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取り引きと診察

(かっ、課金!? え? どこに!? 誰に課金したら許されますかぁぁぁあ!?)


 推しの温もりが残る腕を感じながら混乱で言葉が出ない私。アトロが私から離れた推しに詰め寄る。


「リクハルド。研究室に逃げようとしただろ?」


 推しが視線をそらして弁明した。


「ヤクシ伯爵の令息に対応して頂けるなら、私は必要ないと思いまして」

「そういう問題ではない。本当に呪いや魔法の類いではないか、直接見てほしい」


 直接という言葉で明らかに顔を歪める推し。

 しかし、アトロは諦めない。


「君が女嫌いなのは知っている。だが、妹はまだ十五歳。社交界デビュー前の子どもだ。それに魔法の研究対象として見ればいい」

「そういう問題ではありません」

「では、話の方向を変えよう」


 アトロが今までの焦りを消す。


「魔法師団の研究費」


 その一言に推しの顔が険しくなった。


「妹を助けたら宰相である父の印象も良くなるだろう。だが、その逆の場合は……」

「研究費が削減されてしまうのですか?」


 私の質問にアトロが頷く。


「その可能性もある、かもしれない」


 職権乱用も甚だしい! でも、ここで怒っても仕方ない。宰相は侯爵家で国内でも有数の権力者。

 身分が下の伯爵家の私では何も言えない。推しの爵位はもっと下の子爵。


(もしかして、推しの大ピンチ!?)


 私は推しに迫った。


「行きましょう! 私が筋肉で解決しますから!」

「いや、私は……」

「行くぞ」


 アトロが推しの腕を掴む。虚弱な推しはその腕を振り払えず、強制的に連行された。



 広大な屋敷の一室。

 淡い水色の壁にアンティーク調の家具。大きな窓には真っ白なレースのカーテン。

 そして中心にはレースとフリルで飾られた天蓋付きベットと、頭元の棚に飾られたぬいぐるみたち。

 私の部屋とは対極の可愛らしさ満載。


 そんな部屋に一人の少女が寝ていた。


「アンティ、調子はどうだい?」

「あまり……変わりありませんわ、お兄様」


 ゆっくりと体を起こす青髪の少女。長い髪が川のように流れ、顔に影を落とす。

 大きな黒瞳は伏せられ、薄幸の美少女という雰囲気。いや、実際に美少女。本当に可愛い。


 見惚れかけているとアトロが牽制するように睨んできた。


「研究対象として見るように」

「言われるまでもなく。それに、これだけ近くにいても他の魔力は感じません。やはり呪いや魔法ではないと思います」


 淡々と説明する推し。近くに、と言いつつも部屋のドア前に立っているため、美少女から軽く二メートルは離れている。


「だから、もっと近くで見てくれ」


 推しを引っ張ろうとするアトロに私は手を挙げた。


「妹さんと少しお話をしてもいいですか? あと、できれば目と舌と爪を見させてほしいのですが」

「目と舌と爪を見て、どうするんだ?」


 アトロのもっともな質問に私は答えた。


健康体(マッチョ)になるためです」

「どういうことだ?」

「言葉の通りです。今の状況を改善するには筋肉が必要ですから」

「目と舌と爪を見ることが筋肉になるのか?」

「はい。あと話をすることも、です」


 半信半疑の目を向けるアトロ。

 それもそのはず。私がこれからすることは、この世界では知られていないこと。

 前世で自分の体を少しでも元気にするため独学で調べた知識と、祖父から教わった薬学の知識を合わせて作った、筋肉育成レシピ。


「……アンティ、いいか?」


 美少女の視線が私に向けられた。まっすぐ私を見ているはずなのに、私ではないナニカを見ているような黒瞳。

 私をじっくりと観察した美少女がゆっくりと頷く。


「はい、お願いいたします」


 私はベッドサイドまで行き、片膝を床について目線を美少女に合わせた。


「はじめまして。レイソック・ヤクシ・ノと申します」

「アンティ・クニヒティラです。アンティとお呼びください」

「では、アンティ嬢。爪を拝見させていただいてもよろしいですか?」

「はい、どうぞ」


 差し出されたのは、少し乾燥した真っ白な手。


「失礼いたします」


 細く長い指先にある爪にそっと触れる。平たく柔らかい。淡いピンク色のツメに白い斑点が浮かぶ。


「ありがとうございます。次に舌を出していただけますか?」


 アンティ嬢が戸惑いながらも小さく口を開けて舌を出した。舌が厚く周囲にはボコボコと歯型が付いている。


「ありがとうございます。体が怠くなる前は、どのような食事をされていましたか? 肉は食べていました?」

「お肉は苦手でして……野菜を中心にいただいていました。ただ、最近はあまり食欲もなくて」

「野菜は炒めていました?」

「いえ。煮るか、蒸し料理です。母が異国の陶器の鍋を使った料理が好きでして」


 原因が掴めてきた私は軽く頷いた。


「では、最後に目を見させてください」


 私はアンティ嬢の白目を覗き込んだ。真っ白のようだが薄く青みがかっている。


「わかりました。これで終わり……」


 アンティ嬢の黒瞳が目に入る。まるで漆黒の闇のような底が見えない黒。吸い込まれそうなほど魅力的で、その先に輝くナニかがある。


(様々な色が波打つように光って、まるで虹みたいな……って、虹!? 目の中に虹!?)


 ありえない光景に思わず顔を引く。


「どうかされましたか?」

「い、いえ。何でもありません。アンティ嬢に必要な薬を調合いたします。あとは私のレシピ通りにしていただければ……」


 アトロが私の言葉を遮る。


「回復魔法で治らなかったものが薬で治るものか」


 私は立ち上がりアトロに説明をしようと声を出した。


「それは……」

「お兄様、私はレイ……様の言う通りにしたいと思います」


 今度はアンティ嬢に言葉を遮られた。この兄妹は人の言葉を遮るのが趣味なのだろうか。


「しかし、こんな爪と舌と目を見ただけで作った薬が効くとは思えない」


 そう思うのが普通だろう。

 私は注釈を入れた。


「効果が出るのは早くて数週間後です」

「そんなにかかるのか!?」

「場合によっては数ヶ月かかります」

「そんなに待てるか!」


 苛立ちを隠さないアトロ。

 確かに回復魔法なら短時間で治る。だから、治療師が雇える裕福な貴族の間では、薬は時代遅れという認識が広まっていた。

 ただ実際には回復魔法だけで補いきれない部分もあり、そのためヤクシ家は王家専属薬師として残っている。


 どう説明するか考えていると、ずっと黙っていた推しがアトロに言った。


「回復魔法とて万能ではありません。ここは他の方法を試すのも手だと思います」

「だが……」

「ここまで私が近づいて検知できない呪いや魔法があるとしたら、それは体に直接刻み込まれたモノになります。そうなると、直接全身を見るようになりますが、そこまでしますか?」

「そ、それはアンティの裸を見るということか!?」


 顔を真っ赤にして叫ぶアトロに対して、推しが冷淡に頷く。


「そ、そんな破廉恥な! ……分かった。ダメ元で試そう」


 渋々、了承するアトロ。


(さすが推し! このまま、ずっと眺めて……いや、その前に推しも健康体(マッチョ)にしないと! まずは薬とレシピの作成のために推しの状態を……)


 あれこれと考えているとアンティ嬢が私を手招きした。


「どうかされましたか?」


 再びベッドサイドに片膝をついた私にアンティ嬢が顔を寄せ、耳打ちをする。


「少しお話したいことがあります、お姉様(・・・)


 思わぬ言葉に私の体が固まった。


(まさかっ!? もう女って、バレた!?)


 そっと横目で覗き見れば、アンティ嬢が小悪魔のように可愛らしく微笑んでいた。




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