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第1話◇外れ前世、覚醒

挿絵(By みてみん)




 これは、貴族や一部の人間だけが『前世』の記憶と能力を呼び起こし、利用することが出来る世界の話だ。


 そんな世界で、外れ前世に目覚め、実家を追い出された少年の話でもある。

 そして、そんな()が思うままに望むものを蒐集していく話だ。


 ◇


 前世、という概念がある。


 体と精神は物質世界で消費されるが、魂は不滅らしい。

 で、肉体が朽ちるなりして精神の連続性が断たれると、魂は次の命に向かうのだとか。


 いわゆる転生だ。


 命を成立させるのに不可欠なものが魂らしく、魔法で言えば……魔力だろうか。

 どんな大層な魔法式があっても、魔力がなかったら発動しない……というような。


「ロウ、探したよ」


 ある日の昼下がり。


 爽やかな声が聞こえてくる。

 その声が、続けてこう言った。


「また空を見ているのか?」


 うちの庭には立派な木が生えていて、そこに登って空を眺めるのは俺の趣味だった。


 視線を下ろすと、濃い青の毛髪と瞳を持った美男子が立っていた。

 兄のニコラスだ。うちの家系は俺以外、非常に顔が整っている。


 髪も目も、俺だけが黒色だ。


「えぇ。兄上、見てください。あそこに並ぶ二つの雲、まるで剣と盾のようではないですか?」


「……ん? あぁ、ふふ、確かにそう見えるかもしれないな」


 兄は口許に握った手を当て、微かに笑う。


 ニコラスは長男で、俺は三男。年は兄が十八で、俺が十五。

 この兄と、妹と、あとは俺付きのメイドだけは、雲を眺める趣味を受け入れてくれている。

 次男あたりだと、ごちゃごちゃ言われるのだが。


「それで、兄上。私に何か?」


 一応は貴族の三男なので、普段はそれっぽい話し方を心がけていた。

 兄がわざわざ俺を探しに来るのは珍しい。

 こういう時はメイドのシュノンが呼びに来るものなのだが。


「儀式の準備が整ったそうだ」


 その言葉で納得。


「あぁ……」


 過去生継承の儀、とかいうそうだ。


 魂にはこれまで生きた命の情報が残されており、儀式を通して、それを今の体で読み込む。

 今のところ、一つ前の人生までなら記憶と能力を継承することが出来るらしい。


 様々な理由があって、この儀式を受けることが出来るのは一部の特権階級のみだ。

 父は辺境伯なので、子供たちには資格がある。


 ニコラスは十五の時に、俺たちが生きるのとは違う世界の【剣聖】が前世であったと知った。

 今の兄は、単騎でドラゴンをも狩ることが出来るのだとか。


 ドラゴンと言えば普通は魔法使いを含む軍でも歯が立たないようなので、凄まじいことだ。

 俺は太い枝から飛び降り、地面に着地。


「では、これより向かいます」


 この儀式には一部の者しか関われない。


 案内一つとっても、メイドには任せられないということか。

 それでわざわざ兄が俺を呼びに来たのだろう。


「緊張することはない。私も立ち会うし、これは実体験から言うのだが、本を読むのとそう変わらない」


 俺の緊張を解すように、兄が優しく言う。

 そんな兄に応じるように、俺は口を開く。


「家名に傷をつけぬ過去生であればよいのですが」


 心にもないことを口にしながら、兄と並んで歩き出す。

 正直、興味と面倒くささが半々くらいだ。


 儀式はもう何百年も前に出来たもので、長い時の中で洗練されてきた。

 初期は過去生の記憶と現世の記憶が混ざってしまい精神が壊れてしまう者が出たり、一つ前どころか無限に前世を遡ろうとしてやっぱり精神が壊れてしまう者が出たりなど、危険がつきものだったという。


 今はそのあたりも調整されている。

 兄が言ったように、過去生を得るというのは、知らない人間を主人公にした本を読むのと同じ。


 その人間の人生を、その人間の視点から語る物語だ。

 この世界にない知識を得ようとしても、主人公が興味を持っていない分野であったら現世の自分も情報を得ようがなかったりなど、便利なようで不便だったりする。


「大丈夫さ。お前は私の弟だ。ダグも【竜騎士】に目覚めたことだし、ロウもきっと素晴らしい過去生を得るさ」


 ダグというのは、一つ年上の次男だ。

 今は小竜という、ドラゴンもどきに騎乗して魔族と戦っていることだろう。


「ありがとうございます、兄上」


 過去生継承の儀の凄まじい点は、読み解いた物語の主人公、つまり前世の能力まで継承することが出来るところにある。


 どうやら、魂はそれらの情報まで記録しているようだ。

 それを、現世で引き出すわけだ。


 何も努力せず、前世で磨かれた能力のほぼ全てを継承出来るというのだから、不平等も極まったものだなと思う。

 だが、そんなものだろう。


 俺だって少しばかり魔法の才があったから貴族の暮らしが出来るだけで、元は妾腹の子だ。

 不平等でままならないのが人生だ。


 屋敷の地下まで行くと、数日前に訪ねてきた怪しげな老人が静かに待っていた。

 暗い地下空間。明かりは蝋燭のみ。石造りで、壁には本棚。

 床には魔法陣が描かれ、中央に椅子が置かれている。


 座った者を拘束する部品がついているのだが、これは儀式中に体が勝手に動くことがあり、それを防ぐためだという。

 ちょっと不気味だ。


「お待ちしておりました」


 男とも女ともとれない、老人のしわがれた声。

 俺は頷いて応える。


「あぁ、よろしく頼む」


 立ち会いは兄のみ。

 次男は魔族との戦いに駆り出されているし、父は多忙の身だ。


 椅子に座ると、ガチャガチャと金属のこすれる音がしたあと、拘束される。

 両手足が封じられてしまった。


「大丈夫だよ、ロウ」


「はい、兄上」


 不安そうな顔でもしていただろうか。

 今から自分の脳に前世の記憶が流れ込むというのだから、まぁ緊張もするか。


「準備はよろしいですかな?」


「いつでも」


 長引かせても仕方ない。

 面倒事ほど、さっさと片付けるに限る。


 老人が呪文を唱えると、魔法陣が輝きを放ち、そして――世界が白に染まった。

 違う、俺の意識が飛んだのだ。


 ――なるほど。本を読むようですか、兄上。確かに近いかもしれませんね。


 人の人生を本にまとめるとしたら、とても一冊には収まらないだろう。

 しかし、本人の主観でまとめさせたらどうだろう。


 母の胎内にいた時間はもちろん、物心つくまでの時期を飛ばせる。

 更には、関心の薄い出来事はほとんど描写せず、重要な部分だけをピックアップすることになるのではないか。


 ハイヤマ・クロウ。


 裕福な家庭に生まれたが、人付き合いを苦手としていた。

 しかし、代わりに物を見る目はズバ抜けていた。

 だが、彼はそれを商いに活かすのではなく、あくまで趣味のためにのみ行使した。


 つまり、貴重な品の蒐集だ。


 両親亡きあとも、彼は財力の許す限り己の眼鏡に適う品を集め続けた。

 そうしてある日、集めたものに囲まれながら一人、屋敷の中で死んだ。


 死因は明らかではないが、最後に胸部の痛みに苦しんだのを覚えている(、、、、、)


違う(、、)


 世界が色を取り戻す。

 俺は彼ではない。

 あれは、魂に刻まれた、過去生の記憶でしかない。


 目覚めた瞬間に、それを深く理解する。

 本の主人公に深く感情移入しても、本を閉じれば現実に戻ってこられる。


「……申し訳ございません、兄上」


 その時、俺の胸に去来した感情はなんだったか。

 少なくとも、悲しみではなかった。


「ロウ?」


 心配げな兄。


「私の前世では、お役に立てそうにありません」


 兄の表情が、驚くようなものに変わる。


「……なんだったんだい?」


「――【蒐集家】です」


 国境と領民を守る剣であり盾。

 それを為せる前世を求められるのが、この家だ。


 俺は明らかに、外れを引いたということになる。





お読みくださりありがとうございます。


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