カスタードプリン
オムちゃんが何か決意したような顔で言った。
「ウチ寄ってく?」
それは、展開早すぎじゃないかな?
私まだ、さっきのことも消化できてないよ。
私が何も言わずにいたら、オムちゃんは言い訳がましく早口で話し始めた。
「あ、何にもしないよ。本当に、もう何にもしない。信じて…。たぶん、ヒョンかジフンもいるし、2人きりにはならないから。本当に何にもしない。大丈夫だから。」
必死に何度も同じことを言うからますます怪しい…。
「あのねっ、今朝プリン作りすぎて、冷蔵庫を占有したらヒョンに怒られたから、早く食べちゃいたくて。プリン食べるだけ。」
畳みかけるように珍しくオムちゃんは早口で話した。発音も音量も抑揚も変で、時々何を言っているのか聞き取れない。
「プリン…。」
私は、かろうじて聞き取れたプリンという言葉を反復した。
酔っ払ったせいなのか、甘いものが食べたくなる。
軽率にオムちゃんの家に来てしまった。
玄関のドアを開けると部屋の中は真っ暗で、オムちゃんは電気をつけた。
「誰もいないの?」
「そうみたい。休みだし飲みにでも行ってるのかな?」
オムちゃんは全然気にしてない様子で、かばんを下ろした。
「そっちで待ってて。」
私は、ローテーブルの端で正座して、プリンが来るのを待った。
オムちゃんは、プリンの型から器用にナイフで取り出してお皿にプリンをのせた。型の底からカラメルがとろりと出てきた。
「足、辛くないの?」
プリンを持ってきたオムちゃんはあぐらをかいて座った。
私も少しだけ足を崩した。
「オムちゃんが作ったお菓子、初めて食べるね。」
「もっと特別なのを食べさせてあげたかったなぁ。」
「えー。これも特別だよ。オムちゃんが作ったんだから。」
ひとくち食べてみると、バニラの香りが広がった。
「うわぁ。すごい柔らかい。」
「へへ、ちょっと柔らかすぎだよね。今度はもう少し硬めに作ろうかな。」
美味しくて、秒で食べ終わってしまった。
「プリン食べるだけ」だから、帰った方がいいよね。
オムちゃんが無言で立ち上がって、別の部屋に入って何か持ってきた。そして私の真横の触れるか触れないかの位置に座って紙を見せた。距離感…。
「これが宿題の作文。今週は、これのせいで必死だったんだ。」
オムちゃんの手書きの文字を初めて見た。間違えないように頑張っているのか漢字の部分が筆圧が強くて、ひらがなは大きかったり、小さかったり、そのせいで文章が波打っているように見える。話す時ほとんど日本人と変わらないから、ちょっと意外なくらい幼く感じる。
それに何度も消して書いた跡がある。こんなに努力をする人なんだ。
何気なく読んでいたメッセージも、今まで話してくれた言葉も、本当は一生懸命振り絞って出てきた言葉なのかな。
「変なところある?」
「ちょっと待って、ちゃんと読むね。」
「ぜんぜん変なところないよ。日本人でも、こんなに書ける人いないんじゃないかな。」
振り向いたら、思ったよりオムちゃんの顔が近くにあった。
さっきのキスの距離だった。
「オムちゃん、何にもしないって言ったよね…。」
気まずくて視線を横に流した。
「何もしてないよ。ただリリを見てただけ。」
その色気のある目つきで「何もしてない」と言うのはズルい。
目線だけで、いろいろ見透かされて、遊ばれているみたいだ。
ガチャッ。玄関から音がした。
玄関からリビングまでは遮るものがなくて、靴を脱ぐジフンさんと目があった。
ジフンさんは、かなり大きな声で「あ」と言った。
そしてもう一度、靴を履いて玄関を出ようとして、オムちゃんは何か韓国語を言ってそれを止めていた。