5:だが犯罪の定義とは難しい。軽微なものでも犯罪となるものがあり、どこまでが許されるのかあやふやなものだ。
晴天。
こんなにも天気がいい日はやる気に満ち溢れ、勤務初日に向いている。
「着替え終わった、かな?」
バックヤードで着替えていた俺達の様子を見に来たロピアンさん、いや、ロピアン先輩が顔だけを覗かせ、声をかけてきた。
「はい、終わりました」
「俺も終わりました」
続いて報告しないジロさんへゴリラと二人して視線を向ける。
「なぁ、俺っちだけ、なんか違くねぇけぇ?」
俺とゴリラはコンビニの制服であり、もちろんロピアン先輩とも同じ、黄色いシャツで右胸の位置に緑色で『T.Tマート』と書かれたシャツを着ているのだが……。
「おまえ、なに着てるんや……」
何故だかほんとわからないが、ジロさんは左肩から右胸にかけてピンク色の大きな流れ星がプリントされ、ピンク色の流れ星の上と右と左には一つずつ緑の小さな星もプリントされている黄色の全身タイツを着ていた。
「いや、俺っちもわかんねぇよぉ! 渡されたもん着たら、おめぇらと全然ちげぇしよぉ!」
「なんでそうなる……。ストレッチでもする気かよ」
「ええから、ふざけんとはよ脱げ、ほらっ」
初っ端からやらかすわけにはいけないと、ゴリラは強引にジロさんの全身タイツを引っ張って脱がそうとするが……。
「あ、ちょっと待ってください」
意外にもロピアン先輩が、引っ張るゴリラと何故か抵抗するジロさんの間に割って入る。
「え……?」
「はぁ……?」
二人とも目が点になりロピアン先輩を見やり、二人の視線を受けたロピアン先輩は苦笑いしながら説明する。
「はぁ……そういうことか」
説明は凄く単純だった。
店長がおふざけと+商品をパクッた罰としてこれを着せるようにとロピアン先輩に渡したらしい。
因みに、アルマジロの体系に合わせ、更に言うと、若干普通のアルマジロより大きく、中年太り真っ最中のジロさんの体系にぴったりフィットするように作られた特注らしい。
当然、この費用も給料から制服代として天引きされる。その額うん十万円。
さぞ、ブチ切れるかと思いきや、ジロさんは意外な反応だった。
「けひゃひゃひゃっ。まあ、そりゃぁしょうがねぇやなぁ。いいぜぇ、いくらでも引けぇ。こ
んなかっこいいの着れるんならいくらでも出してやらぁなぁ」
もしかしたら、こいつのファッションセンスがぶっ壊れていることは店長の予想範囲外だったのかもしれない。
着替えてからというもの、三人でロピアン先輩の後ろに付き、裏へ行ったり、店内を歩き回ったり、レジに戻ったりと場所を変えながら色々と説明を受けて、再びレジへと戻った時、ロピアン先輩は振り返り俺達三人に問うてくる。
「さて、と……。説明は以上だけど、どうかな? 僕の説明で理解でたかな?」
内容自体は凄い丁寧で分かりやすかったというのが感想だが……。
「客が来て、やってみんと分からん部分も多いな、正直」
そう、ゴリラが言うと通りだった。
裏方の補充とかは分かるが、レジに関していえばやってみなきゃ分からん訳で、絶対始めてやるとテンパってしまうに違いない。
「ははは、そう、だよねぇ……」
ロピアン先輩は苦笑いしながら、殆ど客が来ず、商品の荒れすらない綺麗な店内へと視線を向ける。
「とりあえず、じゃあ……やってみるかい? 交互にお客さんの役して」
「ん~……。それはいいと思うんですが、やっぱり身内だと、『あ、間違った。ごめ~ん』とか『いいっていいって、練習だし』とかって、なんか、緩すぎて身につくようで身に付かない
んですよね。それで、一人でできると思われて、いざ本物の客前にしたらまったく分からんくて、もう、客にはキレられるわ、先輩には怒られるわの板挟みでバックレたくなっちゃうんじゃねえかと」
先輩に反抗する気もないし、働く気もあるのだが、どうも俺は初日の練習って奴は嫌いなんだ。
身に付くようで身に付かなかった経験が多くあるし。
「あぁ、経験あるわ、俺……そんなん絶対いややな」
ゴリラも同じ意見のようで、首を横に振る。
「僕は怒ったりしないんだけどね……。でも、確かにそういう可能性はあるよね。じゃあどうしようかな……補充は、減ってないからする必要ないし……」
と、思案し始めたロピアン先輩はすぐになにか思いついたようで表情が明るくなる。
「そうっ、バックヤードの掃除するかい?」
「う~ん……。掃除はいいと思うんですけどね。ただ、そこで客が来たら中断したりすることになりますからね。まあ、中断ならいいんですけど、そういう時に限って忙しくなったりして、結局、また今度ってなることもありますしね。そうなるとなんか気持ち悪いんですよね。やっぱり、たかだか掃除だろうが、一回始めたものは最後まで終わらせたいわけで、客に対しても、なんか掃除って頭にある中途半端な状態で接客すんのは失礼かなって」
先輩に反抗する気もないし、働く気もほんとあるんだけどな、ただ、初日にやることや、やらせられる事無いから掃除って流れ嫌いなんだよな。
もう、一回でもそうなっちまうと、従業員や仲間っていうより掃除の奴って認識になって、暇になれば掃除させられて、本作業と兼用でなんか急がしくなるんだ。
「……もしかして、なにもやりたく、ない?」
「いえいえ、そんなっ、やりたくないわけじゃないですよっ。やる気は満々ですともっ」
これは本当だ。マジだマジ。
「そ、そうだよね。じゃあ、まあ……マニュアルでも読むかい? レジに椅子置いて座っててもいいって店長も言ってたしね」
「それでいきましょう」
「そうやな」
「いいぜぇ。飽きたらエッチな話でもしようぜぇ」
そして、1時間が経ち……。
「あぁ~……暇疲れぇ……ふぁ……ぁ」
「眠いし、おもんないなほんま」
「そうだねぇ……。開店してから毎日だし、僕も同じ気持ちだよ」
マニュアルは5分位で読み終わり、俺達は四人並んでレジに両腕を置き、突っ伏す様に座っていた。
「がぁー……ぐぁー……」
ジロさんに至ってはもうかれこれ、40分くらい爆睡している。
「だっさい格好して、よう家みたいに爆睡できるな、ほんま」
ジロさんの隣に座っているゴリラはジロさんが着ている全身タイツの頭頂部の尖った部分を引っ張ったり縮めたりして遊び始める。
そんな様子を見ながら、俺はふと気になったことをロピアン先輩に問うてみることにして声をかけた。
「ふぁっ……ぁ……ふぁふぅ……あっ、ははは、ごめんね。なんだい?」
大口を開けて欠伸をしていたロピアン先輩は恥ずかしそうに、それでいて、潤んで見えない目を拭いながらも顔を向けてくる。
「このコンビニってロピアン先輩だけですよね?」
「うん、そう、だけど……え、もしかして、なんか女の子が走ってるとか、バックヤードにやたらとでかいおじさんがいるとか言う気かいっ?」
「いやいや、霊とか見えないんで。心配しなくていいです」
まあ、実際はバックヤードの隅の天井付近に、透けているパッションピンクのブリーフが浮いてるのは面接で初めて入った時からずっと今まで見えてるんだけどな……。
まあ、ロピアン先輩は霊とか苦手そうだし、そもそもそんなことを聞きたいわけでもない。
「俺が聞きたいのは、あの、仮になにか問題あったときとか、店長出せや系の奴来たら店長基本的に居なさそうだし、どうすんのかなって」
初日だし、店長居るのかなって思ったが居ないし、コンビ二はコンビニだけど、この店、田舎の婆ちゃんとか爺さんがやってるなんたらショップみたいな感じで、晩は閉めてるらしく、交代で夜間は店長がやってるってわけでもないから、実質、ほぼ店長不在だ。
「ああ、それかい。確かに、これは皆に言っておかないといけなかったね」
そう言うと、ロピアン先輩は喉を整えてから、大きな声で「店長ーーー!」と叫ぶ。
因みに、ロピアン先輩は皆に教える形で叫んだというのに、ジロさんは起きることなく、なんなら、ゴリラですらいつの間にかジロさんと同じように眠りに落ちており、俺だけがビクッと椅子から浮き驚いただけだった。
「え、ちょ、先輩なにやって――」
問いかけたとき、ドスっという鈍い音がレジの向こう側、客が立つであろう場所から聞こえてきたので、身を乗り出して見て見ると。
「や、矢文っ……! うわぁ、すげぇ、初めて見た」
「あー……今は取り込み中みたいだね。本来ならすぐさま音もなく背後に現れるんだよ」
ロピアン先輩はそう言いながらレジを回り込んで矢文を引く抜く――といっても、本物の矢ではなく、先端が吸盤になっている――と、手渡してきたので、付いている文を取り、広げてみる。
“よきかな”
文にはそれしか書いていなかった。
「なんだこれ、おいっ」
「あ、はは……は。ま、まあ……“現状でよい”ということじゃないかな」
掴みどころが無さ過ぎて、本当は存在すらしていないんじゃないかと思うほど不思議な人だな店長って。
「つうか、矢文の刺さってた位置からして、真上辺りに居たんじゃないですか? それなら、矢文射つ方が手間な気がするんだけど……」
「それはそう、だね……。まあ、僕も店長とは付き合いが長いんだけど、未だに謎の方が多いよ」
そりゃそうだろうな……。
多分、あの人はどれだけ時間を共にしてもその一切が不明のまま生を終えてしまいそうだ。勿論、こっちが、な。あの人はなんか不死身っぽさもあるし。
「でもまあ、本来であれば来てくれるってことは、なにかあっても安心ってことか」
どんなに厄介なのが来ても、あの店長を前にしたら大人しくなる事は間違いないだろうしその点でも大丈夫なんだろう。
そして、19時。
果てしなく長い勤務初日がようやく終わった。
あれからも、客は来ることなくただ昼飯食ってはまた、レジに突っ伏して座り、たまにカードゲーム等をして過ごしただけ。
「よし。戸締りオーケーっと……」
入り口扉の前に屈み込み鍵を閉めていた先輩が立ち上がると、背後に立ち尽くす俺たちの元へとやってくる。
「お疲れ様。初日を終えてどうだった……って、そうだよね、愚問だよね」
暇疲れで、ぐったりと左右どちらかに身体を傾けて立っている俺達を見て、その質問の意味の無さにすぐ気づいたようだ。
「いやぁ、単純にロピアン先輩凄いなって思いましたよ」
まだ開店して一週間も経ってはいないとはいえ、俺達が入るまでは一人で朝からこんな時間まで誰も来ない店に居て、真面目に過ごしていた訳だ。ちょっと尊敬する。俺なら絶対雑誌とか本とか勝手に読み止めのビニール開けて菓子食いながら読むし、飽きたらゲーム機とか持ってきてやり始める。
「凄くないよ。凄いって言われるほど、まだ仕事してないし……」
「ああ、まあ、そりゃそうっすね……」
オーナーって奴とはまだ会ったことないが、こんなど田舎にコンビニなんか作って何がしたいんだろうな……。真面目な従業員が居ることは幸いだろうけど、客は勿論のこと、店長すらほぼ顔出さないくらいどうでもいい店になってるぞ、ここ。
「さてと、じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「そうっすね」
「ゴリラぁ、おんぶ頼むぜぇ」
「一日ずっと寝てたんやから疲れてないやろお前っ、自分で歩けっ」
ロピアン先輩と店の前で解散した俺達はこれで完全にコンビニでの初出勤日を終えたことになる。
「違う意味で先が思いやられるな……」
「ほんまな。何もせんで金もらえると思ったらええやろうけどさ……」
「暇すぎんのも、つれぇもんだぜぇ。場所変えて寝てるだけの毎日っていやぁ、俺っちたちなにやってんだって思ってきやがるだろうねぁ」
まあ、給料日まではすさまじく長いだろうが、その日を迎えれたなら、即、旅の資金はジロさんのマイナス分差し引いたとしても三人合わせて潤沢になることは間違いないから嫌なことはない。
なんせ、俺達の時給は2000円超えと謎にくそ高いからな。
まあ、あの店長のことだから、なにかしら裏がありそうで怖いのはあるが……まあ、そんときゃそん時だろう。頼もしいかは別としても、ゴリラとジロさんという仲間が居るし、なんとかなる筈だ。
それから、数日後。
ようやく、一日の過ごし方も各々に慣れ、客もそんなに多くは無いが、気さくなトラックの運ちゃんや礼儀正しいタクシーの運ちゃん等、長距離や送迎などで他所からやってきた人達で店は成り立ってきていた。
そして、いつものように外側のガラスにホースで水をぶっ掛けて、ゴミが落ちていないか駐車場をチェックして店の中に入った時だった。事件は起こった。
「うっほぉー! すげぇなおい、どうなってんでぇ、これぃ!」
いつものようにレジで椅子に座り、店の新聞を勝手に読んでいたジロさんがなにやら騒いでるので近くに寄ると、同じように集まってきたゴリラとロピアン先輩とで、ジロさんが手に持った新聞へ覗き込む形で目を向ける。
すると、そこには……。
「えっ……なにこれっ……」
「むっちゃ俺等やん……なにこれ」
「ああ……間違いないね……」
いつかのキンジロウと会った時の俺達の姿を、道端のどっかに監視カメラでもあったのか分からんが、上の位置からモロに撮られただろう写真が新聞の一面にでかでかと掲載されていた。
更に、見出しはこうだ。
“ついに頭鬼会館が決定! 青年と仲間の動物たち指名手配へ!”