転機
レオナルドとの約束から数か月後、昇吾は日本に帰国した。
以前の昇吾であればメディアに空港で出迎えられていたことだろうが、もうあの事故から約一年が経過し、日本では昇吾の存在はニュースにもなっていなかった。
「これはこれで寂しいものだな」
メディアに追われていたことを懐かしむ日が来るとは昇吾は想像もしていなかった。
しかし、プレッシャーもその分なくなり、やりたいことを思う存分できる未来を考えると少しだけワクワクもしていた。そう思えるのも療養中に話し相手になってくれた緑や大事な約束をしたレオナルドの存在が大きい。
帰国した昇吾はまずサッカーができる環境が必要だった。
というわけでつてを使って売り込みに入団テストなどできることはすべてやっていったが全滅。
なによりもフォワードとしてダッシュ力がかなり落ちてしまったことは致命的であり、実際の動きを見た各クラブは昇吾にNOを突きつけた。
「少し覚悟していたとはいえ、ここまでとは。なかなかきついな……」
引っ張りだこになるとまでは思わずとも、過去のネームバリューで欲しがるクラブくらいはあるだろうと思っていた。しかし、そんな見通しは見事に打ち砕かれ。今の自分の価値の低さを思い知らされる結果となった。
少し落ち込んだ気分を変えようと昇吾は外でランニングをすることにした。
「もう冬か」
外ではイルミネーションが展開され、浮かれた空気になっていた。
自分のことで精いっぱいだった昇吾はすっかり忘れていたが、世間ではもうじきクリスマスだった。
失敗したなと思いながらも本来の目的であるランニングを続けていると、街のベンチに見覚えのある女性が座っていた。
「こんばんは。まさかこんなところであなたに会えるとは思わなかったよ、高梨さん」
「あら。知らない男にナンパされたのかと思いました」
昇吾が退院してから結局一度も顔を合わせることがなくなった二人は、退院の日以来の再会となった。
「高梨さんはこんなところでなにしてるの?」
「待ち合わせですよ」
「へえ。男?」
「まさか。モテると思いますか」
「うん。めっちゃモテると思う。高梨さんキレイでかわいいし」
「……誰にでも言っているんでしょう?」
「思ったこと言っただけだし、そもそも女性の知り合いがいないんだよ」
「そういう一色さんは何を?」
「気分転換のランニングかな。次のチームが決まらないもんだから一人で家にいると鬱になりそうでさ」
「苦労なさっているんですね。大丈夫ですか?」
「まあなんとかなるさ。今年のオフに決まらなくても、諦めるつもりはないし、金なら余裕あるから挑戦し続けるつもりだよ。レオとの約束もあるし」
緑は昇吾の決意に満ちた目を見て言葉以上には元気もあるようで安心していた。
「ところで高梨さんは今どこの病院にいるの?」
「すぐそこの総合病院ですよ。このあと同僚と一緒に食事に行く約束をしたので待ち合わせです」
「へえ頑張ってるんだ」
「まあそれなりに。あなたの大けがを見た後ですからたいていの患者さんには冷静に対応できています」
「それ感謝されてる?」
「半分感謝、半分嫌味といったところでしょうか」
「なんだそれ」
談笑していると、緑の待ち人がやってきた。
「それではこれで」
「あ、そうだ、連絡先教えてよ。こうして再会できたし、もう患者と看護師でもないんだし」
「やっぱりナンパですか?」
「違うから! でも、高梨さんさえその気があるなら俺は全然ウェルカムだよ!」
「ナンパじゃないですか!」
緑はぶつぶつ言いながらも結局隣で聞いていた同僚の一押しもあり、昇吾と連絡先を交換することにした。
「ねえ、今の彼誰なのよ? いい感じじゃない」
「ただの知り合いよ。スペインのときのね」
「ふーん」
ニタニタと笑いながら、隣の緑と去っていく昇吾の背中を見比べる同僚。
「な、なによ」
「お似合いね。早く付き合っちゃえばいいのに」
「だからそんなのじゃないってば」
********
年が明け、昇吾は相変わらず所属クラブが決まらないでいたが、地元のとあるクラブの入団テストを受けることになった。
そのクラブは日本トップのJ1クラブではなく、ワンランク下のJ2のクラブだった。
チーム名はブルースターズ。
「こんにちは、今日テスト受けさせてもらうことになった一色昇吾です」
「ああ、聞いてるよ。奥のロッカールーム使って着替えて。グラウンドに出たらあとは監督に指示聞いてね」
「あざす」
その指示通り、着替えてグラウンドに出て見た光景は、やる気なさそうにボールに座って談笑する選手たちの姿だった。
まさに落ち目のクラブという感じで、これは受かってもこっちからお断りするべきかと昇吾は考え始めていた。
そして、テストという名の参加練習が始まると、一つ一つのプレーが雑で、パスにボールタッチと何から何まで上手くなろうという気力を感じられなかった。
そんなチームの中で一人だけ、唯一目を引かれる選手がいた。
「おい! ちんたらすんな! こんなことじゃ今年はJ3に落ちるぞ!」
「ははは。さすがにそれはないっすよ」
「プロならプロらしくしろ!」
決して特徴のある選手ではないが、とにかく一つ一つのプレーに意味があり、他の選手にはない向上心が見て取れた。見た目からもうベテランという域ではあるが、他のやる気のない若手と比べれば、このベテランの方がよほど伸びしろがある。
「よう若造。すまんな、こんなやる気のないチームで」
「いえ」
休憩中に例のベテランが昇吾に声をかけてきた。
「俺は西郷雄二。一応このチームのキャプテンだ。もうこんなおっさんだし誰かに譲りたいんだが、まあやる気のあるやつが一人もいないからなあ」
「どうも、一色昇吾です」
「それは知ってるさ。あの天才バロンドーラーに会えるなんてな。ヘロヘロになりながらでもサッカー続けておくものだな」
がははと耳元で笑う西郷の印象は愉快でよくしゃべるおっさんだなというところだった。
だが、次の一言で昇吾はこの西郷という男を生涯師匠と慕うことになる。
「お前、ボランチやってみたらどうだ?」
ちょっと次回の種まき的な展開であまり進まなかったかもしれませんが、読んでいただきありがとうございます!
ブクマ、コメント、評価つけてくれると嬉しいです。




