お互いの気持ちと解釈違い
逃げだそうにも推しの膝の上のため逃げ出せない。私は両手をバタバタと動かしながら、必死に考えた。
(私がこの世界に転生しているんだから、他に転生している人がいてもおかしくはない。それは、分かる。でも、凌久は病気もなく、元気だった。それなのに、この世界にいるってことは……)
私は感情が読めない顔をしている推しに訊ねた。
「ほ、本当に凌久なの?」
「はい」
落ち着いた様子で頷く推し。しかも、幼子を見守るような目で。私ばっかり取り乱してて情けない。
大きく深呼吸をすると、私は覚悟を決めて聞きにくいことを口にした。
「この世界にいるってことは、凌久も……死んだの?」
私の質問に推しが苦笑いを浮かべる。
「実はトラックにひかれまして。気がついたらリクハルドに転生していました」
「じゃあ……突然、見舞いに来なくなったのも……」
推しが苦しそうに視線をさげる。
その瞬間。
推しの空気が変わった。余裕に満ちていた推しの表情が曇り、迷子の少年のような、これから叱られる子どものような顔になる。
心許ない雰囲気のまま、推しがゆっくりと口を開いた。
「ごめん。乙女ゲームを最後までさせてあげることができなくて」
推しの姿に凌久の姿が重なる。今と違う、少年の後悔が滲む。
(これは凌久の言葉なんだ。ずっと、ずっと、玲に言いたかった……)
私は推しの首に手をまわした。懺悔に怯える少年を包み込むように、そっと抱きしめる。
「凌久に会えたら、言いたいと思っていたことがあるの」
私の腕の中で推しの肩が不安気に揺れる。私は安心させるように、精一杯の気持ちを込めて言った。
「私ね、凌久と出会えて、嬉しかった。毎日が楽しくて、初めて生きたいって思えたの」
推しが私の腕の中で微かに震える。私はギュッと腕に力をいれた。
「……友だちになってくれて、ありがとう」
私の言葉に推しが安心したように脱力する。それから、コテンと私の肩に額をつけた。
「レイ……ありがとう」
どちらのレイに言った言葉かは分からない。けど、心が少し軽くなった……気がする。
窓から入る柔らかな日差し。まるで時が止まったかのような、穏やかな時間。腕の中の温もりが、推しが生きているということを実感させる。
やっと訪れた安らぎ……って、堪能している場合ではない!
(わ、わわ、私は、何てことを!? 話の流れとはいえ、推しを抱きしめるなんて!? 絶対、課金じゃ足りないっ! どうすれば!?)
急いで推しから離れようとしたところで腕を掴まれた。手の大きさは変わっていないはずなのに、力強さが、握力が違う。
視線を下げれば青年というより男の顔をした推し。今までと雰囲気が違う。なんか、こう……大人びたというか、大人の男の人ような……
ドキドキが爆発しそうな私に推しが怪訝な目をむける。
「どこに行くのですか?」
「いや、その、あの……重いかなぁ、と」
汗をダラダラと垂らしながら視線をそらす。窓の外は雲一つない青空で、いい天気だ。
必死に現実逃避している私の顔に推しが手を添えた。固くなった皮膚と、タコができてゴツゴツした感触。出会った頃の推しの掌は滑らかで、タコなんてなかったのに。
離れていた時間の長さを感じていると、推しが可愛らしく首を傾げた。
「レイが望んだ通りの健康体になりましたよ? ですから、もう少し私のことを見てくれてもいいんじゃないですか?」
私は推しが剣でナイフを弾いた場面を思い出した。
「剣まで扱えるようになっていますしね」
「戦場で魔法以外の力でも戦えるように、とカッレに無理やり教え込まれましたから」
思わぬ内容に私は首を傾げた。
「乙女ゲームのリクハルドは魔法しか使えませんでしたよね?」
「いろいろ変わりましたから」
「やっぱりゲームシナリオが変わったんですね。あ、ハーパコスキ伯爵が魔王を復活させる杯を持っていることを知っていたのも、ゲームをプレイしていたから? もしかして、クリアしていました?」
「ゲームをプレイ? クリア?」
推しが不思議そうに目を丸くする。それから少し考えて私に訊ねた。
「レイはここがどういう世界だと認識しています?」
「え? 乙女ゲームの世界でしょう? 凌久が病室に持ってきてくれた『救国の聖女〜真実の愛を求めて〜』のゲームの世界。私の病室はゲーム機を持って入ったらダメだったけど、こっそり持ち込んでくれて」
私の質問に推しが額を押さえて悩む。
「私、変なこと言いました?」
「あー……いや、はい。大丈夫です。そういうことでしたか」
推しが一人で納得して顔をあげる。
「とりあえず、これで魔王が復活することはありませんから、ゲームのストーリーが始まることもありません。安心してください」
「魔王が復活することがないのは安心ですね」
「あと、私が旅に出ることはありませんから。思う存分、私を満喫してください」
「ふぇっ!?」
想定外の推しの申し出に変な声が出た。
「あれだけ必死に健康体にしようとしていましたからね。これで愛でたい放題ですよ」
推しが私の手に触れ、指を一本一本絡めていく。その動きが! 艶めかしいというか、卑猥!
「お、推しは眺めるモノで触れるモノではないんです!」
慌てて手を引っ込めた私に推しが悲しそうな顔になる。
「私は推しに触れたいし、愛でたいのですが」
まさか、推しに推しがいた!? それは全力で応援しないと!
「推しって誰のことですか!?」
前のめりになって訊ねる私に推しが良い笑顔で指さした。
――――――私を。
「女嫌い、なんですよね!?」
推しが首を傾げた後、思い出したように手を叩いた。
「あぁ。ゲーム通りのストーリが始まった時、主人公に攻略されないために女嫌いを演じていました」
「え?」
「なので、女嫌いではありません」
「男色じゃないんですか!?」
推しが残念な顔で私を見る。
「どうして、そうなるんですか?」
「だ、だって……」
口ごもる私に推しがトドメをさす。
「私は男色ではないですし、私の推しはレイなので、触れたいし、側にいたいです」
すかさず私は叫んだ。
「それは解釈違いです!」
推しが不思議そうな顔をする。
「何故です?」
「私にとって、推しは眺めるモノなんです!」
「では、私が他の人と結婚してもいいのですか?」
その一言に何故かツキンと胸が痛む。いや、ダメ! ダメ! 推しの幸せが、私の幸せ!
「それで、推しが幸せなら!」
私の答えに対し、推しが顎に手を添えて考える。
「つまり、私が幸せならレイも幸せ、ということですか?」
「そういうことです!」
大きく頷いた私に推しが嬉しそうに微笑んだ。
「では、ずっと私の側にいてください。レイと共に歩む人生こそ私の幸せですから」
「側に? 今も側にいますが」
私の言葉に推しが苦笑いする。
「こういう物理的な側もありますが……例えば、結婚して側にいるとか」
「け、けけけ、結婚っ!? む、無理です!」
私の一言で推しの雰囲気が変わった。暗く不穏な空気が包む。
「無理? 何故です?」
「あ、あの、私は伯爵家で、リクハルドは子爵家だから、その……」
この世界では同じ爵位同士の結婚が主流。もし爵位違いで結婚するとしても、男の方が爵位は高位であることが暗黙の了解だ。
私の言いたいことを汲み取った推しが柔らかな顔になる。遊ぶように私の髪を指に絡めながら言った。
「爵位の差は大丈夫ですよ」
そんな極上の笑みで言われたら……クラクラとぐらつく心。
(結婚したら、推しをずっと見ていられる……でも、推しは見守るもので触れるものではなくて……)
葛藤する私の耳元で推しが囁く。
「すべて私に任せて。レイ」
透き通った低い声。ゾクゾクと全身が痺れ、腰が抜けて……
「はひぃ……」
と、陥落しかけて我に返る。
(推しは見守るもの! 触れるものではない!)
「解釈違いですぅぅぅ!」
どうにか叫んだけど、私が攻略される日は近い気がした……
夜投降して完結になります!
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