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オムちゃん改めオムくん

私はオムちゃんと目白駅から少し歩いたところにあるカフェに入った。

行く途中に何を話したのかよく覚えてない。気を使うようにオムちゃんから話しかけてもらって、返事をするので精一杯だった。

オムちゃんはスマートにカフェの扉を開けて、先に店内に入れてくれた。こういう扱いをしてもらうの初めてで緊張する。

メニューを選ぶでもなく、これからどうするのが正しいのか考え込んだ。

このカフェに行くのは、ずっと前から約束していた。

オムちゃんが東京に来るって聞いて、どこのデザートを食べに行こうか毎日相談して決めたお店だ。

カウンターがメインの小さなカフェは季節のパフェが有名で、私もすごく楽しみにしていた。

オムちゃんが男性だと知っていたら、私は会っていたかな。

トイレ行くふりして逃げる?それとも早く食べて速攻さよならする?

沈黙が流れる中、横に座る謎のイケメン、少し前までSNS上の私の親友だったはずのオムちゃんが口を開いた。

「悩むよね。」

「え?」

「フルーツサンドも気になるし。季節のパフェは桜パフェだって。なんで昼メシ食べちゃったんだろう。ランチも美味しそう。オムライスだって。ねぇデミグラスってどんな味?」

「ははっ」

思わず笑ってしまった。見た目はお兄さんだけど、オムちゃんは、オムちゃんなんだ。

私達はフルーツサンドと桜パフェをシェアすることにして注文した。


「オムちゃんってオムライスが好きとかでオムちゃんなの?」

「本名だよ。厳しいって書いてオムって読む。」

財布から身分証みたいなカードを取り出して見せてくれた。

厳泰羽(オムテウ)というのがフルネームらしい。

オムライスじゃなくて厳しいと書いてオム。名字とはいえイメージが真逆で面白い。

生年月日が1998年……。

「私より4歳上なんだね」

「そうだよ。敬ってね。ふふ…」

さっきまでパフェを選んでいた少女みたいな人が、急に大人っぽく笑った。

「リリは何でリリなの?」

「私も本名だよ。」

紙ナプキンの端に莉里(りり)と書いた。

「漢字綺麗に書くね。」

急にジッと見られて書いている指先まで熱くなった。

「オムちゃん…というか、オムくんが女の子だと思っていて、今まで失礼なことしていたかも。ごめんね。」

「お菓子作ってたから?」

「うん。一人称が私だったし。」

オムくんは眉間にしわを寄せた。

「あ〜〜。それ難しいんだよね。俺とか僕とか日本語はいろいろあるでしょう。失礼があっても困るし面倒だから私に統一してた。」

「韓国は一人称ひとつだけなの?」

「男女差がなくて、敬語の時はチョ、タメ口はナ。」

「へぇ…。」

別に韓国語に興味はないけど、オムちゃんの口から知らない言語が出てくるのは不思議だった。

心の中ではオムちゃんと呼んでもいいかな。

見た目はオムくん…いや韓流スターの⚪︎⚪︎様とかアイドルみたいな感じだけど、やっぱり気が合うし、散々SNS上で悩みを打ち明けたり、嫌なことも好きなことも知ってるから、こうやって話すのも楽だな。

「私も少しは韓国語分かるよ。」

「え、そうなの?話してみて。」

「キムチとかスンドゥブチゲとかサムギョプサルとか…。」

オムちゃんは、プッと吹き出すように笑った。

「全部食べ物じゃん!」

「友だちがK-POP好きだから、一緒に新大久保とか行って食べてるうちに覚えたの。」

「面白いな。他にも覚えてるのあるの?」

「挨拶の…なんだっけ?あの…サランヘヨ。」

言った瞬間、変な空気になった。

オムちゃんは大きくまばたきをして顔を赤くした。耐えられなくなったのか、うつむきながら笑いをこらえている。

「そんなに発音おかしい?こんにちはってサランヘヨじゃない?」

オムちゃんは両手で顔を覆いながら、息するのも難しいくらいに笑っていた。指の隙間から私をからかうような目が見えた。

「もう一度言って?사랑해요(サランヘヨ)

「サランヘヨ…」

語学の授業みたいに反復したら、オムちゃんは「ふひゃひゃ」と変な声で笑って、脇腹をくすぐったみたいに脚をバタバタと動かした。

息を整えたオムちゃんは頬杖をついて私をジッと見つめてきた。ムダに顔面偏差値が高くてズルい。

「もう一度言って?」

意味わからないけど、絶対言っちゃダメなやつだ。

「もう、やだ!」

「ケチだな。」

「オムくんって変な日本語ばっかり知ってるよね」

オムちゃんは、ふふっと笑って言った。

나도(ナド) 사랑해(サランへ)

意味は分からないけど、ふざけてるのは分かる。

ズルい。私には分からない言語でからかって楽しそうにしてるの、ズルい。あの優しくて知的な年上のオムちゃんはどこ?こんなに子供っぽい人だったんだ。さっき駅で会ってから感情が引っ掻き回されて、翻弄されて、全然落ち着かない。


「お待たせいたしました。」

変な空気を断ち切るように、フルーツサンドと桜パフェが目の前に置かれた。

「美味しそう〜」

私とオムちゃんの声がハモった。

不思議なくらいデザートの好みが似てるんだよなぁ。

「写真撮っていい?」

オムちゃんはササッと数枚撮ってから、私にスプーンを渡した。

「もっとゆっくり撮っていいのに。」

「我慢できない!早く食べよう!」

フルーツサンドはいいけど、男の人とパフェをシェアするのってどうなんだろう。今まで散々女友達みたいに話してきたけど、実際どう見ても男の人だし、付き合ってもないのに恥ずかしい気がする。

「リリちゃん、この部分ババロアみたいで美味しいよ。」

オムちゃんは、スプーンですくって私の口元まで持ってきた。

人たらしだ。なんでこんなカッコいい人に私は構われているんだろう。後で壺でも売りつけられそう。なんの目的なんだ。

「じ…自分で食べれるから大丈夫。」

冷静を装って、スプーンでパフェをすくった。

苺ベースのシロップと桜のババロアが舌の上で甘く溶けた。

「本当に美味しいね。」

私はつまらない意地は忘れて、仲良くパフェをシェアした。

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