが、かなり意外な1枚だったようで、妙な間が生まれた。
「テキストを確認するかと、質問する必要もないな?」
「ええ。よく知っているわ。懐かしいカードね。そう……確か十年くらい前に流行ったカードだけど……しばらくぶりに見たわね」
カードには流行り廃りがある。
戦術が研究されて勝てなくなった、新しいカードと相性が悪い、単純に弱いなどなど。
《鉄鱗のアナコンダ》は、いかなる理由で使われていなかったのか。
最前線で大流行しているわけでもないカードを使うホームレスは、不敵に次はお前のターンだと手で示す。
「――ターンを貰うわ。ドロー。コアをセット、エンド」
「俺のターン、ドロー。コアセット、2エナジーから《アーマーリザーズの訓練教官》をプレイ」
アーマーリザーズの訓練教官 【1緑】
属性:爬獣・トカゲ・獣人・戦士
あなたの戦闘の開始時、あなたのコントロールするこのカード以外の爬獣属性のモンスター1体を1段階強化する。
AP100/BP200
「それは……!」
「戦闘に入っても良いか?」
「……それを通すと強化効果が誘発するんだったわね。戦闘フェイズへの移行宣言に対し、《訓練教官》へ向けて紫含む3エナジー、《闇の手招き》」
闇の手招き 【2黒】
魔法
奇襲(このカードは任意のタイミングでプレイできる)
モンスター1体を破壊し、そのカードのAPの半分に等しいライフを得る。
「《訓練教官》のパワーは100、よって50ポイント回復、2050」
「改めて戦闘宣言。《アナコンダ》でアタック」
「受けて200ダメージ、残り1850」
「戦闘終了。戦闘後メインフェイズだ。手札から《凡庸の排斥》をプレイ」
「! ピーハン、ここで?」
トレーディングカードユーザーの共有の和製英語……和製造語というべきか。
ハンドデストロイ(手札破壊)。略してハンデス。
更に相手の手札を覗いたうえで捨てることができるカードは、そこにピーピング(覗き見)を加え、略してピーハンと呼ぶが、この《凡庸の排斥》はその特性を備える代表的カードだ。
凡庸の排斥 【紫】
魔法
対象のプレイヤーの手札を公開する。
対象となったプレイヤーの手札から1以上4コスト以下のネームドでもないカード1枚を指定し、墓地へ捨てさせる。
(コアカードのコストはゼロであり、捨てさせることはできない)
使う順番に迷いがなかった。
セオリーとしては攻撃前に使い、作戦を立てることが多い。
今の場合も《訓練教官》を出す前に手札破壊で除去を抜くこともできた。
しかし、それだとニコルは除去を既に戦場にいた《アナコンダ》に撃っていた可能性も高い。
――気色悪いな。一見すればミスのようでもあるが誘導されたようで引っかかる――
あえて《アナコンダ》を守るため、毎ターン強化できる《訓練教官》の方が優先度が高いだろうと除去を誘い、その上で手札破壊を使った。
状況と二コラの性格を読んだうえで、《アナコンダ》を倒す選択肢を牽制した。
「その手札なら……《傲慢な徴収》を捨てろ。ターンエンドだ」
「私のターン……あら? これは良いカードを……コアをセットし、《山羊角の邪竜》をプレイ」
山羊角の邪竜 【1赤紫青】
属性:龍・魔・闇・炎・王
飛空(このカードは飛空を持たないカードにブロックされない)
このカードが対戦相手にダメージを与えるたび、相手は100ポイントにつき1枚の手札を捨て、あなたカードを引く。
赤X:任意の対象にXの百倍のダメージを与える。
AP400/BP300
それは先ほどステラを完膚なきまでに叩きのめした、二コラが愛用するドラゴンだった。
今引いたカード、先ほど手札を確認したときには存在しなかった1枚だった。
「これは、悪いわね」
「今引きはカードの華だからねェ。ターン貰うぞ。ドロー」
ずっと手札にあったカードを使うとテクニカルに温存したとも言えるが、今引いた強いカードを叩きつける戦術を揶揄する言葉、それが今引き。
しかしながら、キヘイの話す通り、トレカではそれがあるから面白いとも言える。
次に何を引くかを想定してプレイするのも実力の内であり、カードを引けるように構築するのも、また技量。
ただただ、キヘイは嬉々としてカードを引いている。
フード越しに除くキヘイの目は燃えていた。
キヘイもステラの人生を軽視しているわけではなく、必勝の意志でこの場にいる。
だが――いや。だからこそ、だろう。
このゲームを楽しんでいた。
真剣にカードに取り組む場に燃えているのだ。
このホームレス、紛れもなくカードに狂うバカ、紙切れこそが人生と宣う、カミバカに他ならなかった。