かわいいねこ 〜 グロマンティックなカップル 〜
グロ小説注意!
助手席に莉奈を乗せて、遠くの町まで二人でドライブに行った時のことだ。
人家のない山道だった。道幅は広く、初夏の爽やかな森に囲まれた中を、ぼくらを乗せた車は軽快に走っていった。
莉奈はご機嫌だった。お目当ての本格台湾料理店の小籠包が早く食べたいと、声を弾ませていた。ぼくも楽しい気分で、ぼくのお目当ての料理の話をすると、莉奈は「それは絶対に食べたくない」と言った。
時刻は午前11時前だった。誰かに見られたら恥ずかしいぐらいの笑顔で車を走らせていると、ふいに莉奈が前方を指さして、言った。
「あっ、ケンジ! 見て、見て! かわいいねこ!」
行く手の薄青いアスファルトの上で、ねこだかなんだかわからないものが肉塊になっていた。車に轢かれたのち、次々と踏まれたのだろう。それはもはや原型を留めていない。かろうじてねこだとわかるのは、頭部がそのままの姿で残っていて、恨めしそうにこちらを向いているからだった。
莉奈は身をよじらせてはしゃいでいた。
「見た? 見た? ピンク色の長いのがぴょーっ! ってはみ出してたよ」
うん。確かに小腸だかなんだかが派手に飛び出して、道路の上にぶちまけられてたよね。
ぼくは答えた。うんざりした声で、
「莉奈のそういうとこ、わからない。なぜあれをかわいいと思うの?」
「わからない? 綺麗じゃん! かわいいじゃん! あのねこの顔、ちゃんと見た? あの、心から痛そうな、あの本気の表情が尊いの」
「ふーん。引き返す? 止まって、近くで見ていく?」
「だめよ。あんまり近づくと夢が壊れるじゃん。遠くから見てるだけがいいんだよ」
ぼくは少しだけ車の速度を上げた。莉奈はタヌキでもイタチでもヘビでも、路上で動物が轢かれているのを見ると「かわいい」と言って大はしゃぎする。大きな鹿なんかが目をかっと見開いて斃れていたりしたら狂喜乱舞だ。
これさえなければ莉奈は理想的なカノジョだと思う。だから別れようと思ったことはないが、しかし『イチブがゼンブ』とか言うしな……。これから先、莉奈の嫌なところを次々と見せられそうな気がして、少し憂鬱だ。
その台湾料理店は『鼎泰源』という店名で、遠くから遥々お客さんが来るような有名店ではない。ただ、台湾料理店の看板を掲げていながらアジア各地の本格料理が食べられるということで、珍しいもの好きな者には人気があるという話だった。
ぼくらカップルは珍しいものが好きな自信がある。莉奈は小籠包をまず堪能すると、ベトナムフォーと魯肉飯を交互に食べ、ちょっぴり辛いチベット・モモを間に口に頬張り、デザートはマンゴーかき氷でシメると張り切っていた。
「お、来た来た!」
ぼくが喜びに手を叩くと、莉奈は顔をそむけた。
ぼくの注文した料理がやって来た。『猿の脳みそそのまんまボイル』だ。無念そうに目を閉じた猿の生首がそのまま入れ物になっている。
メロンアイスの蓋みたいに頭蓋をはずすと、美しい鱈の白子みたいな脳みそが現れた。
「たまらん! いただきまーす」
美しいシワを割いてスプーンを入れ、丁寧に一掬いすると、口に入れた。意外に固さがあったが、舌に乗せるとトロンととろける。味はかなり淡泊だったが、その舌触りだけでぼくは恍惚となった。
「おいしいの?」
注射をされている自分の腕から目をそらす子供のような顔で、莉奈が聞く。
「一口食べてみる?」
体の芯から震えるように莉奈がぷるぶると震えながら、首を横に振った。こういうところ、つまらないな、コイツは。食の冒険に興味をもたないなんて。面白半分にでもいいから食べてみればいいのに。
「竹蟲の素揚げ、お待たせしましたぁ〜」
褐色の肌の旗袍(チャイナドレス)姿のお姉さんがまた凄いものを持ってきてくれた。竹蟲とは蛾の幼虫だが、なかなかにデカい。それをカラリと香ばしく揚げたものが大皿に山盛りになっている。
「うまそー!」
たまらず箸で一つ、特別大きいのをつまむと、もぐもぐと咀嚼する。面白い味が口の中に広がった。タイの人にとってはこれはご馳走なんだそうだ。味わって食さなければ。
莉奈を見ると泣きそうな顔になりながら、口を大きく開けてぼくが竹蟲をバクバク食べるのを見ている。欲しいのかなと思って勧めてみると、罵倒された。
「もう! ケンジにそのゲテモノ趣味がなかったら理想のカレシなのに!」
ゲテモノ趣味とはなんだ。てめーに言われたくねーよと思った。路上でミンチになってる動物を『かわいい』とかいうほうがゲテモノ趣味じゃねーのか。ぼくの崇高な趣味がわからんコイツとは、別れたほうがいいのかな。
帰りにはとっぷりと日が暮れていた。
車の中で二人、会話がなかった。
疲れた。なんだかそれぞれには楽しかったけど、一緒に同じものを楽しめなかった感じがする。
助手席の莉奈を見ると、やはり彼女も疲れたように窓の外を眺めていた。だるそうだ。
このままじゃいかんなぁ……。
楽しいデートにするつもりで来たのに。
せめて最後に何か、一緒に楽しいことをしないと、これが最期のデートになってしまいそうだ。
「なあ……、莉奈」
ぼくが話しかけると、
「……何よ」
莉奈もおんなじことを考えていたような声で、不機嫌そうに言った。
ぼくは道路脇に車を停めた。
「ちょっと森に入ってみないか?」
夜の森は見事に不気味だった。LEDの懐中電灯を頼りに、ぼくらは草を掻き分け、幽霊のような木々のあいだを入っていった。
「ゾクゾクするね」
莉奈の声が弾んでいた。
計算通りだ。肝試しのようなというか、吊り橋効果みたいなものをぼくは狙っていた。二人で怖い場所に入ってドキドキすれば、消えかけていた愛がまた燃え上がるんじゃないかと思ったのだ。
「そういえばこのへん、首吊り自殺の名所だそうだよ」
ぼくは莉奈をもっとゾクゾクさせようと、適当なでまかせを言った。
「首吊りしてる人に出くわしたりして?」
莉奈はぴょんと嬉しそうに跳ねると、黄色い声を出した。
「うわっ。それってグロマンティック!」
「グロマンティック?」
「うん! なんていうか、グロいけど、ファンタジーで現実飛び越えてる感じがするじゃん? それ!」
語彙の貧弱さに吹き出しかけた。『グロいけどファンタスティックで幻想的』とでも言いたいんだろうな。まぁ、女の子はちょっとぐらいバカなほうがかわいい。
そう思いながら草を掻き分けると、木の枝からぶら下がった白い両足をライトが照らし出した。
「うわっ!」
「うわわわわーっ!」
思わず二人で喜びの声をあげた。
女の人が首を吊ってユラユラと宙を漂っていた。体の中のものを全部地面に出しちゃったみたいな感じで、凄い匂いがしていた。風は背中から吹いていたので、見るまで気づかなかった。
「凄い! ほんとうに見れちゃった!」
莉奈が大喜びだ。
「なるほど! これがグロマンティックか!」
ぼくも胸がときめいていた。
二人で写真をたくさん撮った。それぞれに首吊り死体と並んで笑顔でピースサインをしても撮った。自撮り棒を持って来ていてよかった。3人一緒の写真も撮れた。
よかった。二人で楽しめるものを最後に見つけた。ぼくらは違う性癖の人間どうしだけど、こうして似ているところもあるんだと感じることができた。
ああ……、最高のデートだった。終わりよければすべてよしだ!