騎士カッレと魔法師団団長
シワ一つない騎士服に身を包んだカッレが鋭い視線で推しを睨む。
「魔法師団という名だが、魔法の研究ばかりで実践経験どころか演習の経験さえほぼない。そのような状態で国の有事の際にどこまで動けるのか。戦場で戦うことが出来なければ魔法師団の存在など意味がない」
魔法師団は戦争が起きた時に魔法で戦う部隊。だけど、この世界の魔法は使い手によって威力の差が大きく、場合によっては騎馬騎士団のほうが強い。
そのため、魔法師団は誰でも使える威力が強い魔法の開発と、戦場での効率的な治療魔法の開発に力を入れている。ヤクシ家が納品している薬草は治療効果を上げるための実験に使われているらしい。
そのため、実戦より研究一筋の人間が多く、戦場向きではない。
納得しかけたけど、カッレの次の言葉が私の逆鱗に触れた。
「しかも、副師団長を務める者が戦場にも立てない虚弱で腑抜けぶり。魔法師団の存在自体が甚だ疑問だ」
推しを貶める発言に私は叫んだ。
「戦場に立てないなんて、やってみなければ分からないじゃないですか!」
「そのような状態で言われても説得力は皆無だ」
カッレの視線の先には私にお姫様抱っこされた推し。たしかにそうだけど、そうじゃない!
私は怒りに燃えたまま口走った。
「半年! 半年で改善します!」
「改善? 何を?」
「半年で戦場に立てることを証明します!」
私の宣言に推しが慌てる。
「勝手に何を……」
「私が健康体にします!」
ここでようやくカッレが私のことを思い出した。
「そういえば、貴殿は今朝ぶつかった……」
「レイソック・ヤクシ・ノです」
「私はカッレ・パーヴィスト。ヤージェット騎馬隊の副隊長をしている」
十八歳で騎士団の騎馬副隊長は破格の昇進。それだけ実力があるのだろう。
カッレが私の腕の中にいる推しを見下ろした。
「自分でも歩けない醜態を晒すなど、自己管理ができていない証拠。そもそも不健康な虚弱など怠惰の結果だ」
その言葉に私の中で静かに糸が切れた。そっと推しを床に降ろし、声をかける。
「すみません、少し待ってください」
私の尋常ではない気配を察したのか、推しが無言で下がる。
カッレの前に立った私は勢いよく睨みつけた。
「取り消してください」
眉をひそめ、不思議そうに首を傾げるカッレ。
「……何をだ?」
「不健康が怠惰の結果という言葉を、です」
「何故だ? その通りだろ?」
私は両手をキツく握りしめ、叫んだ。
「五体満足であることが! 体が健康であることが! それが普通だと、当たり前だと思わないでください! 世の中には、どれだけ努力しても健康になれない人もいるんです!」
前世の私のように!
「健康に憧れて! 普通であることに憧れて! 人の何倍も努力をしたのに! 結局は死んでしまった! そういう人もいるんです!」
目がジワリと滲む。悔しさが溢れ出す。
私は涙が出ないように奥歯を噛みしめた。
「そんな人たちの努力を! 何も知らないあなたが否定しないでください! あなたよりも、ずっとずっと努力して! 苦痛に耐えて! あなたよりも生きたいと思ったのに、生きられなかった人がいるんです!」
私の威勢に押されたのか、カッレの足が少し下がる。
「あなたは朝、起きて生きていることに絶望するだけの苦しみを感じたことがありますか!? 何もしていないのに、ただ普通に生きたいだけなのに、それさえも叶わない辛さを知っていますか!? あなたは、それを怠惰の結果だと言うのですか!?」
カッレに詰め寄ろうとしたところで肩に手を置かれた。
「それぐらいでいいでしょう」
落ち着いた推しの声。背中に感じる温もり。ふわりと私を包み込むミントの香り。
これだけで私は硬直した。
(もっ、もしかして、推しの手が私の肩に!? すぐ後ろに推しがっ!?)
頭に上っていた血は別の方向に沸騰。思考回路が完全に停止してしまった。
たぶん頭上から湯気が出ている私に代わって推しがカッレに言った。
「魔法師団の在り方については、ここで決めることではありません。ですが、そちら側の意見も踏まえ、今後の課題としていきます」
推しの話にカッレが気を取り直す。
「騎士団としての意見を魔法師団長に提言した。どのような対応をするかは、そちら次第だ」
そう言ってカッレが私たちの横を通り過ぎる。その足音で意識が戻った私は、カッレの背中に叫んでいた。
「ちょ、待ちなさい! まだ、言いたいことが……」
カッレの足が止まる。まっすぐ前を向いたまま凜とした声で言った。
「先程の言葉。撤回する」
思わぬ発言。
「え?」
驚く私にカッレがハッキリと言葉にした。
「不健康は必ずしも怠惰ではない。以上だ」
カッレが再び大股で歩き出す。
「……」
呆然とする私と推しを残してカッレが研究棟から出て行った。
そういえばカッレもユレルミ同様に正義感キャラだった。でも、こうと決めたら猛進して融通が効かない頑固一徹。
それにしても言い方ってもんが……と考えていると、背後から手を叩く音が響いた。
「いやぁ、素晴らしい。猪突猛進で有名な彼の意見を撤回させるとは」
振り返ると六十歳ぐらいの男性が歩いてきた。
白髪交じりの薄墨色の髪に、燃え尽きた灰のようなグレーの瞳。目尻のシワは深いが顔立ちは整っており、俗に言うナイスミドルのような人。ちなみに筋肉はない。
「……ヘンリッキ団長」
推しの呟きに思わず姿勢を正す。
(推しの上司! 印象を良くしないと!)
身構える私にヘンリッキ団長が穏やかに話す。
「失礼ながら、カッレ副隊員とのやり取りを見させていただいだよ。なかなか小気味よかった」
「い、いえ! 勝手を言いまして、すみませんでした!」
ヘンリッキ団長が年齢を重ねた渋い笑みを浮かべる。
「いや、いや。さすがヤクシ家の令息。治療が必要な者の苦しみをよく存じている。私の心にも響いたよ」
「そ、そんな……」
そこまで真っ直ぐに褒められると、さすがに恥ずかしい。
照れる私にヘンリッキ団長が穏やかな口調のまま言った。
「そこで一つ、頼みがあるのだが」
「頼み?」
この話の流れで頼みをするようなことが?
ヘンリッキ団長が灰色の瞳を推しに向ける。
「リクハルドを戦場に出られるぐらい健康にしてくれないか?」
思わぬ申し出に一拍おいて。
「「えぇっ!?」」
私と推しが同時に声を上げた。
すぐに推しが慌てて身を乗り出し、ヘンリッキ団長に訴える。
「なぜ、そうなるのですか!?」
「カッレ副隊長が話していただろう? 魔法師団の在り方について騎士団から正式に陳書が提出された。これは議会にも提出されている。場合によっては魔法師団の存続が危ぶまれる」
「ですが、どうして私が!?」
「魔法師団も戦えるということを証明するため、だよ。リクハルドの年齢なら戦場に出ることもあるだろう。その時に戦えるということを見せなければならない」
「それこそ私ではなく、他の体格がいい者がするべきです」
必死に訴える推しにヘンリッキ団長が残念そうに首を横に振る。
「それでは効果が薄い。副師団長である君が虚弱であることは多くの者が知っている。それが半年で戦えるまでになれが、魔法師団はいざという時は戦力になる、という宣伝にもなる」
「それならば体を鍛えるのではなく、魔法を鍛えるべきです」
「戦場に行く体力がなければ、戦場で魔法も使えないだろう?」
反論できない推しが唸る。
「まずは戦場で戦えるだけの体力をつけるんだ。君の魔法と魔力はそこらの騎士より強い。戦場で十分戦えるだけの力はある。ないのは体力だけだ」
「ですが……」
ごねる推し。
(ヘンリッキ団長! もう一押し!)
ここで私が下手に口を挟んで流れを変えてはいけない。
私は心の中でヘンリッキ団長を応援した。




