報告書と反撃の狼煙
居心地が悪い視線と空気。
その雰囲気を変えるように楽団の音楽が鳴り響いた。厳かな出だしから徐々に盛り上がり、人々の視線が玉座の側面にあるドアに集まる。
管楽器が最高潮を迎えた時、ドアが開いて本日の主役である王子が現れた。続いて王と王妃も登場。
今までの微妙な雰囲気など知るはずもない王子が、にこやかに出席者に労いの言葉をかける。次に王が挨拶をして歓談とダンスの時間となった。
高位貴族から順に王子へ誕生日の祝いの挨拶へ行く。順番待ちの間に貴族同士の交流と情報交換もある。
ハーパコスキ伯爵も例外ではないらしく、私たちから離れて他の貴族の輪へ。
そんな人々の動きを見ていると、アンティ嬢が私の腕を引っ張った。
「私たちも王子の所へ行きましょう」
「え? ですが……」
公爵など王家の親族が挨拶を終えたので、次は侯爵が挨拶をする番。伯爵である私はまだまだ後だ。
戸惑う私にアンティ嬢が微笑む。
「私と一緒ですから、大丈夫ですよ。さぁ」
「いや、私は……」
渋る私の隣にさりげなくアトロが立つ。
「ほら、行くぞ」
「えっ!?」
これでは逃げられない。助けを求めて兄に視線をむけたら、私より先にアトロが声をかけた。
「ヤクシ家の子息も」
先手を打たれた!
諦めた目を私にむける兄。こうなったら覚悟を決めるしかない!
「……わかりました」
私はアトロとアンティ嬢に挟まれたまま、兄を従えて王子の所へ歩いた。
「やあ。久しぶりだね、アンティ嬢。それにしても、アトロとレイソックが一緒とは珍しい。あと……レイラ嬢、だったかな」
相変わらず蛍のように発光する金髪に、近所の湖のような青い瞳。キラキラは変わらず、体も少し成長しているけど筋肉が足りない!
残念な目で王子を眺め……ている場合ではなかった。
私とアンティ嬢が揃ってカーテシーをする。
「本日はおめでとうございます。これからも王子が健やかにお過ごしになられ、国が発展しますことを願います」
アンティ嬢の口上に対して王子が軽く返す。
「堅苦しい挨拶はいいよ。アンティ嬢はすっかり体調が良くなったようだね」
王子の言葉にアンティ嬢がここぞとばかりに力説する。
「はい。レイソック様より頂いたお薬のおかげです。治療師でも治せなかった体が、今はすっかり元気になりました。すべてはヤクシ家のおかげです」
「それは良かった。さすが王家専属の歴史あるヤクシ家だ」
にこやかな王子の姿に違和感を覚える。
(お祖父様が容疑者として拘束されているのに、こんな公の場でヤクシ家を褒めるなんて、どういうこと? 普通なら話題にあげないか、軽く流すはず。でも……これは、チャンス!)
私は計画を実行するべく、王子に声をかけた。
「このような祝いの席で失礼なことですが、どうしても王子にお話しておきたいことがございます」
「ほう? どのようなことかな?」
「実は……「私と結婚することが決まりました」
私の声にハーパコスキ伯爵の声が重なる。その脂肪が詰まった体で私を押しのけ、王子の正面にハーパコスキ伯爵が立った。
「報告が遅れて申し訳ありません。ぜひ、皆様方が集まる祝いの席で報告をしたいと考えておりました」
体がよろめいた私は後ろで控えていた兄に支えられて体勢を整えた。
(体が万全の時なら、これぐらい平気だったのに!)
私は王子と話をするためハーパコスキ伯爵の体を乗り越えようとした。けど、山のように立ち塞がられ、王子の顔も見えない。
「……こうなったら!」
私は気配を消してハーパコスキ伯爵の真後ろに立った。
(秘技! 膝カックン!)
膨らんだスカートの中で右足を上げ、思いっきり蹴りたい衝動を抑えてハーパコスキ伯爵の膝裏につま先を突っ込んだ。
「うわぁ!」
バランスを崩したハーパコスキ伯爵が膝から崩れ落ちる。すかさず兄がハーパコスキ伯爵の体を支えて王子から引き離した。
「大丈夫ですか? 立ちくらみでしょうか?」
「い、いや……なんでもない」
兄に支えられ、王子から離れたところで立ち上がるハーパコスキ伯爵。
(チャンス!)
私は再び王子の前に立って訴えた。
「失礼いたします。先程の話の続きですが、王子にどうしても見ていただきたい物がございまして」
「私に?」
「はい」
こちらに来ようとするハーパコスキ伯爵に兄とアトロが話しかけて邪魔をする。
私は急いでハンカチを出した。一見すると厚めの生地のハンカチ。だけど、実は……
「こちらの資料でございます」
折りたたんでいたハンカチを広げ、しつけ糸を手で切って、二重に重ねていたハンカチをバラす。中には一枚の紙。あの夜、ユレルミが私に渡した重要な紙。
「それは?」
「ルオツァラ公爵家の当主及びその家族への毒殺未遂で使用された毒の報告書にございます」
「なぜ、その報告書を隠すようにして持ち込んだのだ?」
不思議そうにする王子。普通の状況なら、紙の一枚ぐらい簡単に持ち込める。
けど、私の今の状況だと紙一枚でも没収される。しかも、誰が敵か分からない。だから、ハンカチに細工をして持ち込んだ。
ただ、王子が私の状況を知らないというのが腑に落ちない。祖父の状態を知っていれば、これぐらいのことは想像がつくはずなのに。
誰かが噂さえも王子の耳に入らないようにしていたのか……
私は頭をさげて説明をした。
「現在、ヤクシ家は祖父にルオツァラ公爵家の当主及びその家族への毒殺未遂容疑がかけられ、拘束されております。私自身も屋敷に軟禁中のため、持ち物は厳重に管理されており、このようにするしか持ち出すことができませんでした。お見苦しいところをお見せして申し訳ございません」
王子の青い瞳が丸くなり、驚きを抑えた声になる。
「なんと!? 容疑者を尋問中とは聞いたが、ヤクシ家の先代とは報告がなかったぞ。どういうことだ? この事件の担当者は誰だ!?」
ホールが静寂に包まれる。誰も動けない中、アトロの穏やかな声が響いた。
「ハーパコスキ伯爵でございます、王子」
「アトロ、本当か?」
「はい。宰相である父の仕事を手伝っておりました時、ハーパコスキ伯爵が報告書を提出しておりました」
慇懃に答えたアトロから王子が視線をハーパコスキ伯爵に移す。
「ハーパコスキ伯爵、どういうことだ? 容疑者がヤクシ家の先代という報告は上がってなかったぞ」
「そ、それは、その、まだ尋問中でして。容疑が固まり次第、報告しようとしておりました」
アトロがハーパコスキ伯爵に訊ねる。
「では、報告にあげられないぐらいの証拠しかない状況で伯爵家の先代を拘束した、ということか?」
「そ、それは、その……いや、そもそも部外者であるお前が口出しをすることではない!」
威嚇するように睨むハーパコスキ伯爵。
それに対してアトロがにっこりと、温和だけど圧がある笑顔になる。
「私は宰相業務で多忙な父の代わりにクニティヒラ侯爵家代表として出席している。私への言葉はクニヒティラ侯爵家、つまり当主である父へ向けた言葉となることをお忘れなきように」
ハーパコスキ伯爵が悔しそうに顔を歪めた。
(それにしてもハーパコスキ伯爵が事件の担当だったとは。道理で軟禁されている私への面会許可証がすぐに準備できて、賄賂が通じる衛兵を配置できたってわけね!)
密かな怒りに燃えながら、私は持ち込んだ紙を王子に見せた。
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