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傭兵崩れとオネエの頭領

 悲しみに暮れながら自分の屋敷までの大通りを歩く。


「プロテイン、飲んだらば、筋肉もりもりばーきばき。推し見たい、推し見たい、壁になりたい、推し見たい……はぁ……」


 負荷をかけていないのに背中に重りを背負っているかのように体が重い。


(やっと生で見られたのに……でも、推しのピンチを救うことはできた、はず……そうよ!)


 体を起こして空を見上げる。雲の隙間から差し込む光が祝福するように私を照らす。


「私は推しの研究費を守った!」


 拳を作って掲げる。風にのって推しの残り香が私の鼻に触れた。


「これはっ!?」


 倒れかけた推しを支えた袖にかぶりつき、匂いを嗅ぐ。ミントのように爽やかで、それでいてほんのりと花のような甘い……


「あぁ、これが推しの匂い……これだけで生きていけ…………ハッ! この匂いの香水を作れば、いつでも推しの匂いが嗅げるのでは!? この匂いを忘れないうちに……」


 ドンッ!


 何かが肩にぶつかった。


「いってぇな! 肩が外れちまったじゃねぇか! 治療費よこせ!」


 これまたベタな当たり屋のセリフ。


 呆れながらも声の主を見れば、これまたベタな傭兵崩れ。筋トレをしていないのか、筋肉が崩れて脂肪が多くなっている。

 スキンヘッドの大きな体が左肩を押さえて私に怒鳴った。


「何、黙って見てるんだ! さっさと治療費を払え!」

「どうした?」

「何かあったか?」


 傭兵崩れの仲間らしき男たちが集まる。いや、全員傭兵崩れっぽい。一度は鍛えられた筋肉が残念なことになっている。あぁ、鍛え直したい。

 男たちがじろじろと私を見てニヤリと汚い笑みを浮かべた。


「なかなかいい服着てるなぁ」

「どこの坊ちゃんか知らないが、痛い思いはしたくないだろ?」

「それとも自分の治療費も払うようになりたいか?」


 話ながら私を囲んで逃げ道を塞ぐ男たち。


(もしかしなくても、これってピンチ?)


 私は男たちの動きに注意しながらスキンヘッドの男に言った。


「すみません。外れた肩は直しますので、肩を見せてください」

「は? 何を言って……」


 戸惑うスキンヘッドの右肩に触れる。三角筋があるべき部分が凹んでおり……


「あ、本当に外れてた。治しますね」

「は? いでぇ!?」


 ゴリッという音とともに外れていた肩をはめる。まさか、あれぐらいで肩が外れるなんて。

 筋肉を制するのは筋肉。健康体(マッチョ)を目指す者ならば、体の構造を知っておくことは必須。究極の健康体(マッチョ)に近い祖父からの教えと言葉。

 あとヤクシ家の者として治療の心得はある。


 私は肩を押さえるスキンヘッドから離れた。


「これで治りましたよ。もしかして、よく肩が外れます? 癖になったらすぐに外れるので、気をつけたほうがいいですよ」


 私を囲んでポカンとする男たち。だが、その内の一人が慌てたように言った。


「そんな簡単に治るか! デタラメを言うな!」

「でしたら、回復魔法もかけましょうか?」


 独学だが初歩の回復魔法なら使える。外れていた肩ははめたから、あとは傷ついた筋を回復させるだけなので、それぐらいの回復魔法なら私でもできる。

 スキンヘッドが疑うように私に訊ねた。


「お、おまえ治療師なのか?」


 正確には薬師であって、治療師ではない。かと言って、ヤクシ家の名を出したら面倒そうな気配を察知した私は言葉を濁した。


「まぁ……そんなもんです」


 スキンヘッドが私に手を伸ばしてきた。


「頼む! 治療してほしいヤツが……ぐわぁ!」


 私は反射的にスキンヘッドの腕を掴み、激痛のツボを押していた。これは祖父から直々に教えてもらった護身術の一つ。痛みで地面に膝をつくスキンヘッド。

 周囲の男たちが殺気立ってかまえる。


「てめぇ!」

「何しやがる!」

「離しやがれ!」


 男たちが私と距離を詰めようとしたところで、意外な声が遮った。


「騒ぐんじゃねぇ!」


 牽制したのはスキンヘッド。一瞬で男たちに緊張が走る。


「こいつを(かしら)のところにお連れするぞ」


 明らかに男たちが動揺した。


「こ、こいつを!?」

「アジトに連れて行くのか!?」

「何故だ!?」


 口々に出る反論にスキンヘッドが地面に崩れたまま説明する。


(かしら)とチビたちが、あのままでいいのか? こんなチマチマした方法じゃあ治療費もロクに稼げねぇ」


 沈黙が落ちる。先程のまでの荒々しさと威勢が消え、空気が重い。

 私はスキンヘッドの腕を放して訊ねた。


「つまり、治療してほしい人がいるのですか?」

「そ、そうだ」


 私は空を見上げた。太陽の位置からして、もうすぐ昼の鐘が鳴る時間。アンティ嬢の薬を調合して、推しの匂いの香水を作るから逆算すると……


「夕方までには家に帰りたいので、その時間までに解放してもらえるなら行きます」


 再びポカンとした顔で私を見る男たち。

 スキンヘッドが疑うように私を見ながら立ち上がった。


「一緒に来てくれるならありがたいが……おまえはそれでいいのか?」

「何がです?」

「こんな……ガラが悪いオレたちに付いてきても。不安はないのか?」


 そう言われれば、多少の不安はある。でも、今までのやり取りから、そんなに悪い人には思えなくなってきた。なにより、治療を必要としている人がいて、その人のための行動だったというのなら動かないわけにはいかない。

 私は正直に意見を言った。


「たしかにガラは良くないですね。ですが、治療を希望することと外見は関係ないと思います」

「……そうか。ありがてぇ」


 周囲の男たちが気まずそうに私から視線をそらす。


「もしかして、誰かに治療を断られました?」


 スキンヘッドの男が目線を地面に向けたまま忌々しそうに答える。


「オレたちのガラが悪いからか、どこの治療師も通常の治療費の倍以上の値段をふっかけてくる。そんな法外な金、どうやっても準備できねぇのに」


 そんな金額を請求した治療師側としては、面倒事に関わりたくないからだろう。

 自分たちの方から治療を拒否したら、どういう報復をされるか分からない。ならば、相手から治療を断る状況を作るしかない。


 治療を断った治療師の事情も分かる私は、それ以上は何も言わず、スキンヘッドたちに付いていった。

 案内されるまま街の外れへと歩き、今にも崩れそうな古い屋敷へ。


 そこにいたのは、海苔のような黒髪に海ぶどうのような緑瞳の鋭い目をした美形の青年。背が高く、適度に筋肉がついた体。

 ゲームの途中で仲間になる攻略キャラの一人。盗賊の頭領、だけど……


「あんたたち! 堅気に手を出すなって言ってるでしょ!」


 その口から出たのは、オネエ言葉だった。




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