拗らせ恋愛と推しの登場
視線を前にむければ、みんなが引きつった顔で私たちを見つめている。
普通なら魔王の復活なんて突拍子もないことを信じられるわけない。でも、何故かハーパコスキ伯爵の言動を信じている様子。
(乙女ゲームのシナリオのせい!? 魔王が復活すると感じ取っている!?)
会場のすべてのドアが開き、近衛兵が雪崩れ込む。そのまま王を守る陣形をとりながら、ハーパコスキ伯爵を遠巻きに囲んだ。
近衛兵に埋もれた王がハーパコスキ伯爵に問いかける。
「貴殿の望みはなんだ!?」
ハーパコスキ伯爵が私を拘束している腕に力を入れた。ナイフが一層、首に近づく。
「ヤクシ家の令嬢を私のモノにすることだ」
全員の視線が私に集まる。
「……私?」
驚く私をハーパコスキ伯爵が睨んだ。
「治療の時、あれだけ私に微笑みかけ、私の心を虜にしたくせに! 我が家の家宝であるブルーサファイアのネックレスを受け取ることなく、その後の贈り物も無下にした! 私の純情を弄んだのだ!」
想定外の言葉の羅列に私は呆然とした。何がどうしてそうなったのか。
私は考えるより先に口が動いていた。
「あの、私は普通に治療をしただけで、特別なことはしておりません。そもそも、どうして私ですか? 私なんかより気立てが良くて美しい人はいくらでもいますよ。一度、目の治療をされた方がいいのでは?」
ここで思わぬところから反論が出る。
「レイラお姉様は誰よりも美しくお綺麗です! ハーパコスキ伯爵の目は悪くありませんわ!」
憤怒するアンティ嬢に兄が冷静に突っ込みを入れた。
「今の問題はそこではありませんから。レイラは状況を考えろ! 余計なことを口にするな!」
もっともな意見に私は少しだけ体を小さくした。
「はい、すみません。ですが、ハーパコスキ伯爵のことはブルーサファイアが届くまで忘れておりましたし、何とも思っていない方から一方的に贈り物をされても、返却するしかありません」
「だから! それが余計なことなんだ!」
私より焦っている兄。でも、このままでは状況は変わらない。ハーパコスキ伯爵に隙を作らないと。
首に迫るナイフが怖くないわけじゃない。ただ、それよりも……
(推しに会うまで死ねない!)
私は力を入れて平静を装ったまま話を続けた。
「もしかして、三年前に兄がカフェで盗賊の頭領と会っていたことを知っていたのは、ヤクシ家の弱みを握るために周辺を調査させていたからでしょうか?」
「な、何故それを!?」
ハーパコスキ伯爵が焦った声が漏れる。私は自分の推測を続けた。
「それで、なかなか弱みがなくてお祖父様を毒殺未遂犯にする計画を思いつきました? 容疑者として連行されたお祖父様を助けるため、私があなたに嫁がざるを得ない状況を作るために」
「ぐっ」
悔しそうな歯ぎしりの音。顔は見られないけど、図星らしい。
「で、ついでに公爵家を乗っ取れるという、一石三鳥ぐらいの計画を思いついて実行した。違いますか?」
「うるさい! 黙れ!」
ハーパコスキ伯爵が大声で叫び、息を吐ききった瞬間。どんなに体を鍛えた達人でも、体の力が抜ける一瞬。
私はハーパコスキ伯爵の腕を掴んで、激痛のツボを押した。
「痛っ!」
ハーパコスキ伯爵の力が緩む。その隙に私はハーパコスキ伯爵の腕から抜けて走り出した。
「待て!」
「キャッ!」
スカートの裾を踏まれ、顔から床に滑り込む。
「大人しく血をよこせ!」
振り上げられたナイフ。その隣には真っ赤な顔で鬼の形相をしているハーパコスキ伯爵。その背後に見える死に神の幻影。
恐怖で体が固まる。逃げたいのに、体が動かない。
こんな時に推しの顔が浮かぶ。会いたくて、会いたくて。だけど、夢でさえも会うことができなくて……
走馬灯のように蘇る記憶と推しの声。
『リクでも良いですよ』
『リクハルドと呼び捨てでお願いします』
粉雪のような白銀の髪に、夜明けの空のような紫の瞳。まっすぐな鼻筋に薄い唇。儚い造形の顔立ち。手足は長いけど、筋肉が少なくて。
理想的な健康体には、まだ遠かったけど。それでも、推しは推しで。私の大切な存在で。
そこにチラつく前世での唯一友人。持ち込み禁止のゲーム機をこっそり持ち込んで遊ばせてくれたのに。名前も忘れていた。なんて薄情な私。
(もっと、名前を呼んでいれば良かった)
大切な記憶を、私の想いを、鈍く光るナイフが切り裂く。
私は両手で顔を覆い、無意識に叫んでいた。
「リクッ!」
体を丸めて迫るナイフに身構えた時――――――
キィィィン!!!!!
「ッ!」
金属が弾ける音と、ハーパコスキ伯爵の驚愕の声が滲んだ。
「えっ!?」
目を開けると飛び込んできたのは、ナイフを持ったまま弾かれたように手をあげてバランスを崩しているハーパコスキ伯爵。
その前には白銀の髪をした青年の後ろ姿。私に背をむけて剣をかまえている。
「まさ、か……」
二年半前より筋肉がついた大きな背中。いや、背中だけじゃない。全身に無駄なく筋肉がつき、がっしりとした体。剣を握る無骨な手と太い腕。首筋にかかる白銀の髪。
顔は見えない。でも、後ろ姿でも分かる。ずっと見たくて、ずっと会いたかった……
「……生きてっ」
いろんな感情が混じって声が詰まる。そこにアンティ嬢が私の隣へやってきた。
「レイラお姉様! ご無事ですか!?」
アンティ嬢が私の体を支えながら立ち上がらせる。
赤髪をなびかせた騎士のカッレが駆けつけ、私たちに声をかけた。
「今のうちに下がれ!」
カッレの指示に、アンティ嬢が私を引っ張って兄たちのところへ移動した。
抜刀したカッレが推しとともに剣先をハーパコスキ伯爵にむけて命令する。
「祝いの席での武器の使用は重罪だ! ナイフを床に置いて投降しろ!」
二対一。どちらが不利かは明らか。
しかし、諦めが悪いハーパコスキ伯爵はナイフを己の首に突きつけて叫んだ。
「近づくな! こうなれば、私の血で魔王を召喚するぞ!」
張りつめた気配。そこに推しの冷徹な声が響いた。
「どうぞ」
ヒュッと息を呑む音とともに空気が凍る。
推しの隣で剣をかまえるカッレが推しに怒鳴った。
「なっ、何を言っている!?」
「召喚できるなら召喚してください。あなたにそれだけの度胸があるなら」
淡々とした声と態度。だけど、それがハーパコスキ伯爵を挑発しているようで。
引くに引けなくなったハーパコスキ伯爵が自暴自棄のように叫んだ。
「ならば、お望み通り召喚してやる!」
ハーパコスキ伯爵が黄金の杯を脇に抱え、ナイフで掌を切った。
(あれ? 首を切るんじゃなかったの?)
半分拍子抜けしていると、ハーパコスキ伯爵がじんわりと血が滲む掌を私たちに見せた。
「いいんだな!? この血を聖杯につけたら魔王が復活するぞ!」
ホールに緊張が走る……いや、緊張はしているんだけど、なんかこう迫力が足りないというか……
首を切って吹きだした血で杯を染めるとか、手からダラダラ流れる血で杯を染めるとか、そういうイメージだったのに。実際はじわりと滲む程度で一滴にも満たない。
(むしろ、あの量で魔王が復活するの? 血、少なすぎない?)
さすがに空気を読んで言葉にはしないけど。でも、他の人たちも同じことを考えているらしく微妙な雰囲気になる。
「本当にいいんだな!? 止めても遅いぞ!」
……止めてほしいの? と思ってしまう言い方。けど、誰も何も言わない、動かない。
「クソッ! どうなっても知らないからな!」
ハーパコスキ伯爵が叫びながら血が滲む掌を杯につけた。
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