恩返し
カフェを出ると、少し日差しが眩しかった。
支払いを終えたオムちゃんが後から出てきた。
「全部奢ってもらうのってアレじゃないかな。申し訳ない気がする。」
「私の方が年上だし。恩返ししたかったから。」
「恩返し?」
「まだ時間あるならコーヒー奢ってよ。」
オムちゃん眩しい笑顔にやられて、数時間前はどうやって逃げるか考えていたのに、コーヒーのチェーン店に移動することになった。
さっきはカウンター席で緊張したから、テーブル席をキープしてレジに並んだ。
オムちゃんが黒板を指して、ヒソヒソ話しかけてきた。
「ねぇ。アイスアメリカーノある?メニュー多すぎて見つからない。」
確かにアレが全部英語だったら私も読みきれないかも。
「アイスコーヒーならあるよ。」
オムちゃんは私の耳元で「それにする。」と囁いた。
息が耳にかかって、びっくりしすぎて固まった。
本人は無意識なんだろうけど距離感がバグってる。
こんなに意識しまくりなのは私だけですか。
「今度耳元で話したら絶交だから!」
恥ずかしくて怒ったら、オムちゃんは耳の垂れたワンコみたいにしゅんとした。人たらしの見本でしょうか。可愛いから許しちゃうじゃないですか。
注文するだけで感情を引っ掻きまわされて生きた心地がしなかった。
オムちゃんはアイスコーヒーを私の方に置きながら、言い訳をし始めた。
「私、声が大きいみたいで、発音も下手で目立つみたいだから、小声で話そうとしたら近づきすぎたみたい。」
目立つのは声のせいだけじゃないと思うけどな。
足を組んで座る姿は、アイドルかモデルかと思うぐらいに整っている。
もう数時間は一緒にいるはずなのに、このカッコいい姿に慣れない。
「リリとはずっと仲良くしたいんだ。嫌なことあったら、すぐに言ってね。」
何でこんなに怖いくらいに私に従順なんだろう。
「別にそこまで密な関係じゃなかったじゃん。電話もしないしDMで世間話したぐらいで。」
「リリにとってはそうかもしれないけど…私は、リリが唯一の味方みたいで、ずっと会いたかった。」
オムちゃんの顔を見たら、ウルウルと涙目になっていた。
「ちょっと、ちょっと…」
人生で男の人に泣かされた事はあるけど、逆は経験なくてどうしたらいいか困る。
オムちゃんは、ちょっとうつむいて涙が収まるようにジッとしていた。
いたたまれない気持ちになって、アイスコーヒーを口にした。
落ち着いたのか、オムちゃんはポツポツと今までの経緯を話し始めた。
最初にDMをくれた日すごく辛かった事とか、理解できないけど私に嫉妬して海に行った事とか。
そんなに重い意味でいいねを押していた訳じゃなかったんだけど、と言いそうになり飲み込んだ。私の言葉や行動が、こんなに他人の人生を左右することになるとは…いいんだろうか?
「オムちゃんは、今は幸せなの…?」
「うん。」
迷いのない返事にホッとした。
「3年間かけて、リリに恩返しするから。なんでもする。」
「いや、いや、もうパフェ奢ってもらったし十分だよ。時々またこうやって話したりしようよ。悩みを溜め込むのは体に悪いから。ね、また今度。」
カバンを手にして腰を上げようとしたら、オムちゃんがボソっと言った。
「リリちゃん、そうやって逃げるの?」
「いやいや…。逃げ…てはない…よ?」
嘘をつこうとしても、オムちゃんの真っ直ぐでくもりのない瞳を見ると目が泳いでしまう。
正直、逃げたい。イケメン耐性もないのに、神様でも崇めるみたいな目で見つめられて、私は何も与えられないよ。
思い返しても、DMではしょうもない話しかしていなかったのに、どうしてこんなに重くて大きい感情になっちゃったんだ。
もしかしてヤバい人に出会ってしまったのではないか。
今のところ害はないけど、重たすぎて私には支えきれない。
かと言って断る勇気がない私は、気がついたら自ら首をしめるような約束をしてしまっていた。
「来週またデザート食べに行こうか…。」
あぁ、オムちゃんの笑顔が眩しすぎるよ。