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出会いと決意

 朝、起きて生きていることに絶望する。同時に襲ってくる吐気と目眩と怠さ。眠るのは体が苦痛に耐えられなくなった時。

 死ぬこともできず、漫然と生きていた。


 その生活を推しが変えた。


 少しでも推しの乙女ゲームをプレイするために、私は生きること、健康になることに貪欲になった。結局は早死にしたけど。


 その後、生まれ変わった私は幼い頃から記憶に違和感があった。

 教えられていない国名や地名を知っていたり、体験したことがない記憶があったり。

 しばらくして、この世界が前世でプレイした乙女ゲームだと気づいた私。狂喜乱舞しつつ推しを探した。


 すると、推しは不健康に染まり、風の前の鬼灯(ほおづき)状態。 


 このままでは、短命だった私と同じ道に…………いや、そんなことはさせない!



 私が、全力で推しを健康体(マッチョ)にする――――――



 決意を秘めた私は今、社交界に出席するため、双子の兄と王城の廊下を歩いていた。

 足元すら照らせない華美なシャンデリア。嫌味なほどの金銀で装飾された廊下。無駄に足音が響く大理石の床。鼻を刺す強烈な香水の残り香。

 すべてが私の不機嫌に拍車をかけ、嫌になる。


 私はすまし顔のまま、いつもの歌を口ずさんだ。


「プロテインっ! 飲んだらばっ! 筋肉もりもりばーっきばき! 社交界! 行きたくねぇ! 挨拶回りでぐーるぐるっ♪」

「ここで、その歌を歌うな」

「今の私の心情です」


 隣に視線を移せば、私と同じ顔の兄がうんざりしていた。

 栗色の髪に藍色の瞳と、そこそこ整った容貌。この顔に化粧をして髪を伸ばしてドレスを着せてれば私ができあがる。


「この歌を歌ってたら誰も近づかないので便利なんです」

「そんな変な歌を歌うヤツに近づきたくないからな。だが伯爵家の娘として、もう少し外聞を気にしろ。あと、十七歳になったんだから社交界には顔を出せ」


 王家専属の薬師の家系であり伯爵の爵位を持つ我が家。その一人娘として貴族社会の交流の場である社交界への顔出しは必須。

 でも、私はそのことに興味がなくて。


「私は屋敷で薬の調合と筋トレができればいいのです」


 いつ推しと会っても大丈夫なように準備だけは抜かりなく。


 そんな私に兄がため息を吐いた。合わせ鏡のような、その姿。

 男女の双子なら遺伝子の関係で、ここまで似ることはない。それなのに瓜二つなのは、ゲームの設定だから。


『救国の聖女~真実の愛を求めて~』


 この国の第三王子が二十歳の誕生日を迎えた日、魔王が復活するところからゲームが始まる。魔王を再び封印するため、現実世界から主人公(プレイヤー)が召喚され、攻略キャラと旅をしながら恋愛するゲーム。


 遺伝子さえも凌駕するゲームの世界、恐るべし……って、今はその話じゃなくて、推しよ、推し。


 私の推しも攻略キャラの一人。


 ゲームの世界だと確信してからは、とにかく推しを見ようと必死に探した。


 けど……


「お、レイソック殿が令嬢を連れているとは珍しいな」


 正面から過剰にキラキラした少年が登場。

 蛍のように発光する金髪に、近所の湖のような青い瞳。整った顔立ちは国内外の女性の憧れの的。

 私と同じ十七歳で体は成長途中。健康体(マッチョ)になれるかは、これからの生活(筋トレ)次第。未来に期待しよう。


「ヴェリ王子。こちらは妹のレイラです」

「あぁ、双子の。噂通り似ているな」


 王子にしては気さくな言葉と態度。たぶん、ゲーム設定の影響だろう。

 この王子が二十歳になるとゲームが始まる。当然、攻略キャラの一人。


 でも、推しではない。


 青い瞳が不躾にならない程度に私を値踏みする。

 私は流れるように片足を内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、スカートに手を添えて、背筋を伸ばしたまま挨拶をした。


「はじめまして、ヴェリ王子。マルッティ・ヤクシ・ノ伯爵が娘、レイラ・ヤクシ・ノです」


 ちなみに、この乙女ゲームの世界は攻略キャラ以外の名前や地名が酷い。

 兄の名前なんて『レイソック・ヤクシ・ノ』入れ替えると薬師の令息。主人公に薬を渡すだけのキャラとはいえ適当が過ぎる。

 私は、ゲームの中で兄が「瓜二つの双子の妹がいる」と主人公に話しただけだったので、難を逃れた。もし、名前が出ていたら『レイジョッウ・ヤクシ・ノ』になっていたかも。

 名無しのモブ万歳。普通の名前をつけた、この世界の両親万歳。


 心の中で万歳三唱をしていると、ヴェリ王子が驚いたように表情を崩した。


「優雅で素晴らしいカーテシーだ。最近の令嬢はここまで膝が曲げられず、体が傾くのに」


 その原因は最近の流行の靴にある。踵が細くバランスを崩しやすいため、浅く膝を曲げるしかない。

 私は軸がブレないように体幹を鍛えているので問題ない……が、説明はせずに微笑む。


 筋肉はすべてを解決する。前世の主治医と今世の祖父の言葉。


 前世の私は学校より多くの時間を病院で過ごした。

 唯一の友だちは、この乙女ゲームを私の病室に持ってきて一緒に遊んだ少年だけ。でも、その少年もいつの間にか姿を見せなくなり、ゲームは途中で終わった。


 その後、健康な体に生まれ変わった私は、完全なる健康体(マッチョ)を目指した。

 誰にも心配かけず、元気に生活するために。


 そして、推しを健康体(マッチョ)にするために!


 心の中で気合いを入れる私。

 一方のヴェリ王子が何かに気づいたように視線を移し、口早に言った。


「では、私はこれで失礼する。また後で、レイラ嬢」


 キラキラをまき散らしながら早足で去るヴェリ王子。その先には一人の青年がいて……


「リクハルド!」


 ヴェリ王子が呼んだのは、私がずっと探していた推しの名!


 推しの居場所は分かっていた。ただ、ゲームと設定が異なる部分があり、女の私は近づけず。しかも滅多に社交界に出席しない。

 それが、ここで姿が見られるなんて!


「……研究室に戻る途中なのですが、何か用ですか?」


 青年が心底嫌そうな低い声とともに振り返る。


 月光を弾く粉雪のような白銀の髪……に艶はなくパサパサ。夜明けの空を雫にして垂らした紫の瞳……の下には濃い(クマ)。抜けるような白い肌……は幽霊のように青白い。スラリと高い背……はガリガリで風が吹けば飛びそう。


 その瞬間、私の頭上に雷が落ちた。


 これこそ推し! 設定が違う部分があったから半信半疑だったけど、姿を見て確信した。

 私が健康体(マッチョ)にしなければならない、推しキャラ!


 歓喜のポージングを次々と決める精神を落ち着かせるため、私は深呼吸をしながら手首、足首を軽く回した。

 心は決まった。準備(スタンバイ)はできた。



「全力でいきましょう」



 踵を返した私の動きに合わせて、長い栗色の髪が波打つ。艶やかで自慢の髪だったけど、しょうがない。

 私はガッシリと兄の腕を掴んだ。


「ん? どうし……おい! そっちは外だぞ!?」


 叫びながら抵抗する兄を引きずって歩いてきた廊下を戻る。日々、鍛えている健康体(マッチョ)の前では兄の抵抗など蟻のごとし。


 私は暴れる兄を馬車に押し込んで屋敷へ帰った。



「はぁぁぁ。で、ちゃんと説明してくれ」


 普段着に着替えた兄がマリアナ海溝より深くソファーに沈む。

 ここは私の自室。ベッドと机と椅子と応接セットがあるだけ。私の小遣いは壁一面の本棚に収まっている薬学書と人体書と魔法書に消えた。


 シンプルなワンピースに着替えた私は兄の反対側のソファーに腰をおろした。


「ちょっとご協力いただきたくて」

「……嫌な予感しかしないけど、一応聞こう」

「では」


 私は腰に隠していたナイフを引き抜くと、左手で自分の髪をまとめ、ナイフを滑らした。


 サクッ!


 ナイフの刃が鋭かったのか、軽く手を動かしただけで目的は達成。


 首元を夜風が撫で、背中が涼しくなり、頭が軽くなった。この感覚は何年ぶりだろう。いや、この体になってからは初めてかも。


 目玉が飛び出そうなほど見開き、床に顎がつきそうなほど口を開けている兄に、私は切り立てホヤホヤの髪を差し出した。


「お兄様、この髪の毛で女装して(私になって)ください」


 焦点が合わない目をした兄の口から間抜けな声が落ちる。


「は?」


 続けて私は目的を言った。


「で、私は男になります」


 一拍置いて。


「はぁぁぁあ!?」


 兄の絶叫が木霊した。





本日は昼と夜も更新

明日からは完結まで朝夜更新します(๑•̀ㅂ•́)و✧


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