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乙女ゲームのモブに転生したので、男装薬師になって虚弱な推しキャラを健康体(マッチョ)にします~恋愛? 溺愛? 解釈違いです~  作者:


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体力測定と模擬試合

 あれからアンティ嬢が定期的に差し入れを持ってきたり、そのことにアトロが怒って乗り込んできたりと、いろいろあったけど、二ヶ月はあっという間に過ぎて。


 本日はついに推しの体力発表。


 騎士団の鍛錬場。コロシアムのような作りで、楕円形の広場と、その周囲を観客席が囲む。

 その中心で若騎士カッレと推しが対峙していた。その遙か後方にはそれぞれの上司である騎士団長と魔法師団長が控えている。


 シワ一つない騎士服で腰に剣を携えたカッレ。後方には同じ騎士服に身を包んだ三十代の騎士団長。刈り上げた焦げ茶色の髪に茶色の瞳。鍛え上げられた筋肉は騎士服の上からでも分かるほど。

 腕を胸の前で組み、隙なく仁王立ちしてカッレを睨む姿はリアル鬼。


(さすがに、あそこまで筋肉をつけるのは……)


 見た目重視で実用的ではない。戦場で敵を威嚇するには迫力があっていいけど、実際に体を動かすとなると重すぎて俊敏には動けない。


(でも、筋肉がまったくないよりいいかな)


 推しの後方に控えている魔法師団長に視線をむける。強風が吹けば飛びそうな体。筋肉はほぼない。これは魔法師団長に限ったことではなく、魔法師団の団員ほぼ全員がそんな体型。


(推しも同じような体だったけど……)


 今の推しは筋肉がつき始めた頃。体幹や基礎はできたので、この生活を続ければしっかりとした筋肉が付く。歩いていてフラつくことも、倒れそうになることもなくなった。


「戦場に出ても戦えるだけの体力はついたし、これなら旅に出ても問題なく生活できる……はず」


 推しに名前を呼ばれてから、忘れていた前世の記憶が蘇った。

 乙女ゲームを始めた時、推しを推しにした理由。


 それは、私と似ていたから。


 普通に生きたいのに、生きられない。私の場合は病気で、推しの場合は家庭環境が原因だったけど。


 推しは幼い頃に家族から冷遇され、体が虚弱になった。どうやったら健康になれるのか分からないまま、魔力だけに頼って生きてきた。

 私なら知識を使って助けることができる。魔力に頼らなくても生きられる体にできる。


凌久(りく)に、これは推しを健康にする話じゃないって言われたっけ)


 検査入院だったから、すぐに退院した少年。でも、その後もほぼ毎日お見舞いに来てくれて。それが、とても楽しみになって。

 けど、突然来なくなって……


「寂しかったな」


 ポツリと零れた言葉。

 何か怒らすようなことを言っただろうか。気に触ることをしただろうか。一人、病院のベッドで考えていた。でも、思い当たることはなくて。


「乙女ゲームの続きが出来ないことも悲しかったけど、それ以上に会えないことが寂しかった……」


 落ち込んだ私はそのまま衰弱して前世を終えた。

 まさか、生まれ変わるなんて思いもしなかったけど。まさかの二度目の人生。後悔なく生きたい。


「もし、会えたら……」


 凌久(りく)に会えたら、私は何て言うのだろう。急に来なくなった理由を聞く? それとも、乙女ゲームの続きを聞く?



 いや、それよりも言いたいことが――――――



 私の思考を歓声が切り裂く。


 いつの間にか観客席は人々で埋まり、熱気に満ちていた。と言っても、ほとんどは血気盛んな騎士団の人々。魔法師団の人たちの姿は数えるほど。


「まあ、こういうことには参加しない人が多いから」


 こういうイベントより研究をしていたい、という人たちばかり。


「魔法の扱いに長けて、戦場でも動けたら、ある意味最強なのに」


(ちょーっと体力をつけて健康体(マッチョ)になるだけなのに、勿体ない)


 そんなことを考えていると司会者? の声が響いた。


「これより騎士カッレと魔法副師団長リクハルドによる模擬試合をおこなう!」


 予想外の説明に私は焦った。


「試合!? 体力測定じゃないんですか!?」


 体力測定にこれだけの見学者が集まるのは変だと思っていたけど、まさか模擬試合なんて!? 体力はつけたけど、戦いの訓練なんてしてない! そもそも、それは私の管轄外!


 ワタワタしていたら推しが私の方を見た。紫の瞳がゆっくりと細くなる。まるで、大丈夫だと微笑みかけているみたい。


「え? え?」


(ファンサ!? ファンサービスですか!? あ、これはよく聞くアレだ! コンサートとかでウインクされたって騒ぐヤツ! 実際は別の人にしてたってオチ!)


 納得した私はキョロキョロと周囲を確認した。しかし、ここには私以外の人はおらず、あとは遙か後方にある観客席のみ。


 視線を推しに戻せば呆れたように笑われて。


(私ですかぁぁぁ!?)


 声が出なくて魚のようにパクパクしていると、推しが軽く手を振った。


(もう、完全にファンサじゃないですか! 私へのファンサ!? いくら課金すればいいですか!? ペガサスの胃を献上すればいいですか!?)


 悶える私をカッレの不機嫌な声が叩く。


「よそ見をするとは余裕だな」

「おっと。これは失礼しました」


 推しが顔を前にむける。

 司会者がルール説明を始めた。


「相手の胸か背中にあるバッチを取った者が勝者となる! 剣、魔法は使用可! 顔面への攻撃は不可とする!」


 カッレが剣を抜く。鈍く光る剣は模擬試合用に刃を潰してある。でも、その重さだけで打撃の威力は十分。

 一方の推しは軽く立っているだけ。構えさえない。


 ハラハラする私の前で司会者が無情にも開始の合図を出した。


「はじめ!」


 司会者が手を振り下ろすと同時にカッレが駆け出す。


「たぁぁぁあ!」


 かけ声とともにカッレが推しに剣を振りかざす。しかし、推しは焦る様子もなく右手を前に出して……


『風よ、舞え』


 カッレの足元から風が吹き上がる。いや、風なんて生優しいものではなかった。小さな竜巻となり上空へと伸びる。

 最初は飛ばされまいと足を踏ん張っていたカッレだが、竜巻の勢いには勝てず。


「クソッ!」


 悔しそうな呟きとともに空高く吹き飛んだ。


 それまでの熱気が嘘のように唖然とする観客。静寂とともに空からバッチが二つ落ちてきた。推しが手を出せば吸い込まれるようにバッチが収まる。


「これでよろしいですか?」


 推しに訊ねられた司会者が我に返って声を張り上げた。


「勝者! リクハルド!」


 司会者が勝者を告げると同時にカッレが落下。地面に激突する前に推しが魔法を詠唱した。


『大地よ、包み込め』


 地面が柔らかくなり、ボワンとトランプリンのようにカッレの体が跳ねる。そのままボワン、ボワンと数回跳ねたカッレは魂が抜けたように呆然としていた。

 その姿に観客席から怒号が飛ぶ。


「なにやってるんだ!?」

「騎士団の面汚しか!?」

「簡単にやられてるんじゃねぇよ!」


 騎士団からのブーイングの嵐。

 推しが肩をすくめて観客席に声をかけた。


「では、みなさんこちらへどうぞ。まとめてお相手いたしますよ」


 満面の笑みだが紫の瞳は笑っていない。鋭い気配と、幾人が相手でも負けないという自信。

 野次を飛ばしていた観客が一斉に黙る。息を呑む音さえ響く程の静寂。


「たった一人に怯むとは、騎士団もたいしたことありませんね」


 明らかな挑発。殺気立つ観客席。


(何しているのっ!? 推しぃぃぃぃぃい!?)


 観客席の人々が立ち上がる。


「言わせておけば!」

「なめんじゃねぇ!」

「やってやれ!」


 観客席から雪崩れ込む騎士団の人々。こうなると収集がつかない。


「逃げて!」


 叫ぶ私とは反対に推しが楽しそうに笑う。こんな活き活きした表情は初めて見たかも。


「久しぶりに全力を出しましょうか」


 推しが両手を出して次々と印を組む。


『呼応せよ! 我が魔力は剣! 我が血は盾! 真理を携え、夢幻の狭間へ! 現れよ! 暗闇(オスクリダッ)!』


 推しに集まっていた人々の影が伸びる。


「なっ、なんだっ!?」

「ひぇっ!?」

「来るなっ!?」

「やめっ!?」


 悲鳴は一瞬だった。影が人を包み込み地面に溶ける。


 あれだけ騒がしかった闘技場が不気味な静けさに沈む。


「リ、リクハルド?」


 私の声がやけに響く。名前を呼ばれたのが意外だったのか、推しが目を丸くした後、嬉しそうに顔を緩めた。


「はい」


 それは、それは綺麗な笑顔で。背中にゾクリと寒気が走るほど。


 翌日。このことは極秘裏に処理され、箝口令が敷かれた。



 そして、その数日後。推しが消えた――――――




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