いいねをしました。
頭を冷やそう。部屋着にサンダルのまま外に出た。
俺の家の近くの路地は大学にも近くて、酒を飲む店が多いから夜中でも明るい。
チキン屋の前でふと友だちの顔が浮かんだけど、今夜誰かと飲みに行ったら余裕で喧嘩する自信がある。1人でいるべきだ。
親や友だちの反応を見なくたって、自分がアホなことをしている認識はある。だけど正面切って反対されると辛い。何歳までなら夢を追いかけることが許されるんだろう。
クソ真面目に高校生活を受験に捧げて、ソウルでも指折りの大学に入ったんだから、もう親孝行出来たと思っている。
後は自分の好きなことに挑戦したい。
日本に留学してパティシエになりたいと話したら、趣味じゃダメなのかと母親に泣かれるし、親父はだんまり決めて、家の中は葬式みたいに最悪に暗い。
挙げ句の果てに先週、彼女から何か違うと言われて振られた。
このまま大学卒業して大手に就職すれば、「違わなかった」になったのか。俺の価値は学歴だけなのかよ。
家から1番近いコンビニはウナギみたいにヒョロ長くてこぢんまりとしている。夜中は品出しをしているから段ボールが積み上がってさらに狭い。避けるように奥に進むと死んだ顔みたいな店員が1人無言でカップ麺を並べていた。ふいに防犯ミラーを見ると自分の顔が映ってびっくりした。あの人より俺の方が死んだ顔じゃん。
アイスを喰うかそれとも酒かと真剣に悩んだ末に、1800ウォンの焼酎を数本買って外に出た。
こんなことさえ時間をかけて悩んで非効率すぎる。自己嫌悪と劣等感で消え去りたくなる。誰かに肯定してもらいたい。
その時スマホから通知が来た。
《リリさんがいいねをしました。》
いつも夜中に「いいね」を押してくれる人だ。
サブ垢だったお菓子のアカウントが、ここ最近の自分の救いになってる。というと大袈裟な言い方に聞こえるかも知れないけど、「いいね」の数が分かりやすく承認欲求を満たしてくれる。ひとつ画像をアップすると平均で200〜300くらいの人がいいねしてくれる。バズるというレベルじゃないけど、一般人の俺の気持ちがたかぶるには過分な数だ。それに数とか関係なく地球のどこかには自分を受け入れてくれる人がいるという安心感がある。……現実逃避とも言えるけど。
「いつもいいねありがとう。」
気まぐれみたいに、リリさんのところにコメントしてみた。
短い文でも脳内で韓国語で考えてから日本語に変換するからなのか、気が紛れて少しだけスッキリした気がする。
帰り道は坂を登るのがダルいけど、リリさんから返信が来て、世界には俺を受け入れてくれる人がいるんだと大声で自慢したいくらい嬉しくなった。
家に帰ってからも焼酎を飲みながら、リリさんの海の写真を眺めていた。
このリリさんって人は、この海の写真一枚しかアップしてない。
こういう人は現実が満たされているから、承認欲求のための写真なんていらないんだろうな。
酒のせいか会ったこともない外国人にまで嫉妬をした。
マジで終わってるな。
気がついたら空になった焼酎のビンが4本転がっていた。
足りない。
結局、頭を冷やすどころか熱がこもったまま布団に潜りこんだ。
明け方まで体勢を変えたり、目を閉じてみたりしたけれど、全然眠れなかった。
今日は天気もいいし大学サボろう…。
アプリで束草の行き方を調べた。高速ターミナルからバスに乗れば海岸の近くまで行けるみたいだ。
海に行けば、承認欲求のいらない人生になれるだろうか。
よく知りもしないリリという人に嫉妬して憧れて、突き動かされるみたいに外に出た。