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乙女ゲームのモブに転生したので、男装薬師になって虚弱な推しキャラを健康体(マッチョ)にします~恋愛? 溺愛? 解釈違いです~  作者:


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宇宙と香水

 おかしい。ついさっきまでアンティ嬢が隣にいて、私の腕に抱きついていたのに。


 気がついたら推しが私の体を引き寄せていて。その瞬間、私の背景が宇宙になった。呆然としたまま足を動かすけど、やっぱり世界は宇宙のままで。

 口から魂が出かけたところで、背中に感じていた温もりが消えて推しが謝る声がした。


(ま、待って! タイム! タイムゥゥゥウ!!)


 我に返った私は目の前の馬車に逃げ込んだ。そのまま座席に伏せる。


(お、おおおお、おぉ、推しが!? 推しの手が、体がぁ!? この一ヶ月だけでも夢のような生活だったのに、それ以上のイベントなんてぇぇぇ!)


 座席をバンバンと叩いて悶える。


(この気持ちをなんとかしないと! このままでは、尊死してしまう!)


「あのぉ、レイソック様。あまり椅子を叩かないでください。馬車が壊れます」


 御者の言葉に現状を思い出す。


「す、すみません! あ、リクハルド卿は!?」


 一緒に研究室に行くはずだったのに馬車に乗ってこない。


「なんか、外で固まってますよ」


 そこで私は自分の行動を振り返った。推しは自分の研究もあるから早く研究棟に行きたくて私をアンティ嬢から離したのに、私が変な行動をしたから!


 私は馬車から出て推しに声をかけた。


「あの、失礼いたしました。早く研究棟へ行きましょう」


 返事がない。遠くを見つめたまま、焦点が合わない目。


「リクハルド卿?」


 おーい、と顔の前で手を振っていると、ハッとしたように紫の瞳に光が戻った。


「ヤクシ家の……どうされました?」

「あの、研究室に行こうかと……」

「あ、あぁ。そうですね、行きましょう」


 推しが繕ったような笑顔を浮かべる。

 私は再び推しと共に馬車に乗ったけど、空気が! さっきまでと何かが違う! さっきも向かい合って座っていたけど。

 無言の私たちを乗せて走る馬車。


(こういう時は筋トレ! 筋肉はすべてを解決する!)


 目を閉じて空気椅子に集中した。行きの大通りとは違い、研究棟への道は細く、舗装が悪いため揺れが激しい。


 ガタッ!


「わっ!」


 一際大きな揺れに体が反応できず倒れかける。


「危ない!」


 伸びてきた大きな手が私の体を支え、壁との衝突を回避。ホッとしたところで、改めて自分の体に視線を落とした。

 胸から脇の下にかけて私の体を支える腕。その腕の持ち主は言うまでもなく……


「しし、し、失礼しました!」


 私は狭い馬車の中で飛び退いた。そんな私の勢いに驚いたのか推しが目を丸くする。


「大丈夫ですか?」

「は、はは、は、はい! だ、だだ、大丈夫です!」


 作り笑いをしながらさりげなく推しに触られたところを確認する。


(サラシを巻いていたから胸の感触はなかったはず)


 そっと覗き見すれば推しに変った様子はない。


(もし、女ってバレたら距離を取られるどころか、二度と会えなくなる可能性も……そうなる前に、魔法と薬で男になったほうが安全かも……)


 俯いたままブツブツと考えていると推しが声をかけてきた。


「何かありましたか?」

「いえ! 何も! 何も、ありません!」

「そうですか……」


 推しが考えるように目を伏せる。物思いに耽る表情。心なしか暗い影も。これはこれでカッコいい! さすが推し! すべてが絵になる!


 いつまでも鑑賞していたいけど、そうもいかない。


「何か気になることがありますか?」


 私の問いに推しが顔をあげる。


「……いえ。なんでもありません」


 歯切れが悪い。


(ま、まさか、今の一瞬で女とバレた!? いや、まだ決めつけるには早い。でも、気になる!)


「あの、何か失礼をしましたでしょうか?」


 少し悩んだ推しが言いにくそうに口を開いた。


「個人的なことになりますので、話したくなければ黙っていてください」


 重めの前置きに私の胸が跳ねる。


(な、なに!? 本当に女ってバレだ!?)


 ドキドキする私に推しが恥ずかしそうに視線をずらして言った。


「どのような香水を使われているのかと思いまして」

「……香水?」

「はい。その、男性が使うには甘すぎるように感じたので」


 私はキョトンとした。


「使っていませんよ」


 次に推しがキョトンとした顔になる。


「え?」


 私は慌てて自分の腕を鼻に近づけた。


「もしかして、変な臭いがしました!? 自分の体臭って分からないんですよね! 苦手なら香水を付けますので、好みの匂いを教えてください!」


 推しに(くさ)いと言われたら、余裕で死ねる! 即死する! それだけは回避しないと!


 狭い馬車の中で必死に推しから離れながら自分の臭いを嗅ぐ。でも、やっぱり臭いはしなくて。

 そんな私を推しがなだめる。


「苦手とかではありませんから。ただ、花か蜂蜜か……そんな甘い香りだったので」

「花か蜂蜜……もしかしたら、石けんの匂いかも?」


 ここで私は推しのBL疑惑を思い出した。女嫌いなんだから、匂いも男っぽいほうが好きなのかも。


「わかりました! 任せてください!」

「……何が分かったのですか?」


 推しが微妙な顔になる。馬車の窓からは少し距離があるけど、男性用の小物専門店が見えた。


「止めてください」


 私の指示に御者が馬車を停車させる。


「どうしたのですか?」


 推しの質問に私は馬車のドアを開けて振り返った。


「ちょっと買い物をしてきます。リクハルド卿は先に研究棟へ行っていつものように筋トレと体力作りをしていてください」

「ちょっ……」


 馬車のドアを閉めて推しを言葉ごと閉じ込める。


「じゃあ、研究棟までお連れして、屋敷に戻ってください」

「かしこまりました」


 御者が馬車を発進させる。騒音と砂埃に消えていく馬車を見送った私は目的地を睨んだ。


「待っていなさい、香水!」


 私は人通りがないことを確認して店へ走った。



「ただいま戻りました!」


 推しの研究室のドアを盛大に開ける。空気椅子で研究をしていた推しが何か言いかけて、速攻で鼻を摘まんだ。


「なんですか!? その強烈な臭いは!?」

「店で一番人気の香水をつけたのですが」

「強すぎです!」


 推しが次々に窓を開けていく。


「ダメですか?」


 私は自分の手首に鼻を近づけた。森の中にいるような爽やかな香りに野性的な独特の甘い匂いが混じる。

 推しが窓辺に立ったまま私に右手を向けた。


『浄化の水を』


 バシャ!


「なっ!?」


 頭上から大量の水が降ってきた。


『温もりの火を』


 ボワン!


 一瞬で全身が乾く。


『一掃する風を』


 窓から風が吹き込み室内を一巡して空へと戻っていった。

 これで、すっかり香水の匂いはない。


 推しが窓を閉めながら話す。


「まったく。鼻が曲がるかと思いました。そもそも香水とは汗の臭いを誤魔化す目的もあります。汗と混じった時にどのような匂いがするか、それも知ってから使わないと悪臭になることがありますよ」

「汗……」


 そこで私は思い出した。推しと同じ匂いの香水を作ろうとして何度も失敗していることを。


「そうか! 汗が足りなかったから! 汗がなかったから微妙に違ったのですね!」


 ポンッと両手を叩く私に、推しが肩を落としながら近づく。


「もう香水は使わないでください。下手な臭いは集中力が乱されますので」

「でも、リクハルド卿は香水を使っていますよね?」

「使っていませんよ」

「え? だって、こんなにいい匂いがするのに」


 私は推しに鼻を近づけた。ミントのような爽やかな香りの中に、ほのかに漂う甘い花の匂い。


「ほら、いい匂いがします」


 顔をあげると、私を見下ろす推しとバッチリ目が合って……


(無意識とはいえ、私は推しになんてことをっ!?)


 私は瞬時に後ろにさがり、土下座した。


「すすす、すっすみません! 調子にのりすぎました! 近づきすぎました!」


 額を床につけていると、プッと吹き出すような声がした。


「まったく。見ていて飽きない動きです」

「お、怒っていませんか?」

「なぜ、怒るのです? それより研究の続きをしないと」


 推しが背中をむけたところで私は立ちあがってポケットからハンカチを出した。


「あと、これ。以前、拾ったのですが、そのまま返し忘れていて」


 実はユレルミが持ってきたハンカチと同じ物。たまたま同じハンカチが売られていたので、買ってきた。……決して忘れていたわけではない。


 すぐに受け取ると思ったけど、推しはハンカチを黙ったまま見つめている。


「どうしました?」

「いえ。ありがとうございます」


 推しはハンカチを受け取って研究に戻った。


(よし、これで一つ解決。次は推しの香水を完成させるために汗を採取しないと!)


 私は推しから見えないところで握りこぶしを作って気合いを入れた。




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