#10:決着
ドラ息子チーム 対 女子高生&女刑事チーム
葉山礼司✕―〇伊藤ステラ
田川末男✕―〇伊藤ステラ
洞須ニコラ〇―✕伊藤ステラ
洞須二コラ✕―〇牧門奇兵
神木長重郎✕―〇牧門奇兵
★☆★☆★★☆★織宮翼
「パァアアアアアアアアアアっっ、リィイイイイイイイっっ!
決! 着! 最新の王者と伝説の王者の試合は、伝説の王者が制したぁあああああ!」
「今のは……奇兵側が情報のアドバンテージを活かしきったわね」
「と、言いますと? ニコルさん?」
「第1ゲーム、先手番の長重郎が押し切った試合、奇兵は手札に《脱皮》が有ってまだ打つ手があったのに早めに投了したでしょう?
あれは、あの盤面から反撃するよりも、《脱皮》を持っているという情報アドバンテージを渡したくなかったからで、それが第3ゲームでしっかりと響いたわね」
「そんなに、ですか?」
「ええ。奇兵側はオリジナルデックで、“何を持っているか分からない”という印象が有ったけど、
第1ゲームをあっさりと落としたことで“除去さえあれば勝てる”という印象を長重郎は持ったはず。
けれど、あそこで《脱皮》という未知すぎるカードを見せてしまうと、長重郎が手札破壊を多用する展開もあり得たわけ。
現に第2・第3ゲームで長重郎は手札破壊カードを引いても使わなかったようだしね。
逆に奇兵はそこまで踏まえた上で、第3ゲームで最後まで手札破壊を温存していた……“自分のデックが知られていない”という利点を最大限に活かしたゲーム展開だったと思うわ」
「なるほど。とはいえ、そのためとはいえ、第1ゲームを捨てるのは思いきりましたね」
「あの盤面で《脱皮》を撃っても延命にはなっても逆転にはならないという読みでしょうね。
実際にお互いの手札を見比べると逆転はかなり厳しそうだったし、完全に読み切っていたわね」
配信室では、お互いの手札を確認しながらの視聴のため、当の長重郎よりも状況を把握していた二コラが、プロらしい解説を見せていた。
奇兵は長重郎の使っているリストは頭に入れていた。
それこそは、強力とされるカード群を組み合わせた有名デッキの宿命であり、別に奇兵が特別というわけではなく、ある程度、真剣にプレイしていれば大部分の採用カードや構成カードは把握する。
長重郎側からすれば、見えていないカードを考慮してプレイすべきだったというのは結果論でしかない。
モンスターの横並べという明確な脅威への対処を優先するのは必然的であり、除去や盾となるモンスター展開を優先した。
見えていない脅威を排除するために手札破壊を選択するというのは、結果的に正着であったとしても論理的とは言い難い選択だったのだ。
紙一重。
それでも、長重郎自身、手の上で踊らされたという感触は拭えない。
思考操作をされていたということも分からないほどの鈍感な男では世界大会優勝などできはしない。
ゲームが終わり、長重郎は二コラよりはるかに狭い視野の中、自分の置かれていた状況をほぼ完璧に理解していた。
「ありがとうございました」
「……あ、ありがとう、ございました……」
敗けた。
世界大会を制した最強の男だったはずが、敗けた。
呆然とする長重郎をよそに、ドヤドヤと隣の部屋から面々が入ってきた。
アッチョを先頭に二コラ、翼、ステラが続く。
どうでもいいことだが、敗北が決まった瞬間にバカ息子の葉山礼司と汚職刑事の田川が耳汚く喚いた。
やれ、“俺の人生はどうなる”だの、“助けてくれ”だの、まあ、些事であるが。
予測していたらしいアッチョの部下たちにスタンガンを浴びせられながら羽交い絞めにされ、拘束されて退場した。
――人間ってドラマと違ってスタンガンで気絶しないんだー、と、この先、何の役に立つのかよくわからない知識を与えつつ、今までの罪やらなにやら、適当に課せられて破滅することになっているが、まあ、どうでもいいだろう。
そんなこんなで、バカふたりを除いた残りのメンバーが同室に合流し、その中からインタビュアーのつもりか仮面の男、アッチョがマイクを向ける。
「パーリー! いやぁー! アツいゲームだった! 最高だった! まずはコメントを長重ろ……」
「せん……せい! すみません! 僕! 敗げばしたァ!」
「うん、見てた。良いゲームだったと思うわよ」
アッチョを無視し、長重郎はその横にいた二コラの顔もかすむほどの大粒の涙を流していた。
さきほどまでの堂々とした立ち振る舞いはどこへ行ったのか。
そうか、人生が掛かったゲームなんだから自分もコレくらい泣いてよかったんじゃないかとか、やはりステラはズレた感想を持ったりしていた。
「ぼく、ぼく……先生にふさわしい……最っ……強の……男になれたと思ったのに……先生をお嫁さんに貰うって……」
……ん?
泣き崩れたことには動揺せず、教え子の言葉を受け止めていた二コラの表情が急に固まった。
「……待って長重郎、あんた、今年で二十二って言ってなかった? あたし、四十歳よ?」
「先生は三十九歳でず! ぼくは先生になんて釣り合わない若造っ、で……でも、せめて、先生の隣にいられる最強の男になるって……でも、敗けて……」
「いや、うん、えっと、まあ、次の誕生日までは三十九だけど、なんていうか……とりあえず、あたしの胸で泣く? カモーン?」
「そんなごどばぁ! でぎまぜん! 敗げだ男にぃ! 先生の胸ばぁ! ぶざぁ……げっはァ、ぶざわじぐなっ……相応しくない! 勝った男のぉ、だけが! 先生の胸に相応しい!」
「俺は勝ったけど二コラの胸なんて興味ねーぞ」
「キザマァ! 牧門奇兵ぃいいいい! 先生の胸で泣けるのに泣かないとは! 許ざねえええええ! 泣け! 泣けええええ!」
「あたしも奇兵に胸貸す気はないんだけど……」
「うぁああああああああ! あああああああ! 先生ー! ごべ、あ、ごべんなざあああああ!」
「……ナニコレ?」
「……さあ?」
先ほどまで届かない上級者たる試合をしていた奇兵、長重郎、二コラがそれぞれに子供めいたというより、子供以上に子供っぽい会話をしている姿を横目に、翼とステラは互いに顔を見合わせた。
一拍置いて、泣きそこねた自分たちだが、一つの危機を乗り越えたことを互いに微笑みで確認し合うのだった。
「……で! 勝った牧門奇兵! 実は……エキシビジョンがあるんだ」
「エキシビジョン?」
「賭け自体はもちろん、あなたたち女子高生&女刑事チームの大勝利!
しかぁし! 盛り上がりに盛り上がったこの場! もう1試合を受けてもらいたい!
対戦カードは“帰ってきた伝説”牧門奇兵VS“戦う組長”明堂哲人だ!」
しゃがみこんで泣き続ける長重郎は聞こえていないようだったが、その肩を叩く二コラは、露骨にその名前に反応していた。
もちろん、翼やステラにしても無視できる名前ではない。
昨夜、この戦いを強要した童顔のヤクザ、その名前だったのだから。
暴力団・屍携会の組長であり、今回のこの状況を設定した張本人。
極道同士で揉め事が起こるたびに抗争やマネーゲームをしていては生業としては成り立たない。
賭け試合以外にも代理戦争の手段は必要なのだ。
将棋や麻雀、対戦格闘ゲームまで用いてきたが、近年、極道がカードゲームをしているのかという理由の根幹でもある。
“組長がカオスキーパーで最強だから”だ。
殺し合い撃ち合いの抗争となっても最強の戦闘力を誇る屍携会が“カードで決着を付けよう”と持ち掛けるならば、それに従うしかない。
その組長自身が最強のデュエリストであるというのならば、その勢力は更に盤石となっていく。
「……なぁるほどねェ。だから俺たちのチームは3人だったのに、あちらさんは4人だったってわけね」
「ままま。そういうところは置いておいてくださいな。対局料は一千万、明堂組長に勝てば、賞金で九千万追加で合計一億円! 敗けてもデメリットなし! もちろん答えは!」
「断るが」
「そう! 断るしかない! なにせ……え? はえ?」
アッチョのタレントめいた所作が一瞬にして抜けて少年のような声になった。
「先約がある。約束は守る男はモテるって聞いたんでね。遠慮させて貰うぜ」
「いやいやいや! それはないって! 組長も今、こっちに向かってるんだ! 試合だって小一時間くらいだし……!」
「約束は約束だ。ステラ、翼、お前たちもどうだ? 夏の思い出にな」
莫大な賞金を提示され、極道が支配する空間で、いともたやすく奇兵は言い切った。
平然と日常そのもので、奇兵は自分が守り切ったふたりの女性を引き連れて、収録スタジオから出て行った。
戦いは正午から始まっていたが、既に、日が落ち始めていた。




