推しの行方とアンティ嬢の告白
呆然としている私にアンティ嬢の顔がほころぶ。けど、その表情はすぐに消え、対外的な作られた笑顔になった。
アンティ嬢が初対面のようにカーテシーをする。
「突然、声をおかけして失礼いたしました。私はアードロフ・クニヒティラ侯爵が娘、アンティ・クニヒティラと申します。あなたのことはレイソック様からお聞きいたしておりまして、一度お話をしたいと思っておりました」
そういえば、この姿で会うのは初めてだ。私は力を振り絞って立ち上がると、カーテシーをして自己紹介をした。
「初めまして。マルッティ・ヤクシ・ノ伯爵が娘、レイラ・ヤクシ・ノです。お見知りおきを」
「レイラお姉様ですね。ご一緒にお茶などいかがですか? オススメのカフェがございますの」
私は周囲を確認した。
近くに大通りがあり、いつ誰が通るか分からない。下手な話はできないし、魔法師団の研究棟の前で立ち話など、悪目立ちするだろう。
「わかりました」
こうしてアンティ嬢の馬車に乗って私は移動した。
大通りから脇道に入った馬車が小さな洋館の前で停まる。
洋館の前にいたドアマンがすぐに駆け寄り、馬車のドアを開けた。慣れた様子でエスコートされるアンティ嬢。そのまま洋館に入ると執事服の給仕が恭しく頭をさげた。
「お待ちしておりました、アンティ令嬢」
「いつもの部屋をお願いいたします」
「かしこまりました」
埃一つない廊下を歩き、案内されたのは可愛らしい個室。
淡いピンクの壁に、花の形をしたランプが天井から下がる。白いテーブルクロスがかけられた丸いテーブルには一輪の真っ赤な薔薇。そこに向かい合うように置かれた二脚の椅子。
白い木枠の大きな半円窓。そこから柔らかな日差しがカーテンのように差し込む。
「おかけになってください」
勧められるまま腰をおろす。程よい弾力に滑らかな肌触りの座面。明らかに、そこら辺のカフェとはレベルが違う。
「護衛の関係から、ここのカフェしか利用できませんの。ですが、紅茶とデザートの味は保障いたしますわ」
穏やかに説明をするアンティ嬢。
普段の行動からつい忘れてしまうが、侯爵であり、宰相の娘。本当なら雲の上の存在で、こうしてお茶を一緒にするどころか、話をするのも恐れ多い立場。
アンティ嬢が執事服の給仕に「いつもの」と注文する。
その雰囲気に気後れしていると、アンティ嬢が安心させるように微笑んだ。
「レイラお姉様には是非、私のオススメのアフタヌーンティーを召し上がっていただきたくて、勝手に注文させていただきました。お口に合うとよろしいのですが」
「いえ。お気遣い、ありがとうございます」
こういうカフェは紅茶の茶葉の種類から、茶菓子の種類まで私が知らない単語が並ぶ。下手に注文するよりお任せしたほうが美味しい組み合わせの紅茶とお菓子が食べられる……はず。
給仕が退室するとアンティ嬢がいつもの雰囲気になった。
「ふふふ。こうしてレイラお姉様とお茶をできる日が本当に来るなんて、夢みたいですわ」
嬉しそうに喜ぶ姿は普通の十代の少女。
「レイラお姉様とお話をしたくてもお兄様に邪魔されて、ヤクシ家に近づけませんでしたの」
「あー……」
妹溺愛者のアトロならやりそう。
「リクハルド様がお姿を消されてからレイラお姉様も研究棟に来られなくなって、心配しておりました」
私は逸る気持ちを抑えて質問をした。
「そのことですが、アンティ嬢はリクハルド様が姿を消した理由など、何かご存知ですか?」
宰相の娘であるアンティ嬢なら何か情報を耳にしているかもしれない。
「あの、私が調べられた限りのことですので、たいした情報はございませんが……」
アンティ嬢が黒い瞳を伏せる。
外から聞こえる鳥の囀りさえも耳につく。ほんの数秒の沈黙だったのだけど、私にはとても長く感じて。
顔をあげたアンティ嬢が意を決したように私と視線を合わせる。
「リクハルド様は国内におりません」
まさかの状況に私は立ち上がって声をあげていた。
「どういうことです!?」
「理由や状況は一切不明です。私が得られた情報はこれだけでした……申し訳ございません」
そう言って頭を下げるアンティ嬢。私は慌てて腰をおろした。
「いえ、国内にいないことが分かっただけでも十分です。このままだと、国内を探しまわっていましたから」
実際、薬草収集と銘打って国内中を旅しようと考えていた。でも、国外となると話は別。国外に行くことは簡単ではないし、世界は広い。せめて、どの国にいるかが分からないと。
私は少し考えてからアンティ嬢に訊ねた。
「あの、模擬試合の時のことで国外追放という処罰になったのでしょうか?」
それなら国外追放にする時のルートがあるはずだから、そこから探せる。
「いえ、そうではないようです。あと騎士のカッレ様も同時に姿を消しております」
「え?」
模擬試合の相手まで姿を消すなんて、偶然とは思えない。
「カッレ様はどちらに?」
「それも不明です。ただ国内にはいないようで」
「二人で行動を共にしている可能性もあるのでしょうか?」
「そちらも考えて情報を集めようとしたのですが、知っている方が限られているようで……」
視線を落とすアンティ嬢。暗い表情の中に悔しさが滲む。
私はどうしても確認しないといけないことを口にした。
「つまり国外でリクハルド様は、その……生きている、ということでしょうか?」
私の一番の心配にアンティ嬢が苦しそうに目を閉じた。
「……申し訳ございません。それも、不明です」
それは国外に連れ出されて処刑された、という可能性も否定しきれない、ということ。
(宰相の娘であり、真実の眼を持つアンティ嬢でも生死が不明な状況。アンティ嬢が会うことができないほどの権力者が関係しているのか……)
そこまで考えて、私はふと気になったことを訊ねた。
「あの……どうして私のために、そこまでしてくださるのですか?」
アンティ嬢が不思議そうに小首を傾げる。
「友人とは、そういうものではないのですか?」
「え?」
「私が読んだ本には、友人が困っている時は助けるものと書いてありました」
「友人……」
その響きに不思議なものを感じた。アンティ嬢の今までの行動を振り返ると、あれは友人というより……
私の疑問に気がついたのか、真実の眼で見たのか、アンティ嬢が恥ずかしそうに頬を染めた。
「最初は、自分の感情がよく分かりませんでした。レイラお姉様は初めて私のことを考えて治療してくださった方。この気持ちが恋愛なのか、敬愛なのか。分からないまま想いだけが募りました。そして体が動くようになり、研究棟でお二人の姿を拝見した時、気づきました」
黙って聞いている私にアンティ嬢が眉尻を下げて微笑む。
「初めての友人をリクハルド様に取られそうで嫉妬していたのだと」
アンティ嬢が窓の外の木々に視線をむける。
「欲しい物は手に入ることが普通で、欲しいと思うモノはありませんでした。人間関係もそうでした。黙っていても人は寄ってきます。そのような人は離れても何とも感じませんでした。ですが、初めてレイラお姉様と離れたくない、取られたくないと思いました」
アンティ嬢が自嘲気味に笑う。
「レイラお姉様がリクハルド様につきっきりで指導をされていると聞いた時は居ても立ってもいられず……最後は自分で研究棟へ参りました。そこでレイラお姉様とリクハルド様の様子を拝見して納得しました」
「納得?」
「はい。この気持ちは恋愛ではなく、敬愛なのだと」
アンティ嬢が思い出したように頷く。
「リクハルド様と一緒におられるレイラお姉様はとても活き活きされていて、私はずっとその姿を見ていたいと思いました。私が隣では……レイラお姉様があそこまで活き活きすることはありませんから。それが少し悔しいと思いました」
悪戯をした子どものようにアンティ嬢が小さな舌を出す。
「この話は二人の秘密にしてくださいね。特にお兄様に知られたら面倒ですから」
「……そうですね」
そこにタイミングよく給仕が紅茶と茶菓子がのったワゴンを押して入ってきた。
(え? それ茶菓子? さすが、侯爵家御用達のカフェ……)
運ばれてきたデザートに絶句した。




