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乙女ゲームのモブに転生したので、男装薬師になって虚弱な推しキャラを健康体(マッチョ)にします~恋愛? 溺愛? 解釈違いです~  作者:


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ユレルミからの報酬と推しとの間接キス

 推しを健康体(マッチョ)にするようになって三ヶ月。推しは順調に体力作りと筋トレをしていた。薬の効果もあるのか、推しの代謝もあがり食事量も増え、筋肉も少しついてきた。


「体の基礎が出来てきたし、順調ですね」


 今日は久しぶりの休日。

 私は通り沿いにあるカフェのスターベックスを歩く人を眺めながら、ほくほくと珈琲を口にした。フルーティーな香りに苦みが絶妙。

 前から気になっていた新作のケーキを食べるためにやってきた。ちょっとオシャレな庶民が集まるカフェだけど、貴族が利用することはない。だから逆に安心して利用できる。


(社交界で顔を合わすような人がいたら、気楽に食べられないし)


 私は皿に添えられたフォークを掴んだ。

 真っ白な皿に映える真っ赤なベリーのスポンジに、生クリームが添えられたケーキ。フォークで一口大に切り分け、サクッと刺すと口の中に放り込んだ。


「うーん、美味しい」


 甘酸っぱいベリーのスポンジに、甘すぎないクリーム。ふんわりとした風味は、珈琲を引き立てる味。

 たまには、こういうのんびりとした時間もいいかも。


 カフェの雰囲気と優雅な時間を堪能していると隣の席から懐かしいオネエ言葉が聞こえた。


「美味しそうに食べるわねぇ」

「ゴフッ!」


 なんとか口を閉じて吹き出すことだけは防いだ。慌てて珈琲で口の中のケーキを流し込み、隣に顔をむける。


「ユ、ユレルミ!?」

「はぁい。久しぶりね」


 テーブルに肘をつき、全身真っ黒な服装で軽く私に手を振る。美形な外見のため、周囲の女性の視線が集まる。


「ど、どうしたんですか?」

「仕事が一段落ついたから。改めて、お礼を言いにね」

「お礼?」


 首を傾げる私にユレルミが微笑む。


「あなたの薬のおかげで子どもたちの咳や痒みは治って、無事に家族のところまで連れて行くことができたわ」

「やっぱり訳ありの子どもたちだったんですね」


 ユレルミが背筋を伸ばして珈琲を口にする。その姿勢はやっぱり綺麗で。筋肉がしっかりしているから見栄えもいい。


「ミギ国のお偉いさんの子どもたちでね。親は早々にヒダリ国に亡命したんだけど、足が遅い子どもたちは連れて行けなくて。でも、どうしても子どもを諦めきれない親から依頼されたのよ。政敵に捕らわれた子どもたちを誘拐して連れてきてほしいって」


 ミギ国は私が住んでいる国の東側にある国。最近、王族の後継者争いで政治が不安定になっているらしい。ちなみに私が住んでいる国はマン・ナカ国で、ヒダリ国はマン・ナカ国の西側にある。あと北にウエ国と、南にシタ国。

 かなりいい加減な名付けだと思うけど、ゲーム設定のせいか誰も疑問に思わずに国名を口にする。


 私はなんとも言えない気持ちとともにケーキを口に運んだ。


「そんな重要なことを私に話してもいいのですか?」

「あなたなら驚くことなく普通の雑談のように聞いてくれると思って。それに、子どもたちの親から子どもたちを治療してくれたお礼を預かったのよ」


 ユレルミが私の前に布袋を置く。音からして硬貨か貴金属が入っていそう。


「治療も何も薬を渡しただけですから。あなたたちがちゃんと飲ませなければ効果はありませんでしたし。なので、いりません」


 私は布袋をユレルミの前に滑らせた。


「でも、あなたの薬がなければ子どもたちは親元にさえ辿り着かなかった可能性のあるのよ。親からの感謝の気持ちなんだから、素直に受け取っておきなさい」


 ユレルミが私の前に布袋を滑らす。


「いりません」

「受け取りなさい」

「いらないです」

「口止め代も入っているんだから」

「こんなことしなくても誰にも言いません」


 布袋が私とユレルミの前を行き交う。これが夜のバーなら、カウンターでマスターが「あちらのお客様からです」とシューとお酒を滑らせてカッコ良く決まる場面なんだろうけど、残念ながらここは昼間のカフェ。


 広くないテーブルの上を布袋が右へ左へ滑る。


「もう、いい加減に!」


 私が滑ってきた布袋を掴もうとした時、大きな手が遮った。


「え?」


 顔をあげれば、私とユレルミの間に入るように立つ推し。


「な、なんでここに!?」


 推しも休みとは聞いていたけど、まさかカフェに来るなんて!?


 驚く私を背中に隠すように推しがユレルミと対峙する。


「いらないと言っている物を押しつけるのは失礼になりますよ」

「これは私とこの子の問題であって、他人のあなたには関係ないことよ」


 推しの顔は見えないけど、雰囲気で不機嫌が増したのが分かる。推しの声が一段低くなった。


「しつこい男はモテませんよ」

「あら。真にモテる男は、そんな小さなことに左右されないの」


 そう言ったユレルミが流し目とともにウインクをする。それだけで周囲から湧き上がる黄色い声。さすが、自分の魅せ方をよく知っている。

 私は推しの袖を引っ張った。


「あの、どうしてここに?」


 チラリとこちらに顔をむけた推しが私に視線をさげる。


「昨日、新作ケーキが、と話していたので……」


 研究一筋の推しが他のことに興味を持った!? 筋肉がついて余裕が出てきた!?


「……なんですか、その顔は」


 つい喜んでしまった顔を引き締める。


「いえいえいえ! 興味を持ってもらえて嬉しいなんて、少しも思っていませんよ!」

「……嬉しいんですか?」

「いえいえいえ! そんなことありません!」


 気を抜くとニヤついてしまう顔。必死に取り繕っている間にユレルミが姿を消した。


「しまった!」


 布袋を持って立ち上がりカフェ内を見渡すけど、どこにもいない。


「あー、やられた……」


 ガックリと腰を落とした私に推しが訊ねる。


「その袋は何なのですか?」

「いろいろあって……簡単に言うと薬代です」


 推しが顎に手を添えて考える。真っ直ぐでふらつくことのない立ち姿。この三カ月で体幹が鍛えられた証拠。

 筋トレの成果を実感していると推しが言った。


「それなら対価ということですよね? なぜ受け取るのを拒否していたのですか?」

「お代をもらうつもりじゃなかったから」

「ですが、薬の原料は高価です。受け取れる時はちゃんと受け取るべきだと思います。でないと、損ばかりするようになります」

「そういうつもりはないんだけど……」


 気まずくなった私は誤魔化すようにケーキを口に入れた。


「それが新作ケーキですか?」

「そう、美味しいですよ。お手軽だけどコンビニより美味しくて……」


 私は慌てて口を閉じた。コンビニはこの世界にはない。怪しまれないためにも、この世界にない単語は使わないようにしていたのに。気が緩んでいるのかも。


「……コンビニ?」


 推しの呟きを消すように私は叫んだ。


「とーっても! 美味しいんですよ! ほら! 食べてください!」


 私は最後の一欠片をフォークに刺して推しの口に突っ込んだ。


「んぐっ!?」


 物理で推しを黙らせた私は飲みかけの珈琲も差し出した。


「珈琲も! 美味しいので飲んでください!」

「んんっ、ん!」


 推しが手で私を制する。傷のない綺麗で大きな手。あ、生命線と運命線が長い。


「け、結構ですので。失礼します」


 真っ赤な顔になった推しが慌てたように回れ右をして早足でカフェから出ていった。


「……どうしたんだろう」


 と呟いて私は自分が持っているフォークに注目した。


(最後の一口を推しが食べたフォーク……)


 その事実に気づいた私は顔が噴火するのではないかと思うほど熱くなった。


(わ、わわ、わわわわた、私は、なんて恐れ多いことをっ!? し、しかも、これは間接キスというものでは!?)


「このフォークを持って帰りたい……収納袋にいれて家宝にしたい……でも、このフォークはお店の……」


 私は絶望の涙でテーブルを濡らした。残りの珈琲の味は分りませんでした。




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