3:馬鹿は馬鹿だが、馬鹿のほうが人生は好転する可能性を秘めている。
「いいか? ジロさん。もう一度聞くぞ……」
「おうよ、任せろぃ」
「志望動機はなんだ?」
「それはおめぇ、俺っち達ゃぁ金がねえしよぉ、食いモンも酒もタバコも買えねえしよぉ、好きな女にプレゼントも渡せねぇ。君が見た光を知れなけりゃぁ、俺っちが見た希望も知れねえだろうぃ」
「線香のCMか、お前は……。それなら、金稼ぎたいから応募したでいいだろ。後半はいらん」
なんでこう、いらんオリジナリティーを出そう出そうってしてくるんだろう、こいつ。
何度も言ってるんだけどなぁ……。
「あのな、ジロさん。もう一回、もう一回だけ俺が聞くわ。頼むで?」
下を向いてお手上げ感を出した俺に代わり、お次はゴリラが、ジロさんへ志望動機を問う。
「俺はよぉ、昔、子供ながらに落ち込んじまったとき、爺さんにきゃんでぇをもらったんでぇ。その味といやぁ、甘くてくりぃ~みぇ~でなぁ……それが、今では俺っちが爺さんでぇ――」
「ばかやろう! もう、死ねお前! 志望動機でもなんでもなくなってるやろうが!」
――9時50分。
俺達三人は、ジロさんのやつが勝手に面接を決めてきやがったコンビニの前へとやってきていた。
幸い、野営している森から歩いて10分足らずの場所だったので、慌てて準備して走ってくるなんて事にはならなかったが、無事にたどり着いたからといって俺とゴリラの心配事が消えたわけではない。むしろ、たどり着いたからこそ、よりいっそう不安が押し寄せてくるというものだ。
「…………」
「…………」
かといって、目的地に着いた今だからこそ、もう俺もゴリラも口にはしない。
“この履歴書で大丈夫なのか”
なんて、昨日、ジロさんのやつが勝手に面接を決めてきたと知って以降、何十回も口にし、頭の中でもずっと、証券取引所の電光掲示板のようにグルグル回っていたからだ。
おかげで寝不足でもあるし、俺とゴリラはもう疲れたんだ。
でも、一つ良いことをあげたら、もしかしたらこの、寝不足で回りが鈍い頭くらいの方がいいのかもしれない。
比較的、働ける可能性が高そうなコンビにですら、確実に落ちに行くようなもんなんだ。
通常の元気な状態で行ったら、落ち込み度合いが上がるような気がする。
それなら、謎の体調不良がやってきてる今、気分は単純作業かのように、行って落ちて帰って早く寝ようって思ってる今がいろんな意味でベストだ。
「そろそろ、53分か……。丁度いい感じだな」
実は、20分前くらいにはコンビニの前に着いていたのだが、コンビニとはいえ、これから面接だっていう場所に入るのもなんだか気が引けて、それに、そもそも金もないので入る用事も面接以外なかった俺達は、コンビニの前の駐車場を挟んだ歩道に何するでもなく立ち尽くしていただけだった。
「そろそろ、行く?」
ゴリラが問うので頷きを返し、三人並んで車が一台も止まっていない広い駐車場を横切りコンビニ入り口を目指して歩を進める。
「なんか、うきうきすんなぁ~おい。ちくしょう、あと五人居たらよかったけぇ。んでよぉ、俺っちたちを囲うようにポンポン持った姉ちゃん達が現れてよぉ~おいっ」
何故か昨日からずっと事の重大さが分かっていないジロさんだけはよく寝たようで、テンションが高らかにそんなことを言う。
なんでこのタイミングで、ウキウキに大爆笑のオープニングしたい、みたいなこと言えるんだ、この馬鹿。
「たぁからぁじまぁ~……はん、ははぁ~ん」
なん、だとっ……そっち、だとっ……。
おっさん(年齢不詳)だが、おっさん(年齢不詳)にしては新しいっ……。こいつ……できるっ……。
「テイネーにいけばいけんだろぃ。っひゃっひゃっひゃ」
「もう黙れ、お前! 殺すぞ!!」
目が血走り始めてるゴリラがコンビニ目前でようやくキレた。
だめだこりゃ。
コンビニに入ると、なんだかこんなど田舎には異様な程、イケてる男前な若い店員が一人レジに立っており、面接のことを伝えるとあっさり話が通じ、俺達はその男前の後ろに、一昔前のロールプレイングゲームのように三人続いた。
「ぁ……ぁぁ……俺っちぃ……は……もう……」
更に具体的にいえば、俺とゴリラと最後尾は棺桶だ。一撃を食らわして倒してしまったゴリラがジロさんの片足を持ち引きずっている。
「どうぞ」
レジの中に入り、裏への扉を潜ると、やたらと綺麗で華やかな表と違い、やっぱりと言うべきか裏はどこも一緒な感じで、狭い部屋にプロレスラーがよく壊してそうなテーブルに硬くて低いプロレスラーがよく人を殴ってそうなパイプ椅子に、小さなシンクに二段のラックには電気ポットに電子レンジ、そして小さい冷蔵庫が所狭しと並んでいた。
「では、その、少し狭いですが、お掛け下さい」
案内するだけじゃなく、どうやらこの男前が面接するような雰囲気で、パイプ椅子に腰掛けるよう言ってくる。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
「あうぁぁぁ……す……」
俺とゴリラともう殆ど死んでるんじゃないかと思うジロさんの三人は着席する前に頭を下げると、男前も同じように挨拶する。
嫌なんだよなこの瞬間。始まりの合図だ。
四人ほぼ同時に着席すると、お決まりのパターンがやってくる。
「では、履歴書の方を確認させていただいてよろしいですか?」
『だが……断る』
なんて、言えたらいいんだけどな。
まあ、何しに来たんだって感じになるだけ、だけど。
「ど、どうぞ……」
「どうぞ……」
俺は俺の分、ゴリラはノックアウト寸前のボクサー並みにフラフラしてるジロさんに代わり、自分の分とジロさんの分、二つの封筒を男前に渡す。
「拝見させてもらいます」
にこやかに三つ分の履歴書を取り出しただけ、それなのに男前は男前だった。
まあ、笑えるのは今だけだぜ、男前よ。履歴書を開いた瞬間、お前から笑顔は消える。
「おっ……。え、えぇぇ~…………」
想像通りだが、やっぱ、引いてるな。
「あ、じゃ、じゃあ、面接を始めますねっ……」
いや、もう終わりでいいんだけどな……。
なんて思ったのだが、男前はちゃんと面接をしようと質問をしてくる。
こいつ、男前なのは顔だけじゃなく、中身までいいやつなのかもしれない。
「まず、その、この写真は誰が写ってるんでしょう? どれも同じなんですが……」
「俺達三人です」
「さ、三人っ……? え、証明写真って、え、え?」
「名づけるなら、渦巻きキャンディーの舞ですね」
俺はとりあえず、撮影した時の『ちゅぅちゆぅとれーいん作戦大作戦めんでぃ』を語って聞かせた。
「あ、ははは……そういうことですか……」
「そうです」
「そう、ですか……」
居心地悪い沈黙。
まあ、そらそうだよな。男前からすれば、なんか得体の分からない奴等面接来ちゃったんだもんな。
「あの、答えにくかったら、いいんですが……なんで、その、また……」
「三人撮れると本気で思ってたんです」
「ああ……ぷりくら、みたいな……ですね」
「そうです」
「それなら、せめて、静止して写ろうとかは……特に……?」
「思わなかったです。考えもつきませんでした」
もう、馬鹿になるんだ。というか、とことん馬鹿になるしかない。
「あぁー……そうですか。いや、そ、そうですよね。普通に写っても楽しくないですもんねっ……」
「いえ、考えもつきませんでした。僕一人だけ人間で、あとゴリラとアルマジロなんで」
「あ、えっと、その、うちは動物の方もっ、か、歓迎ですよっ。て、店長もキツネの方ですしっ」
「じゃあ、今度は五人で撮りましょう。もちろん渦巻きキャンディーの舞で」
馬鹿っていうか、なんか俺サイコな感じ出てきてねえかな。
「あ、それは、その……楽しみ、ですね……はは、は……」
「そうですね」
また、居心地悪い沈黙だ。ほんと、ごめんな男前。あんたは悪くない。俺達が――特に、ジロの野郎が悪いんだ。
「えー……と、じゃ、じゃあ、その、志望動機を順にお聞きして……ほんと、大丈夫ですか? そちらのアルマジロの方……」
「あぁ……まわ、るぜぇ……せ、かいが……おれっちぃとぉ……だいはぁ……ど……」
「大丈夫です。今じゃなくても、どうせ、もって数週間で僕等もろとも死ぬと思うんで」
「え、しぬ……死ぬっ?」
「ええ。もう、34円しかないですから。ゴブリンと鼻くそでどれだけ生きれるか」
「そうですか、ゴブリンと鼻くそで飢えをしのいでいるのですね。――えっ、ゴブリンと鼻くそって本気ですかっ!?」
「本気です。どうぞ」
俺はなんの“念”なのか分からないが、念のため持ってきていたきび団子を男前に差し出すねん。食べるねん。顔ゆがみよんねん。ティッシュで包みよんねん。水の飲みよんねん。
「す、すいませんっ……。でも、これ、ほんと無理……」
「そうでしょうそうでしょう。僕らもほんま無理ですよこんなの」
「いやぁ……大変、ですね……」
男前はさぞ気の毒そうに俺達を見て言うが、今の俺達はもう、なにも思わなかった。
「まあ、人はいずれ遅かれ早かれ土に返りますから。お気になさらずに」
「そうですよ。気にすることないです」
俺とゴリラが気にしない様子を見てもなお、どう言っていいかわからないけど、何か言おうとしてくれる男前はほんといい人なんだろうな思った。
そして、この妙な面接もそろそろ終わりといった時、男前は忘れていたらしく、最後の最後に名前を口にする。
「あの、すいません。僕はロピアンといいまして、今回面接をさせていただいたのですが、僕、実はただのバイトでして、その、今回代理でやらせてもらっただけで、採用の権限とかはなくて、その……お力になれなくてすいませんっ!」
ロピアンと名乗った男前は深々と頭を下げる。
気にしなくていいのに。
まあ、でも、少し驚いたが、確かに店長はキツネとかって言ってたな。
「いえ、大丈夫ですから、ほんとに」
頭を上げるよう促しても、ロピアンさんは頭をさげたまま、実は昨日オープンしたばかりでスタッフは自分だけということや、店長はコンビニ以外にも忙しくまだ店に一回も顔を出していないこと、スタッフ自体の空きは丁度3人は確実にあるが、店自体人が来ないから採用されるかは分からない、等々、色々語った後、再度謝罪を口にした。
「いやぁ、もういいですって。ほんと、いい人だなあんた」
もう面接は終わりだし、人生も終わりかもしれないので、俺は思ったままを口にして、敬語とため口が混ざってしまっていた。
「ほんとっ……ほんど、すいま゛せんっ! どうか、おげんぎでっ!!」
でも、嫌な顔するどころか、最終的になぜか、ロピアンさんは泣きながら俺達三人が角へと消えるまで手を振り、帰りを見送ってくれていた。
なんか、今回、とにかく最悪な面接だと思った――まあ、特にロピアンさんがだろうけど――が、なんか、見ず知らずの人の優しさを感じれただけでも、よかったのかもしれない。
まだ諦めず、やるだけやってみるかって気持ちにもなれたしな。
「よっし、やってやるか」
「そうやな。いい人もおるんやし、もしかするとなんとかなるかもしれんしな」
「そうだぜぇ。俺っちはぁ、あんなあんちゃんなら抱かれてもいいぜぇ」
俺たち三人は、ロピアンさんに会い、気持ちを入れ替えられた気分で帰路に就いたのだった。