2/2:とりあえずはじまり。秒で。
キンジロウとの一件の後、陽も完全に暮れ始めたので今日は野宿って事で、道から反れ山の中に少し入ると丁度開けた場所を発見し、そこで野営の準備をしていた
……そんな時だった。
「ああ~……彼女欲しいな、やっぱ」
草の上に敷いたブルーシートの上に寝転がりゴリラがなにやら凄いことを言ったのは。
「お前すげえななんか……いや、う~ん……」
発言自体は大したことはない。俺もなんやかんやで思ったり一人呟いたりすることだし。
ただ、あいつ(ゴリラ)ゴリラやん。
ゴリラって彼女欲するんだな……。
「すごいってなんなん? 彼女欲しいやろ? やっぱり」
「いや、そりゃ、欲しいけどさ……」
ゴリラに言い当てられるの、俺?
つうかなに? 今から、ゴリラとアルマジロと一緒に恋を語らう時間に突入するの?
え? なにこのレアな時間。
「かぁーっ。おめぇら、青いこと言いやがるじゃねえけぇ。女が欲しいって? パンティーで十分だろうげぇ。わかってねえぜぇ、まったくよぉ」
「いや、青いっつうか、中学生みたいな事言ってるのお前やぞ、ジロ。馬鹿が死ね」
「ほんまやで、ジロさんお前。一番分かってないのお前やからな」
俺とゴリラ、二方向から反撃を受け、ジロさんは「んだちくしょうっ!」と被っていたパンティーを乱暴に脱ぐと、火をつけたばかりの焚き火に乱暴に投げ入れる。
「いや、ちょっ、なにしてんねんお前っ。大事なんちゃうんかそれお前っ」
「そうだぞ、ジロお前っ。布入れると必要以上に煙出るだろうがっ」
ああーもう、最悪。煙っ。
いや、マジで煙いっ。
「うるせんだよ、チクショウげぇ! おめぇらは俺っちのことなんにも分かっちゃいねえんでぇ! もう、死んじゃえよくそがっ!」
「わかってたまるかあほ! 分かったら、お前、ここに居る三人とも下着ドロになっちまうだろうが! 目も当てられんだろう、そんなパーティーおい!」
「うるせえっ! パーティーだけにパンティーパーティーでいいだろうげぇ!」
「変に韻を踏むなキモいっ。なんだ、パンティーパーティーって」
「パンティーパーティーはパンティーパーティーだろうげぇ! それ以外説明……ふっ、必要ナッシング、だぜ? べいべぇ~」
「なに指振ってかっこつけてんだよお前。つうか、マジでパンティー泥棒はもうやめろよ」
「それは、承知しかねるんだぜぇ。こればかりはねぁ~」
「いや、マジでやめろ」
たどり着く先が鬼の住処じゃなく刑務所になっちまうなんてごめんだ。話終わっちまうっつうの。
「やるならもう仲間やめて消えてくれな。マジで」
なんて、ジロさんとの言い合いがひと段落着いた時。
不意にゴリラがなにやら呟いているのが耳に入ってきた。
「あぁ、あぁ、あぁぁぁ~……こ~いしちゃった……はん、はんっ……」
呟いてるんじゃない。こいつたぶん歌ってる。
「はじまりぃ~……キュンとせまくなるぅ~……」
なんか急に存在消すように静かだと思ったらこいつ、携帯(ゴリラ用なのか、むっちゃでかいスマートなやつ)にイヤホンを刺して歌を聴いていやがった。
「なんだお前。恋してんのか?」
問うと、歌で聞こえなかったのかイヤホンを耳から外し聞きなおしてきたので、同じ質問をするとゴリラは首を横に振る。
「いや、全然。まだやで」
「そうか。したことはあるのか?」
ゴリラに恋を聞く日が来るんだな、俺の人生って。
「あるで。二回ほど」
に、二回ほどあるんだ……。
「え、それは付き合ったって事?」
まさか、な。
「そうやで」
そうなのっ!? え、ゴリラって付き合うとかいう行為するのっ……。
「きょ、驚愕やな、お前、それ……」
「え? おかしくはないやろ?」
「まあ、そう、だな。……おかしいところしかないとは思うけど」
「いや、なにがそうだなやねん。おかしいとしか思ってないやんけ、ふざけんな」
え、いやだって、な……ゴリラだし。
つうか、なに、俺……もしかして、ゴリラに負けてるのか……。
「俺は確かにゴリラやけど、今の時代はあれやで? 動物と人間も鬼と動物も人間と鬼との結婚すらOKな時代やで? 動物の人化も進んでるんやし」
「いや、それはまあ、知ってるけどさ……」
ニュースでも数年前に見た気がするし……。
ただ、それは都市部だけで、こんな偏狭の田舎ではないと思ってたし……。
「子供も代理であったり、それぞれのミックスだったりも受け入れられてきてるんやで?」
「あ、ああ……。それもニュースで確かに見たけどな」
ただ、この辺じゃやっぱり、人間は人間と動物は動物とって感じであって、鬼の姿なんかは殆どまず見やしないし。なんなら、この辺では鬼への嫌悪が動物と人間に根付いてる感もあるしな。まあ、それは昔、襲われたりだのが結構あって、動物と人間でこの辺から追い出したって歴史のせいでもあるけど。
「……まあ、俺、もう何年も彼女おらんねんけどさ」
「いや、まあ、居た時期が二回もあったって事でもう、すげえと俺は思うけど」
いやぁ、でも、ゴリラだよな……。ということは……。
「しっかし、よく考えると凄いな。メスのゴリラが二頭もこの辺いたって事か……。つうか、なに? この辺ゴリラだらけなのか?」
「いやいやいやいや、違うでっ!? ゴリラとなんか付き合うわけないやんっ! しかも、ゴリラだらけなわけないやろ! 南国ちゃうからな、ここ!」
「えっ……? ゴリラと付き合ってたんじゃ……」
「んなわけないやん! 人間、女の子やって!」
えうぅぅぅぅぅぅ……? ゴリラが人間の女の子と付き合ってたって……。
「そんな驚くことじゃねえだろうげぇ。俺っちだって×3だぜぇ? 勿論人間の女でぇな……いや、二人目はありゃ、鬼だったけぇ?」
「ば、ばつさんんんんっ!? うっそだろ、おいっ!」
「ま、マジでじろさんっ! 付き合うどころか結婚してたんっ!?」
な、なんだこの驚きの重ね合いっ! つうか、ゴリラとアルマジロがやることやってんのに人間代表の俺はなにやってんだ、馬鹿クソ野郎俺っ!!
「そりゃ、男ならするときもあんだろぃ。ま、過去だ過去。俺っちはもういいんでぇ」
そう言い、カップ酒に口を付けるジロさんが出会って初めて大人に見えた瞬間だった。
――鬼我島腹部。
上空から見下ろしたならば屈強な鬼が仁王立ちしているかのような形をしたこの鬼我島の丁度腹部に当たる中心部。この場所には赤鬼、黄鬼、緑鬼黒鬼、白鬼と、この五色の鬼の代表とその五色を束ねる大鬼の鬼種族のトップが一点に集う場所。頭鬼会館があり、そこでは様々な鬼種族間の取り決めや、人間、動物たちとの政治的交渉などの方針が決められている。
「21時……時間ですね」
そして、今まさにこの時も、トップたちによる会議が始まろうとしていた。
「さて、では始めましょうか」
キンジロウのような巨大な鬼にも合わせて作られた広大な会館内、黒いスーツに身を包んだ、基本的に筋骨隆々な鬼にしては比較的スマートである紫色の肌をした鬼が、叫ぶでもなく静かに口にしたその言葉だけが響き渡る。
「今回、急遽皆様に集まってもらったのは他でもありません。赤鬼王キンジロウ様のことでございます」
黒スーツの鬼は自らは立ったままで、部屋の中心に置かれた大きな石のテーブルを前にそれぞれ自ら所定の席に着いた者達へと顔を向ける。
「ええ~キンちゃんのことぉ? まさか、やられちゃったぁ~?」
透き通った白い肌を持ち、背丈も小柄で幼い顔立ちの白鬼の少女が場違いな緩い話し方で黒スーツの鬼へ問う。
「シア様。それは、誠に信じがたいことではありますが、事実、この場に居られぬわけでありまして、その線も少しばかり現実を帯びております」
シアと呼ばれた白鬼の少女が「それはない」と笑う声を聞きながら、黒スーツの鬼はそのシアの対面に腕を組んで鎮座している黒い肌を持った鬼へと視線を向ける。
「クアルノスカ様。貴殿はこの事態をいかが見ますでしょうか?」
問われた、クアルノスカと呼ばれた黒鬼は、ジッと黒スーツの鬼の目を見つめた後「ふんっ」と鼻を鳴らし、口を開く。
「あの者がやられるわけがない。いくら我等の中で一番の弱だとしても、人間の、しかも若造になんぞやられることは1もない」
クアルノスカの言葉にシアも同調する。
「ほらほらぁ~。流石のキンちゃんもそこまで弱くないってぇ~」
と言いながらも、「でも」とシアは言葉を繋ぐ。
「だとしたら、私達の敵は誰なんだろうねぇ~? あの人間の子でもないとしたらさぁ~」
シアは黒スーツの鬼の後ろにある巨大なモニターに映し出されている、短髪の平凡そうな青年を指差す。
「勘違いなさらないでいただきたいのですが、私も彼が犯人だとは思ってもいません。ただし、キンジロウ様が居なくなってしまったのも事実であり、ふらっと行方をくらます方もない事、それも事実でございます」
黒スーツの鬼がシアとクアルノスカ双方の隣の席を交互に見やる。
「ふんっ。確かにそれはそうかもしれんが……」
「まあねぇ~。セイちゃんとボッキとは違うけどさぁ~」
基本的に会議に顔を出さない二人の鬼を思い浮かべ、シアとクアルノスカの表情が少し曇る。
「それに……私は思うのです」
「思うって、なぁに?」
シアが問うと、黒スーツの鬼は「ふむ」と、背後のモニターへと視線を向ける。
「武力で退けたということはまずありえないでしょう。……ただ、武力以外の方法であれ、キンジロウ様を退けたとしたら、いぜれにせよ、“彼”は我々にとって脅威になりえるのではないか、と」
黒スーツの鬼は言い終わると同時に、手に持ったリモコンを操作し、モニターに移る画像を切り替える。
「どういう、ことだ……これは」
「えぇ~どうなってんのぉ、これぇ~……」
映し出された画像。
それは、キンジロウと握手を交わす、短髪の青年の姿だった。
「っ…………」
驚いてるシアとクアルノスカを背後に、黒スーツの鬼は驚く訳でもなく、ただ、モニターの青年を鋭い目で見つめ、噛み合わせた歯を微かに鳴らしていた。