第22話◇痩せた少女
マーナルムは、まず洞窟入り口の見張り二名を迅速に処理。
まるで我が家に帰るような自然な足取りで洞窟内に消える。
彼女の存在は、すぐに奴らの悲鳴という形で感じ取ることが出来た。
俺も聖剣を抜いて洞窟に近づいていく。
マーナルムの討ち漏らしだろうか、逃げるように飛び出してきた盗賊を斬って進む。
前世クロウの世界では、極悪人であっても基本的には殺してはならなかったようだが、この世界では違う。
盗賊を殺したところで咎める者はいない。あんまりに酷い盗賊だと賞金を掛けられていることもあり、むしろ感謝されるくらいだ。
街で聞いた限り、この盗賊団の活動は実に極悪。
頭目は懸賞金が掛けられているほどの有名人だ。
洞窟内はジメッとしている。
盗賊たちの臭いだろうか、鼻を摘みたくなるような異臭が漂っていた。
外に比べれば暗いが、適当な感覚で松明が灯っているので視界はそう悪くない。
ところどころ消えているが、よく見れば周辺の壁面に血が飛び散っているので、マーナルムが処理した盗賊の返り血によって火が消えてしまったのだろう。
そういえば、少し歩いたあたりから異臭よりも血の臭いの方が目立っていた。
盗賊たちの破片をなるべく避けながら進んでいく。
「主殿」
ある程度進むと、引き返してきたらしいマーナルムと合流できた。
狭い洞窟内ではさすがに返り血を避けるにも限界があったのだろう、彼女の身はところどころ赤く染まっている。
「あぁ」
「残る気配は、頭目と思われる男のものと、保護対象である少女のみです」
「そうか。さすが、速かったな」
盗賊の血に染まったマーナルムが、親に褒められた子供みたいに微笑む。
だが彼女はすぐに表情を引き締める。
「まだまだです。主殿のところへ数体逃してしまいましたので……」
「全部お前に任せきりでは主の面目が立たない。あれくらいの仕事はさせてくれ」
「ふふふ。主殿は充分以上に働かれているではないですか。このような仕事は、私にお任せください」
「俺も一応、戦うのが苦手なわけじゃないんだぞ?」
「承知しておりますとも」
彼女と和やかに話していると、洞窟内が突如として明るくなった。
奥の通路から、火炎球が飛来してきたのだ。
――魔法か。
異能と並んで、一般人には奇跡として思えない力だ。
一応、俺も少しは扱える。
盗賊が使えるとは思えないから、何かしらの魔法具によるものだろう。
「マーナルム」
「はい」
彼女が駆け出し、跳躍。火炎球を華麗に回避。
そのまま、四肢を使って天井を駆け抜けた。
俺は俺で、聖剣を振るって火炎球を斬り裂く。
魔法が消えてなくなり、視界が開ける。
男の呻き声と、骨の折れる音がした。
マーナルムが、魔法を放った盗賊団の首魁を生け捕りにしたのだろう。
近づく、彼女の足元に一人の男が転がっている。
近くには杖もあった。あれが魔法具だろう。
「よくやったな」
マーナルムが一瞬嬉しそうな顔をしたあと、眼下の盗賊を冷たい目で見下ろす。
「これには訊きたいことがあるのでしたね」
「あぁ、だが後でいい」
俺は革袋の中から縄を取り出し、マーナルムに手渡す。
彼女は手早く盗賊の男を拘束した。
「な、何者だてめぇら……!」
折れた腕が痛むのか、男が顔を歪めながら叫ぶ。
だが俺が何か答えるより先に、マーナルムが頭部に衝撃を加えて気絶させてしまう。
主人への口の利き方が気に食わなかったとか、そのあたりだろうか。
殺してはいないのでよしとしよう。
「そいつは置いておこう。連れて行くと例の子が怯えるかもしれない」
「はい。気配はこちらです」
盗賊ならば、盗品の保管場所などもあるだろうが、それも後回しだ。
マーナルム先導の許、辿り着いたのは牢屋だった。
牢屋には、一人の少女が囚われている。
俺達の気配に気づくと、少女はびくりと身体を震わせた。
彼女の姿を見て、俺とマーナムルは言葉を失った。
骨に皮を被せただけのような、異様な痩せ方をしていたからだ。
貧民窟でもここまでの痩せ方は見たことがない。
根本的に、肉のついていない理由が異なるのだろう。
くすんだ金の髪に、翡翠の瞳、顔も痩せこけているが、顔の造形は整っている。健康体であれば、笑顔の可憐な少女だっただろう。
年の頃は十五、六か。
「ご、ごめんなさい……!」
少女は俺達を見るなり謝罪の言葉を口にした。
「ま、まだ作れないです……! ごめんなさい! ごめんなさい!」
身体をガタガタ震わせながら、そう叫び続ける。
「……マーナムル、頼む」
盗賊共と同じ男の俺では、怯えさせてしまうだろう。
マーナムルは彼女に近づき、視線を合わせ、彼女の謝罪の言葉が途切れるのを根気強く待った。
「君を助けに来たのだ」
「………………え?」
「悪い奴らは、みーんなやっつけた。私と、あそこの男の人でな」
マーナムルが優しく微笑む。
そこで初めて、少女は俺とマーナムルの格好が盗賊のそれと違うことに気づいたようだ。
だが、少女の怯えは解消されなかった。
それどころか、彼女の口から出てきたのは――、
「あ、新しいご主人さま、ですか……?」
――という言葉だった。
「…………」
――なるほど、これは重傷だな……。
身体的なものよりも、心の傷の方がよほど深い。
奪われるような形で主人が変わったことも、かつてあったのだろう。
そして、誰も本当の意味で少女を助けることはなかった。
だから、彼女には『助けに来た』という言葉が持つ意味を、理解できないのだ。
彼女の人生に存在しないものだから。
「……今はその理解で構わない。だが一つだけ、これだけは理解してくれるかい?」
マーナムルは優しい口調で続ける。
「私たちは、君の嫌がることをさせたりはしない。絶対、そんなことはしない」
少女がマーナムルを見て、それから俺を見た。
俺は彼女を真っ直ぐ見つめて頷く。
「本当だ。君を傷つけないし、無理やり力を使わせたりもしない。絶対だよ」
すぐには信じられないだろう。
盗賊達がやられたなら、俺達に逆らっても無意味だと思っているのかもしれない。
だが少女は、小さく頷いた。
我ながら向いてないと思いつつ、優しい微笑を意識して浮かべる。
「ここから出よう」
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