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第二の人生の始まり

 ボランチ、それは日本語名で守備的ミッドフィルダーともいい、攻守にわたってチームを操縦するかじ取りとしての役目を任されるポジションである。

 これまでのサッカー人生で昇吾はフォワードしかやったことがなかった。そんな人間が簡単にできるほど楽なポジションではないことは昇吾も理解していた。

 だからこそ昇吾には西郷の言葉が冗談にしか聞こえなかった。

 そんな昇吾の考えを察したのか、西郷は付け加える。


「別に考えなしで言ったわけじゃないぜ。俺はずっと思ってたんだよ。一色昇吾がフォワード以外をやるならボランチだってな。圧倒的なボールキープ力とその広い視野を活かすことができるのは間違いなくボランチだ」


「でも、ポジションのコンバートだなんてそんな簡単じゃないですよ」


「当然だ。今の一色じゃ高校生レベル、いやそれ以下かもしれねえ。でも、これからボランチのやり方を覚えて、持っている能力を最大限に活かすことができれば将来また海外に行くことだってできるはずだ」


 新しい選択肢を与えられて、昇吾は考えた。

 時間は当然かかる。失敗してまったく通用しないかもしれない。

 でも、そんな感情は置き去りにできるくらい、新しい挑戦ができることにワクワクしていた。


「俺やってみたいです」


「おお、よく言った。この冬のキャンプで一色にボランチの何たるかを叩きこんでやる。開幕から俺と一緒にダブルボランチでやれるくらいにな」


「西郷さんはボランチをやっているんですか?」


「ああ。今まで一人でボランチをやっていたが、もう今年三十五歳でな。そろそろ相棒が欲しいと思っていたんだ。期待しているぞ、若造!」


 がははと笑いながらバシバシ背中を叩く西郷に対して、本当にこの人についていって大丈夫なのかと昇吾は少しだけ不安になった。



 ********



 とある日の勤務を終えた緑のもとに一通のメールが届いていた。

 差出人は昇吾だった。


『来季のチームが決まりました。ブルースターズです。来月の開幕戦、出番があるかわかりませんがお世話になったのでぜひ来てほしいです。チケットを渡したいので、これから会えませんか?』


 結局連絡先を交換したのに昇吾から連絡が来ることはなく、緑はモヤモヤさせられていた。

 文句の一つでも言ってやろうと緑は会うことを承諾した。

 約束の公園へ行くとすでに昇吾がベンチに座って待っていた。


「こんばんは」


「お、やっと来た。待ってましたよ高梨さん」


 陽気に話しかける昇吾に少しむっとして緑は文句を言おうとしたが、傷だらけの顔を見てやめた。


「ボロボロじゃないですか。喧嘩でもしましたか?」


「いえいえ。ただ師匠に少ししごかれちゃって。足がもつれて顔からずてっと転んじゃいました」


「大変そうですね」


「大変だけど楽しいっすよ。今までで一番サッカーが楽しいかもしれない」


「スペインで大活躍していた時よりもですか?」


「はい。聞いてくださいよ。チームで一番足の速いフォワードがいるんだけど、もうそいつにスピードで抜かれまくって。でも、間合いさえとることができればどんな相手だって対応できるんですよ。こんなにディフェンスが奥が深いって俺知らなかったんですよ」


 緑は昇吾の話がこれっぽっちもわからなかったが、楽しそうに話す昇吾が今心の底からサッカーを楽しんでいることがわかり、緑もうれしくなった。


「あ、すみません、俺ばっかり話しちゃって。サッカーの話つまらないよね」


「いえいえ。一色さんが楽しそうなら私もうれしいです。ぜひ試合も見に行かせてください」


「本当に? まだ出番あるかわからないけど」


「大丈夫です。一色さんが元気でグラウンドにいる姿を私は見たいです」


 そう言って微笑む緑を見て一瞬フリーズしかけた昇吾だったが、頭を振って用意していたチケットを緑に差しだした。


「これがチケットです」


「ありがとうございます。絶対に見に行きますね」



 ********



 春になり、Jリーグが開幕した。

 日本列島でサッカー熱が盛り上がるが、昇吾が所属するブルースターズはJ2ということもあり、一色昇吾が入団しても話題に上ることはなかった。

 しかし、この試合でコアなサッカーファンは再びこの男の存在を別の形で認知することとなる。

 開幕戦、前半を終えてブルースターズはすでに二点ビハインドとなっていた。

 そんな中、後半から昇吾が投入された。


「お、おい、一色昇吾ってあの一色か?」


「いや、まさかそんなわけないだろ。ていうかボランチに入ってるぜ? 同姓同名の別人だろ?」


 妙な空気のまま後半がスタートする。

 開始早々、ボールを受けた昇吾は一気に前線へボールを送り込む。そのボールはチーム一の快速フォワードの足元へドンピシャで届く。その勢いのままシュートを放つが惜しくも枠をとらえきれなかった。


「な、なんだあいつ? ブルースターズにあんな奴いたか?」


「一色って言っていたがまさか本当にあの一色なのか?」


 ファンも相手チームも全員がたったのワンプレーで一色昇吾にくぎ付けとなった。

 特に敵チームは昇吾にフリーでボールを持たせてはいけないという意識が強くなり、昇吾へのマークが強まる。と同時に昇吾の周りにはフリーの選手が多くなる。

 J2レベルのチームでは守備のバランスが崩れるのも早かった。

 昇吾を中心に完全に中盤を支配したブルースターズは一気に攻勢に出て、後半の三十分ついに同点に追いついた。

 そして、アディショナルタイム、ブルースターズは絶好の位置でフリーキックのチャンスを獲得する。


「一色、お前が蹴れ」


「西郷さん、いいんですか?」


「このチームでフリーキックが一番うまいのは間違いなくお前だ。バロンドーラーの実力見せつけてやれ」


「うっす!」


 そして、昇吾はボールをセットして助走をとる。ゆっくりと走り出して蹴りだしたボールはきれいな弧を描き、そのままゴール右上に突き刺さった。

 同時にホイッスルもなり、ブルースターズは昇吾の大活躍により、勝利を収めた。



 ********



 一色昇吾復帰のニュースは日本よりもむしろスペインで大きく扱われた。

 少年レオナルドもそのニュース記事を見て喜ぶと同時に、疑問を抱いた。


「ショウゴがボランチ?」


 ただ、あの日とまったく同じ軌道を描いている最後のフリーキックでのゴール写真を見てそんな疑問はどこかへ霧散する。


「やっぱりショウゴはショウゴだ。僕もすぐショウゴに追いついてみせるよ」



 ********



 緑はその試合を見られて幸せだと思った。

 つい半年前まで復帰に向けて努力を重ねていた青年のことを誰よりも近くで緑は見ていた。ポジションも変わったし、本人が望んでいたレベルのチームではなかったのかもしれない。

 しかし、試合後の昇吾の笑顔を見ていればそんなことは些細なことに過ぎないのだと思い知らされた。

 緑はただ昇吾に祝福を述べたかった。

 はるか彼方にいて自分とは住む世界が違って、本来なら交わるはずのない二人。近くで昇吾を見ることができるだけで緑は幸せだった。

 だから、スタジアムから出てきた昇吾に抱きしめられた緑は頭が真っ白になっていた。


「ごめん、高梨さん。どうしてもこうしたくて」


「えっと……」


 昇吾は緑の返答も待たずに続けた。


「これまでありがとうございました。高梨さんがいなかったら俺サッカーやめてたかもしれない。こうしてここに立っていられるのは高梨さんのおかげだ。本当にありがとう」


「ううん。これはあなたが頑張ったから。私はただ応援しただけ。おめでとう、よく頑張りました」


 もう周りでは昇吾と緑は注目の的になっていた。

 でも、そんなことはお構いなしに、昇吾は試合後に活躍できたら緑に伝えようと決めていたことがあった。


「俺の人生に高梨さんがいないなんて考えられない。だから、これからもずっと一番近くで俺を支えてくれませんか?」


 緑の答えは決まっていた。

 こうして一色昇吾の第二の人生がスタートした。

少し長くなってしまいましたがこれにて過去編終了です。

以下いつも同じですみませんが、読んでいただきありがとうございました!

ブクマ、コメント、評価つけてくれると嬉しいです。

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