両親の不在と祖父の強制連行
推しが行方不明になって二年と四ヶ月が過ぎた。あと二ヶ月すれば王子が二十歳になり魔王が復活して乙女ゲームが始まる。
でも、相変わらず推しの情報はない。
「推しと騎士が不在のままゲームが始まってしまう……」
短かった髪も二年の歳月で背中まで伸びた。ただ、食欲不振と不眠ですっかり痩せてしまった私の体。兄と似た体格だったのに、今では細すぎて違いが一目瞭然。
「こんな体だと男装もできない」
ファミリールームのソファーでため息を吐いていると、兄がやってきた。
「あぁ、丁度良かった。父様が話があるから書斎に来いって」
「お父様が?」
言われた通り、兄とともに父の書斎へ。
いつもなら書類に埋もれている執務机が綺麗に整頓されており、珍しく天板が見える。その先の椅子に座っている父が私たちに神妙な顔で言った。
「数ヶ月ほどウエ国に行ってくるから、留守を頼む」
ウエ国とは私たちが住んでいる国の北にある国。地図上では真上にある。
突拍子のない発言に兄が平静を装いながら訊ねた。
「それはいきなりですね。何かありましたか?」
「ウエ国は高い山と雪で国交があまりなかっただろ? それが最近、国を繋ぐトンネルが開通して交流がしやすくなった。これでウエ国にしかない貴重な薬も手に入りやすくなる」
「それで、直接行かれるのですね」
兄の言葉に父が満足そうに頷く。
「薬を扱うからな。信頼できる売人を探して、直接交渉してくる」
「わかりました。お祖父様もいますし、こちらのことはお任せください」
「久しぶりに長く家を空けることになるが、頼んだぞ」
そこまで聞いた私は父に訴えた。
「私も連れて行ってください!」
これには父より先に兄が反対した。
「ダメだ! おまえの今の体では旅に耐えられない!」
「そうだ。レイラは自分の体調を良くすることを考えなさい」
「ですが……」
もしかしたら国外にいる推しに会えるかもしれない。その可能性がとても低いことは分かっている。でも……
「レイラ、おまえが一番よく分かっているだろう? その体で旅は無理だ」
「それでも、私は……」
「これは大切な商談だ。遊びではない」
父の言葉に私は声を大きくした。
「私だって遊びではありません!」
「ならば、旅ができるだけの体になってから言うように」
淡々とした正論と表情。でも、その藍色の瞳は娘を心配していて……
悔しさから唇を噛む。
「……わかりました」
私は引き下がるしかなかった。
数日後、父は母と共にウエ国へ旅立った。父の代わりに引退していた祖父が兄に指導しながら家を仕切る日々。
私も動ける範囲で手伝いをしながら忙しく過ごす。
最初の二ヶ月は順調そのもの。使用人の協力もあって問題なく両親の帰宅を待つ……はずだった。
あの日までは――――――
私はいつものようにファミリールームで薬の在庫確認をしていた。出納帳に今日の日付を記入する。
「……王子の誕生日パーティーまで、あと一週間か」
半年前に招待状が届き、出席するためのドレスの準備もした。けど、推しの情報はまったくなく……
(このままだと、ゲームのシナリオはどうなるか……)
窓の外に視線をむければ、今にも雨を降らしそうな灰色の雲。湿度も高く、風が窓を叩く。
「嫌な天気……っと、仕事、仕事。星屑草と月欠根の在庫が少なくなってるから、後で倉庫で実際に確認して……あ、これから乾燥する時期になるから、涙花を仕入れておかないと足りなくなるかも。急いで発注しないと。あとギルドに水竜の鱗の採取依頼も出して……」
出納帳を見ながら在庫確認する薬や発注する薬をノートにメモしていく。
そこに祖父がやってきた。
忙しい日々だけど、適度に焼けた褐色の肌と鍛えられた筋肉。ただ、深いシワをますます深くして、藍色の瞳が心配そうに私を覗き込んだ。
「体は大丈夫か? それぐらい、レイソックがやるだろ」
「大丈夫です。少しでも動かないと、ますます動けなくなりますから」
祖父がすまなそうに眉尻を下げる。
「また少し痩せたか? 孫を治すことも出来ないとは薬師失格だな」
祖父の言葉に胸が痛む。
薬師としての師であるが、それ以上に大好きな祖父。そんな祖父に辛い思いをさせていることが心苦しい。
そこに執事長が顔を出した。
「ネストリ様。あの……」
「すぐ行く。レイラ、無理はしないように」
祖父が私の頭を撫でる。私はその大きな手に、昔を思い出した。
今回のように両親が薬の仕入れで不在になる時、祖父は私たち双子の面倒をみてくれた。
身の回りのことは使用人がいるから問題ない。でも、親と離れるとなると、それなりに寂しさもあった。
けど、祖父がいろんな方法で私たち双子を楽しませ、寂しさを感じないようにしてくれた。
いろんな所へ行って、薬草を摘み、調合をして。蒸留室で実験をした時は、薬を爆発させて祖母に叱られたこともあった。
(普段はおっとりしているのに、あの時のお祖母様は怖かったな)
苦笑いと共に蘇る祖母との記憶。
白髪混じりの淡い亜麻色の髪。垂れ目でのんびりとした口調。シワだらけの手で作る料理はどれも美味しくて。裁縫も刺繍も得意だった。
でも、薬の知識はまったくなくて。
そんな祖母だったけど栄養面と精神面から祖父を支え、孫の私から見ても仲睦まじい老夫婦だった。
けど、そんな日は長く続かなくて。
ある朝、起きると祖母が亡くなっていた。その顔は眠っているだけのようで。
「苦しまずに逝けたのは救いだな……」
そう呟いた祖父の背中には影が落ちていて。
その後も、外見的には作り笑顔で動いていた祖父。だけど、一人になると表情が消え、沈んでいた。その光景は幼心にも強く残っている。
(今の祖父の顔がその時と似ていて……しかも、その原因は私……)
これ以上、祖父を落ち込ませたくない私は安心させるように微笑んだ。
「私は大丈夫ですから。それより、今日は家におられるのですね。最近は外出が多かったですから」
「あぁ……ちょっと、いろいろあってな」
誤魔化すように頬をかきながら顔を背ける祖父。嘘を吐くのが下手な祖父は都合が悪いとこうして視線をそらす。私が幼い頃から変わらない癖。
「何か問題が起きましたか? 私が手伝えるようなことですか?」
心配する私に祖父が深刻な顔になる。その真剣な表情は怖いぐらい何か思い詰めているようで。
「お祖父様?」
私の声に祖父が我に返り愛想笑いをする。
「いや。おまえは心配しなくていい」
そこに玄関からメイドの叫び声と男の怒号が響いた。
「ネストリ・ヤクシ・ノ! ルオツァラ公爵の毒殺未遂容疑にて連行する!」
使用人たちの悲鳴に交じって聞こえたのは祖父の名前。次に複数の荒々しい足音が迫ってくる。
「な、なに!?」
椅子から立ち上がったところで、バァン! というドアを乱暴に開ける音が叩きつけられた。
「見つけたぞ! ネストリ・ヤクシ・ノ!」
祖父が素早く私の盾になるように前に立つ。複数の兵士がファミリールームに雪崩れ込み、逃げられないように囲んだ。
最初に部屋に入ってきた兵士が怒鳴る。
「大人しく投降しろ! さもなくば屋敷にいる者全員を捕縛するぞ!」
その言葉に廊下から室内を覗いていた使用人たちの動きが止まる。
祖父が両手を挙げて言った。
「抵抗はしない。屋敷の者に手を出すな」
兵士の一人が手錠を持って祖父の前に出てきた。
「ゆっくりと両手を前に出せ」
祖父が無言のまま言われた通り両手を胸の前に出す。
「お祖父様!」
ガシャリと無情な音が落ちる。祖父の手首で鈍く光る魔力封じの手錠。これでは犯罪者だ。
「どう、して……」
何が起きているのか、どうしてこうなったのか、まったく理解できない。
呆然としている私に祖父が豪快な笑顔を見せる。
「心配するな。すぐに戻る」
ニヤリと口角をあげる祖父。でも、それが強がりであることぐらい見抜ける。
「おじぃ……」
「貴様がルオツァラ公爵家を頻繁に出入りしていた証拠はあがっている! さっさと来い!」
私から祖父を離すように兵士が手錠に繋がる鎖を引っ張った。
「あ……」
兵士に囲まれてファミリールームから出て行く祖父。その背中がどんどん小さくなって……
「お祖父様!」
追いかけようとした私を走ってきた兄が止める。
「ダメだ! 今は我慢しろ!」
「でも、でも! お祖父様が!」
いつも優しく、私たちを守ってくれた、大切な祖父が。
「お祖父様!」
兄に体を押さえられ、叫ぶことしかできない無力な私。駆け寄ることも、声をかけることもできない。
遠ざかっていく足音。耳に触る使用人たちのヒソヒソ声。
悪い夢なら早く覚めてほしい。でも、私の肩を掴む兄の手が。私の肩に食い込む指が。その痛みが現実だと思い知らせる。
「……お祖父様」
非情な現実に私はその場に崩れ落ちた。




